その選択の先は
「では、我が国の兵は……」
「うむ、国境まで後退し、逆侵攻に備えるそうだ」
ニデアの街、領主館の執務室で会話する二人の男。
片方はレイモンド・クルーウェル・グレフェンベルグ、もう片方はエドゥアルト・ゴルトベルク、通称エド。言わずと知れた、ニデア領主とゴルトベルク商会の会長である。
「噂によれば、獣人のみで構成された地上部隊、そしてドラゴニュートで編成された部隊が確認され、赤白二色に、竜と星を描いた旗があったそうだ」
「……それは、間違いなく」
「あぁ、ゲオルグ殿の兵であろうよ」
この二人は、ゲオルグの動向に関して誰よりも注視している。当たり前と言えばそうだろう。なにせ、彼の動き如何では自分達の命運も変わってくるのだから。
「では、帝国が攻めてくるということでしょうか?」
「今日明日にでも、という訳ではないであろうが、無傷の援軍がサンクツィ城塞に今も集結しているという。恐らく、そう遠くない未来に侵攻してくるやもな。今も、国境から王城へ援軍を願う早馬がひっきりなしだと聞いている」
レイモンドの言葉に、エドは唸りながら腕を組む。
「事ここに至っては、我らも身の振り方を考えねばなりませぬな」
「如何にも。幸いにして、我が領内でも教会に与する兵はそのほとんどを戦地に送った故、いざ事を起こすとしても左程難しくはない」
「しかし、肝心の教会はいまだ健在です。これをどうにかせねば……」
「うむ。それなのだがな、出来れば、ゲオルグ殿には一度、この街、或いは近郊にでも構わん故、兵を進めて貰いたいものだ」
「ふむ……教会の信徒ならば、それを食い止めるために必ず戦力を出す、と見越してのことですかな?」
「あぁ、教会の勢力さえ領内から一掃出来れば、あとはどうとでもなる。民衆に関しては中々手こずるだろうが、占領されればその激情は我らではなくゲオルグ殿に向かう。そこからはあの御方の手腕の見せ所であろう」
「……果たして、古い因習が根強く残るこの街に、兵を進駐させるでしょうか?」
「ないとは思うがな。だが、支配下に収めようと思うならば、一度は顔を出さねばなるまい。もし占領するつもりがないとなれば、問題は帝国ということになる」
「……帝国、私は一商人なれば、どちらに降っても大きな差はありますまい。しかし、領主様ともなれば……」
「そこだ。こんな相談をしていようと、私はあくまで王国貴族、所領安堵なら万々歳、市井の民に落とされて運が良く、最悪打ち首も覚悟せねばな。まぁ、降伏して打ち首とあらば、他の領主も死にもの狂いで抵抗するであろうが」
現在のレイモンドの立ち位置は非常に曖昧である。王国貴族でありながら、目下交戦中のガルディナの主と通じ、また侵攻してくるであろう帝国とは何の繋がりも持っていない。
彼は、侵攻してくるのがガルディナであれば迷わず策を弄してでも降伏するであろうが、こと帝国ともなると勝手が違う。帝国にゲオルグが協力していることは既に明々白々であるが、だからといって帝国がレイモンドの身柄を丁重に扱う保証などない。
それどころか、レイモンドの事を帝国にゲオルグが伝えていなければ、その他大勢の王国貴族と同じように遇されるであろう。
では徹底して抗戦するかと問われれば、ドラグニルが味方する帝国と真っ向から立ち向かう気概も兵も持ち合わせていない。
「頭の痛いことよ……」
「心中、お察し致します」
彼らの密談は、その後もしばらく続いた。
「そう、勝ったのね」
「はい、援軍第一陣到着を聞き、ディナント軍は国境まで後退。防戦の構えを見せているとのことです」
「援軍を用いずに勝利、ね。ふふ、なんとも良いことじゃない。ガルディナ軍様様ね。それで、戦勝祝はどれくらい集まったのかしら?」
リュドミラとオリガは、帝都にて早馬から齎された「帝国軍勝利」の報せを受け、今はその後の対応を話し合っている段階であった。
「はい、現在はおよそ7500といったところでしょう。後は、ゲオルグ殿がこちらへ訪れる予定日までに、ある程度の準備を進めておきたいところです」
「そうね。けれど、問題は食糧かしら」
「そういうことです。現在、今回の防衛線の為、また逆侵攻の用意の為、備蓄していた兵糧を随分食いつぶしています。あまり他国に回す余裕はありません」
「……とは言え、食糧も持たせずに人だけ送ると言うのも、流石に問題ね。今回、出兵していない貴族の中でも、余裕のある者から供出させて」
「既にそのように。国家危急存亡の時に、自領で安穏と過ごしていた者達です。否とは言えませぬでしょうし、言わせません」
「ふふ、怖い怖い。とは言え、国軍を動かしている最中に力を温存される訳にもいかないわ。出来るだけこそぎ落としてあげてね?」
「心得ております」
今回の戦争において、リュドミラの出兵要請を受けていない貴族は主に北部から北東部にかけて多数存在する。戦場から離れた所に所領を持つ者達だ。
無論、距離や保有する戦力の問題、或いは優しさからなどではなく、こうなることが予見されていた為に、敢えて温存させていたに過ぎない。
彼らに言わせれば「命が下されなかったが故に出兵しなかったというだけだと言うのに、なぜ今になって食糧の備蓄を供出せねばならないのか」とでもなるであろうが、それに関する返答は至極簡単である。
「なれば今こそその力を揮うべし」
要するに、食糧だけ出すか、それとも戦場に援軍として赴くか選べ、ということだ。
北部の貴族にとって、南征というのは旨味が少ない。遠征ともなれば、それに必要な武具、兵糧、軍馬の飼葉、徴兵する兵の給金、どれもこれもが南部貴族の比ではない。加えて、南征で仮に所領を増やされたとしても、そんな飛び地に領地を貰っても管理に苦労せねばならず、とは言え報奨金だけで遠征にかかった費用を贖えるかと言われれば疑問符が付く。
ともなれば、食糧だけで済むならばそれに越したことはない、と落ち着くことも想像に容易い。
まして、今回は多くの貴族が戦争に列席している。故に、声を大にして反発も出来ないという点も大きな要因である。
「さて、ではそろそろ会議を開くわよ。今回の南征、必ず成功させるわ」
「はっ、では直ちに帝都内の貴族、並びに将校を召集致します」
このガルディナが引き起こしたと言っても過言ではない戦争に、今、多くの国、人が、それぞれの思惑を抱きながら参じようとしている。
大陸の版図が書き換わる日は、そう遠くないのかもしれない。
この章はこれで終わりです。
幕間は……




