帝国貴族
「お初にお目にかかる。ヴィルヘルム帝国、トルスタヤ領領主、レオニード・トルスタヤ・イリイチと申します。以後、何卒よしなに」
「丁寧な挨拶痛み入る。ゲオルグ・スタンフォードだ。一応、ガルディナ森都統括執政官、などという肩書はあるが、まぁ、大国の侯爵である貴殿には何の価値もなかろう」
取引の日、サグラーシ砦で初顔合わせをした二人が言葉を交わす。今回は道中見舞いには行っていないのだ。リュドミラが同行していないということもあるが、なによりサグラーシ砦のラシードの元にこまめに先触れが送られていたのが主な理由だ。
わざわざ自分の目で確認せねばならなかった前回と違い、既に帝国の部隊が駐留している上に拠点となる砦も建設済み、となれば、先触れを出しておくのは当たり前のことだ。それを踏まえ、尚且つリュドミラならばまだしも、一貴族を陣中見舞いせねばならないこともない、と判断した結果である。
「何を仰ります。今やガルディナは帝国にとっても重要な立ち位置にございますれば、何故かようなご謙遜をなさるのか」
「なに、総人口、産業、工業、あらゆる面において、我らは帝国に劣るのは確かだ。まぁ、産物は除くが、な」
「これはこれは……少々、耳の痛いお言葉ですな」
ゲオルグは内心、この会話を倦厭とした心持ちで続けていた。貴族特有と言うべきか、率直な物言いを避け婉曲な表現を繰り返す、その在り様に、だ。
彼はゲオルグの「何の価値もない」というくだりの発言を、否定もしていないし、かと言って肯定もしていない。それでいて自国の優位性を主張するでもなく、こちらを伺う様な発言。あくまでもゲオルグから言葉を引き出させるような話し方。どれもこれもが癪に障る。
とは言え、リュドミラ相手の様な気安い関係を構築したい相手でもない。ましてや今後、ラシードの後任として残るのはこの男ではなくニコライ・マクシミリアノヴィチ・レイフテンベルクスキーとかいうやたら長ったらしい名前の伯爵である。
益々持って、このレオニードと交友を深める理由が見当たらない。無論、大貴族の一人である以上、敵対しない程度の親密さは求められるだろうが。
「なに、我らと貴国の関係は、利害の一致からくるもの。その要素である産物を今更否定する事もあるまいよ」
「えぇ、勿論、存知上げておりますとも。とは言え、我がイリイチ家も銀山を有し、それを国内に流通させることだけでどうにか体面を保っている一族でありますれば……」
<……だけで、か。よく言うものだ>
元より辺境伯を務めていた以上、それ相応の権勢を誇っていたであろうにも関わらずこの発言だ。これは最早謙遜とすら呼べない。
要するに「勝手に当家の利権に食い込むような真似はしてくれるな」と言いたいのだろう。それこそ知った事ではない、と言えばそれまでだが、その結果としてリュドミラの政治体制に不和をもたらすのは本意ではない。
少なくとも、リュドミラは今しばらくは帝国のトップに居て貰わねばならない。
具体的には、リュドミラの後継がゲオルグに好意的、或いは協力的であると確信出来るその時までは。
「あぁ、勿論、その辺りは考慮しよう。まして帝国は今、危急の時を迎えている最中と聞き及んでいる。かような折に、帝国を代表する大貴族の力が衰えるようなことがあってはこちらも困るのでな」
遠回しに「ディナントとの戦を迎えるやもしれんというこの時に、己の利権確保とは良いご身分だな」と言っている訳だが。
「無論、帝国貴族の一員として、国難となれば何を先置いても駆け付けるのは当然の責務。されど、陛下より賜った所領にて大事があれば、これを守り、平穏をもたらすこともまた貴族の役目にございますれば」
こんな返しをしてくる始末。
<こちらの出方次第では、何らかの理由を付けて対ディナント戦には赴かない、或いは遅参することも止む無し、といったところか……>
ゲオルグ、即ちドラグニル相手にここまで強気に出てくる気概、胆力は成る程大したものである。しかし、実際ゲオルグにはどうしようも出来ない事である以上、手を出すことも出来ない事実も考慮した上でのことだろうが。
仮に、従わねば滅ぼす、などと言ったところで、彼とて矜持というものもあろう。どころか、他の帝国貴族を煽り、ガルディナと帝国との友好関係そのものに水を差しかねない。
のみならず、ゲオルグが懇意にしているリュドミラ、彼女による統治そのものを覆されたりしてはたまったものではない。
人間と極力友好的に、という指針を持つ故に、ゲオルグとしてもそこまで強気には出られないのだ。
<まぁ、そこまで理解した上でのこの態度であろうがな……>
つくづくゲオルグにとって嫌い、とまでは言わずとも、苦手な部類な人間である。こうした機会でもなければ、一生関わり合いたくないタイプである。
「なるほど、生憎と貴族社会には疎いのでな、その辺りの事情には口出しは出来ん。とは言え、最大限の考慮はするよう努めよう」
「そのお言葉が賜れただけでも重畳にございます。さて、丁度良いところに来ましたな」
そう言うレオニードの視線の先を追えば、そこにはラシードとの引継ぎを終えたのか、まだ30代前半か、精々中頃であろう身なりの良い男がこちらへと向かって来ていた。
あれが、恐らくニコライ・マクシミリアノヴィチ・レイフテンベルクスキー伯爵であろう。




