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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第九章 歴史の幕開け
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突撃

「……それは、間違いないのだな?」


「はっ、既に一部は後退を始め、指揮系統にも混乱が生じている模様です」


ゲオルグは近衛からの報告に眩暈を覚え始めていた。どれほど脆弱で士気が低い部隊であろうと、たかだか30名弱の兵による奇襲でそこまで陣容が崩れるとは思いもしなかったからだ。


確かに、ドラゴニュートによる奇襲というのはインパクトも強かろう。空からの一方的攻撃ともなれば、反撃の手も無かろう。更に炎による視覚効果、爆音による聴覚効果は一兵卒程度なら簡単に恐慌しよう。


だが、まさか指揮系統まで混乱させ、壊走の憂き目にまで遭おうとは、どうして想像が及ぶだろうか。紛いなりにも、列強たる帝国へ侵攻しようというのに、その程度の指揮官しかいなかったとでも言うのだろうか。


「閣下、我らにも攻撃の許可を」


思いがけない事態に頭を抱えそうになるゲオルグの横から、ジルがそう進言してくる。彼女の言葉は、地上部隊にも活躍の機会を願う一人の指揮官としては妥当なものだ。まして、ゲオルグもそれを容認する旨の発言をしている。


「……損害が大きくなりそうと感じた場合は速やかに撤退し、無益に死人を出すな。我らにとっての本当の戦争はまだ始まってはいない。健闘を祈る」


「はっ、必ずや敵に痛烈な打撃を与えて見せます。では、これにて」


ゲオルグに敬礼をした後、自らの部下の元へと走る彼女を止める術を、彼は持たなかった。


「……近衛総員に命ずる。これよりは地上部隊の掩護を最優先し、その攻撃、後退を可能な限り支援せよ。これは何よりも優先される、例え敵の指揮官が目の前にいようと、視界に危地に陥った友軍がいればそちらを救援するように」


「承りました」


今回の一戦に口出しする気はなかったゲオルグだが、こればかりは譲れなかった。彼にとって、ようやく手に入れた自国の軍を、こんなところで損耗させる訳にはいかなかったからだ。


「……なんとも、まままらぬものよな」


深く溜め息を吐きながら、そう誰にでもなく呟いたゲオルグは一人、高空へと飛び立つ。それは、決して自らこの戦場に手を加える為ではなく、己の信ずるものの為に戦う、自らの率いる兵の戦いを、生き様を、そして死に様を、見届ける為に、だ。


「俺が導いた結果なのだから、俺が全てを見届けねば、な……」


万からなる軍勢に300程度で突撃を行う。これが物語であるのなら、なんとも勇ましく、甘美で、心躍らせることだろう。しかし、現実にそれを行うのは、これまで苦楽を共にしてきた戦友にして家族である。


ゲオルグはなんとも言葉にし難い思いを胸に秘めながら、果敢に進軍を開始した己の兵達の上空を飛んで行った。


























「参謀、いよいよですね」


「えぇ、今こそ、我らの忠勇を閣下に示す時。尻込みなど、後退など有り得ない。ただただ眼前の敵を討ち懲らし、ガルディナの同胞に勝利を捧げてみせましょう」


やや駆け足気味に敵陣へと迫るガルディナ軍。その先陣に、ジルの姿はあった。参謀という肩書を持ち、ゲオルグ、そしてヨハンの名代として軍を預かる彼女がこうして自ら先陣を務めるなど、本来あってはならないことだ。


しかし、彼女にはどうしても先陣を切らねばならぬ理由があった。


<閣下の為に我が身を、命をどこまで尽くせるか、それを示し、お褒め頂きたい、閣下のご信頼、ご寵愛を賜りたい……>


それは、戦場に立つ軍人としては実に不純、不埒、或いは不適切な思いかもしれない。だが、一人の女として、主君と家臣という立場を超え、自制も難しい程の想いを抱いてしまった以上、むしろ当たり前の考えとも言えるだろう。


戦場に立つ理由など、幾千、幾万でも挙げられる。己の信ずるものの為。何かを護る為、己の欲望の為、それこそ、更に細分化していけばキリがない。


彼女もまた、軍人である前に一人の女としての想いが、この戦場で先陣を切るに足り得る理由となっているだけのことである。


ゲオルグがそれを聞けば、恐らくは何がなんでも先陣など許しはしないであろう。一兵士がそういった思いを抱いて戦場に立つ分には、彼とて何も言わない。しかし、仮にも総指揮官にも等しい立場にいる者が、自己を中心に考え、あまつさえ先陣として敵に突っ込むなど、あってはならないと思っているからだ。


彼の中の指揮官像というものは、逐次変化していく環境・情勢、常に思考する敵、不完全な情報(戦場の霧と呼ばれる)、限りある戦力と資源、部下の心理を踏まえて適切に部隊を指揮する者である。


それが、自ら敵中深くに斬り込み、どうして冷静に戦況の把握など出来よう。どうして適切な指揮など出来よう。


勿論、今回のジルの先陣はゲオルグの預かり知らぬことである。数が圧倒的に少ない以上、前衛も後衛もさしたる違いはない、などと言われてしまえばそれまでかもしれないが、だとしても、彼女がもし先陣で斬り込む、などとゲオルグに報告していれば、彼は必ず諫めていたであろう。


彼女は既に、ガルディナ軍ではナンバー2にあたる要職にあり、ガルディナの議会で発言も許されている重要人物の一人である。そうそう代えの効く人材ではない。


人的資源に乏しいガルディナからすれば、こんなところで失う訳にはいかない存在なのだ。


「参謀! 敵が目視出来ます! どうやら近衛の情報通り、壊乱状態のようです!」


「よろしい! いざ参る! 我らが白刃を彼奴らの血で染め上げよ! 敵の首を手土産に、我らが故郷へ凱旋する!!」


「「「「「応!!」」」」」


そんなガルディナとしての都合などおかまいなしに、彼らは足を速める。眼前に迫る敵を見据え、その首を討ち取らんと剣を抜き放つ。


ガルディナ軍に気付いた敵の一部が、これを迎撃しようと隊列を立て直そうとするも、そこに打ち込まれる近衛の魔法によって、むしろ混乱は悪化するばかりである。


「総員、突撃に移れぇぇぇぇ!!」


「おぉぉぉぉっ!!」


「ゲオルグ様に勝利を!」


「ガルディナに勝利を!」


「我らが未来に栄光を!」


雄叫びを上げ、ついに敵と交錯するガルディナの兵。


獣人が、人間に虐げられ続けてきた種族が、その牙を、爪を、思いを、人間に示す時が、訪れた瞬間だった。

















この一話を書くまでに、公開する予定もない小話が2つも書き上がっているなんて言えない。

ゲオルグが酒に飲まれたりニャンニャン(ノクターンではない)しちゃうお話とか誰得というね。

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