帝国とガルディナ
「お初に御意を得ます。陛下より伯爵位を賜りしレイフテンベルクスキー家の現当主、ニコライ・マクシミリアノヴィチ・レイフテンベルクスキーと申します。誇り高きドラグニルたるスタンフォード様のご高名を耳にせし折には、心躍らせたものにございます。以後、末永い交友の続くことを祈って止みませぬ」
「そうか……自己紹介など不要そうではあるが、ゲオルグ・スタンフォードだ。ラシードの不在の間、なにかと迷惑も掛けよう。故に、何か相談などあれば気兼ねなく声を掛けて貰いたい」
「過分なお言葉、痛み入ります」
お互いの紹介が終わったところで、レオニードが一言断ってからその場を後にする。恐らくは、出迎えに交じっていたヨハン率いる警衛隊か、近衛のドラゴニュート達を見に行ったのであろう。
彼らがどれほどの恩恵をもたらすか、その可能性を見出しに。
それを察して小さく頭を振りながら溜め息を吐いたゲオルグではあるが、まだ今しばらくこの帝国貴族達とやりとりせねばならない事を思えば、ここで心を折られる訳にもいかない。
「引継ぎの方は問題はなさそうか?」
「えぇ、バスネル将軍より、主だった事にはついては滞りなく。細かな点については、将軍の出立までに打合せを行う予定です」
「そうか、なれば、そろそろ本題、といきたいところだが……」
そう言いながら彼の後ろを見てみれば、ここまで同道してきた貴族が挨拶の順番待ちをしているのが目に入る。
皆、一言も話さず帰るつもりはない、とでも言いたげな表情だ。
それもそうだろう。ここに居る貴族達は皆、自身、或いは実家か親族あたりから、ドラグニルと彼の治める土地、そしてそこから得られる利益についてよく言い含められているに違いない。同時に、その話の真偽を確かめるのもまた、役割の一つとして課されているであろうが。
<こういうことは想定の範囲内とはいえ、煩労極まりないな……>
もしかすれば、いずれは王侯貴族の様な婚姻話とて浮上するのではなかろうか。という心配すら覚えてくる。
事実、後々それは現実のものとなるのだが、今この場では置いておこう。
ゲオルグは今しばらく、帝国貴族達への対応に追われるのだった。
目の前の光景は圧巻そのものだった。
帝国貴族として、相応の教育を受けてきた自分ですら、このようなことが過去に起こったという話は寡聞にして知らぬことである。
それこそ、武装した亜人というだけでも、まず大戦末期から終戦後の数年しか存在が知られていない。それは、人間が亜人に対する攻勢を示してからの僅かな期間に過ぎないが。
だが目の前にいる数百にもなる亜人達は、全身鎧の様な重厚さこそないが、鈍色に輝く鉄の防具をその身に着けており、その質は、帝国のそれとは一線を画しているのは武具、あるいは鉄製品について教養ある者なら一目で分かる程度に明白である。更に、隊長格らしき者に統率され規律正しく行動し、その知性の高さから錬度、その上なにやら騎士達と書類などに目を通しながら会話をしていることから察するに、教養もそれなりの筈。
<これは……認識を改める必要があるな>
事前に話を聞いてはいたものの、街の発展具合や軍事力、産物、そしてそれらの加工品など、およそ全てはゲオルグ・スタンフォードというドラグニルの力で成り立っているものだと思っていた。
彼からすれば、亜人というのは知性に乏しく、卑しく、浅ましい生き物でしかなかった。帝国に住む亜人というのは往々にして、日々の暮らしすら危うく、時には犯罪に手を染め、そして見つかればただその場で処刑されるだけの、害こそあれど益の無い生物、といった認識であった。
それは、彼が貴族だから、という訳ではなく、帝国人なら誰しもがそう考えている共通認識。
しかし、眼前の景色はそれを嘲笑うかのように打ち破ってみせた。それを見せられても尚、当初の予定通りドラグニルとだけ上辺だけでも親密になれば良い、などと言える程、彼、レオニード・トルスタヤ・イリイチ侯爵は愚かではなかった。
<兵士達が腰に差した二刀……あれを同時に使いこなせるとしたら、その膂力は人間の比ではない。その上ドラゴニュートまでもが、少数とは言え武装し戦力に加えられ、更にそのトップにはドラグニル。成る程、ディナントの軍が文字通り殲滅された、というのもあながち嘘でもあるまい。それでいて多数の鉱石、宝石という資源に、見るからに豊富な木材、これは、放っておくには余りにも惜しい>
