花は散れども
「彼らは正しく戦場に咲く花であった。花は散れども、種を残す。花は花から始まらず、大地に根付き、芽吹き、そして再び花を咲かせる。彼らは我らの未来の為、自由の為、誇りの為、命を懸けて戦った。我らはその死を受け入れ、前を向き、この足を踏み出し続けねばならない。我らに出来る最大の弔いは、彼らの生き様、そして死に様を決して忘れず、彼らの目指した未来を勝ち取り、彼らの残した種を芽吹かせることである」
ガルディナの街、そこに新たに造られた墓地に、ガルディナ軍、そして一部の住民が集っていた。彼らの前に並ぶ26の棺。その中には、先の戦で戦死したガルディナ軍の兵士が眠っている。
彼らはゲオルグの光魔法により腐敗を遅延させ、綺麗なままで街へと帰ることができた。そしてその翌日、半日の間だけ、住民達に別れを告げる時間を設け、そしてこの葬儀と相成った。
軍の中に涙を流す者はいない。彼らは、特に共に戦い抜いた者達は、既に彼らとの死別を受け入れるだけの時間があったからであろう。ヨハンもまた、彼らの棺を前に涙を堪えながら、一人一人に言葉を掛けていた。
ヨハンにとっては、全ての兵が自分の子の様に感じられることであろう。その彼が感情を押し殺し、努めて冷静にするその様は、かえって他の者達の涙を誘った。
また、戦死した者達と特に親しかった者、中には恋人もいたのだが、彼、彼女らの悲しむ様は筆舌に尽くし難いものであった。棺に取りすがり涙を流し、喉の裂けんばかりにその名を呼ぶ姿は、ゲオルグの心を締め付けた。
「我らの同胞よ、我が友よ。安らかに眠れ。今一時の安息を謳歌せよ。そして十分に楽しんだ後、再び相見えようぞ。その時には、この大陸に我らが旗を靡かせ、諸君らの夢見た世界を用意しておこう。それまで、しばしの別れだ」
「捧げぇー剣!!」
ゲオルグの言葉の後、ヨハンが号令をかけ全ての兵が敬礼を捧げる。
天に掲げた剣が、陽光に煌めき眩い光を周囲へ放つ。
そして、敬礼の捧げられる中、棺は静かに埋葬され、そして、ガルディナで初めての葬儀は終わった。
「閣下」
「……ヨハンか、どうした?」
葬儀の後、墓地を見下ろすことが出来る城壁に、彼らはいた。
ガルディナの城壁上はトンネル状になっており、窓の様に開けられた銃眼からしか光が入らない為、昼間は常に薄暗い。そんな場所である事もあってか、ヨハンにはゲオルグが酷く打ちひしがれているように見えた。
「いえ、こちらへ向かう御姿をお見かけしたので、気になって……」
「あちらは良いのか?」
そう言ってゲオルグが示す先には墓地があり、埋葬された者に花を手向ける者がまだ後を絶たない様子が見て取れた。
「……軍は既に十二分に別れを告げ、受け入れる時間を与えられました。今、必要なのはそれを整理し、明日以降の訓練、そして戦に備え、鋭気を養う準備です。故に、本日は当直の者以外は既に解散とし、休養をさせております」
「……そうか」
そう言い、再び墓地の様子を眺めるゲオルグに、ヨハンが声を掛ける。
「閣下、彼らは、ガルディナの兵として、恥じぬ戦いをしておりましたか」
それは、共に戦場に赴くことが出来なかった彼だからこそ、確認しておきたいことであった。
「あぁ」
「恐れることなく、敵の白刃ひしめく地へ、足を踏み入れましたか」
「無論」
「常に勇敢に、己の勝利の為に剣を振るいましたか」
「間違いなく」
「……彼らの死は、我らにとって意味あるものでありましたか」
「……疑う余地はない。彼らはその身命を以て、ガルディナに尽くし、敵を払い、その生き様を戦友達に示した。死に様を以て、ガルディナの兵の矜持を見せつけた。それは、必ずや生き残った兵の心の奥深くに残り、彼らの戦場における支えとなるだろう」
「……そうですか。ならば、良かった……良かった……」
ヨハンはそのまま俯き、声を震わせながら言葉を続けた。
「彼らの死が、無駄死にでなかったのであれば尚の事、残された我らもまた、次の戦に胸を張って挑めるというもの。己の死に場所を見つけられた彼らの如く、この命を懸けて戦えるというもの。今、閣下のそのお言葉を賜る事ができて、本当に良かった……では、閣下、私はこれにて」
「あぁ、これからも忙しくなる。頼むぞ」
「はっ!!」
瞳に溜まった涙を振り払うように、略式の敬礼をしてからすぐに振り返りその場を立ち去るその後ろ姿には、迷いは見られなかった。
「ヨハンめ、要らぬ気を回す……」
彼はあの質問のためだけでなく、恐らく、自らの選択によって兵を死なせたゲオルグの事を思ってここに来たのであろう。
彼は、「意味のある死であるならば、残された者もまた戦える」と言った。
逆に言えば、意味のある死を与えてくれるならば、いくらでも戦場に赴こうという意思の表れであろう。元々、ガルディナ軍は全て志願兵だ。それ故に、戦場に赴く覚悟もあれば、そこで死ぬ覚悟もある。恐ろしいのは、犬死すること、意味のない死を迎えること、ということだ。
犬死でないのであれば、後に続く者に何かを残せるのであれば、死ぬことは躊躇わない。ヨハンは、そう言いたかったのであろう。
「……すでに賽は投げられた。我らに、停滞はない」
人の生き死にが枯葉のように軽く、吹けば飛んでしまうこの時代に、新たな歴史を、文化を、国家を築こうと言うのだ。その覚悟なくして、どうして国主が務まろうか。
彼が再び見下ろした墓地には、色とりどりの花が風に揺られていた。