とは言え、帝国東部を治める自分の領地とは距離も遠く、直接資源のやりとりなどで益を上げるのは難しい。今回、自分の領地の中から、年頃の雌ばかりを400ばかり、雄も合わせれば800以上もの亜人を集めてはきたものの、果たしてあのドラグニルにどれほど効果があるものか。そも、ガルディナにあるという街が人間のそれらと変わらぬ発展を遂げており、ただそこの住民として受け入れられるだけならば、むしろ何の効果もなさそうではある。
レオニードは、どうにかしてこの新進気鋭の新興国と帝国の間の権益に一枚噛めないか、頭を回転させた。もっとも、それはレオニードのみならず、他の貴族達も同様であるのだが。
だがこの後、彼らは目にすることになる。ゲオルグというドラグニルにとっては、距離など何の意味も成さない、という事実を。
「では、そろそろ良かろう」
「はっ、では、前回同様に」
貴族達との煩わしいやりとりを終えたゲオルグが、ラシードを傍へ呼び、取引の最終段階に入った。総勢7000を超える獣人、エルフ、ドワーフが、一か所に纏められ、その周囲から人間が離れていく。また、ガルディナ側から用意された物資、今回は宝石類をメインに、銅を多めに、少量の銀、金の原石であるが、それらも既にサグラーシ砦に運び込まれている。
今回、貴族達がどうにかしてガルディナの街を訪れようと躍起になってきたが、ディナントとの不和、開戦ムードを理由にやんわりと、しかし断固として断り、事なきを得ている。
「ヨハン」
「はっ!!」
「これだけの人数だ。万が一が起こらぬよう十分留意せよ」
「確と承りましてございます」
「レオンも、近衛の配備には気を使え。俺でもこの数は流石に見切れないからな」
「承知仕りました」
「うむ。では、行くとしようか」
ヨハン、レオンとも最終確認を行い、そして、ゲオルグは新たな住民達に目を向ける。
そして、背後で警衛隊や近衛が足並みを揃え、息を飲む雰囲気を察し、いつもの口上を告げた。
「「「「「さて諸君、空を飛んだことはあるか?」」」」」
こうして、ガルディナに新たな住民が加わった。
総人口は1万5000人近くとなり、ようやく、都市としての機能を十全に活かし始めることとなる、まさに転換期とも言える時期が訪れたのである。
「あれだけの資源や人員を、まるごと飛ばすだと……」
「有り得ん……」
「彼らが軍を……それこそ数さえ揃えれば、堀や塀など何の意味も成さぬではないか……」
「いや、だがあれだけの力を交易に活かして貰えるならば、そこから得られる利益は計り知れんぞ」
「だが、あまり内部にまで招きいれては、それが交易品ではなく兵であった時、我らに成す術はないではないか!?」
「そんなもの、彼らがその気になれば心配するだけ無駄だろうよ」
「如何にも。そもそも、あれだけ高空を飛行する彼らが何を運んでいるかなど知る方法はなかろうに」
「それ以前に、あれだけの力を有するドラグニルが敵に回った時点で、帝国の未来は定まったも同然であろうな……」
ゲオルグらが立ち去った後、その場に残された貴族や護衛の騎士達は、阿鼻叫喚、と言っても差し支えの無い状況に陥っていた。
噂の類を聞いてそれを頭から信じる訳にもいかぬ貴族という生き物にとって、ドラグニルの逸話というのは、実際に目にした者がほとんどいないこともあり、その数々の逸話、能力に対し懐疑的な部分があった。しかし、これを見せられて尚、その力を疑う者など、この場には皆無であった。
7000を超える亜人を連れて行く際、場合によっては無理やりにでも自ら、或いは騎士の数人でも帯同させてやろうとすら思っていたが、それも不可能であると思い知らされた。ばかりか、それ以上に、自分達がこれから友好関係を築こうとしていた相手の想像を遥かに上回る力に、騒がずにはいられなくなったのだ。
「これは……陛下も人が悪い。なぜ、これだけの力量を誇るという事実を、事前にお教え頂けなかったのか……」
そう独白するレオニードに、周囲の者達も大きく頷く。
リュドミラがこの事を敢えて教えなかったのは、今回の一件に半ば無理やり食い込んできた事への意趣返しであるが、それは上手く行ったようである。この場に彼女がいたならば、笑いを殺しきれずに口元を歪めていたに違いない。
「ガルディナか……もはや侮るべきではあるまい。下手をすれば、他のどの国よりも気を使わねばならんぞ……」
誰かが言ったその言葉に、再びその場が紛糾することになったのだが、それはゲオルグの預かり知らぬ事である。




