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朝 :目覚めから朝食まで

 そこは、北方大陸(ユロシア大陸)大陸西方域(ユロシア地域)……


 その西方域の国々の一国――セオミギア王国の都、“神殿都市”セオミギア……


 この都の一隅にある屋敷の一つより、物語を始めよう。



 その屋敷には、セオミギア王国において新興貴族の一つに数えられる一家……“虹の一族”の異名で知られるコアトリア家が住んでいる。


 この屋敷の二階には、セオミギア王国の一般的な貴族――と言うよりも、北方大陸(ユロシア大陸)の貴族――の屋敷では見慣れない構造の一室が存在している。

 その部屋には、屋敷の中でもやや広い部屋であり、特殊な薬液が満たされた棺の様な形状の装置――“調整槽”と呼ばれる装置が幾つも並んでおり、それらに向かい合う様にして、棺や筒を立てた様な形の装置――格納筒が並んでいる。それらが並ぶ一角の中央には寝台とも卓ともつかない物が備え付けられている。

 そうした調整槽の並ぶ場所の反対側の隅には、調整槽に満たされる薬液の材料となる薬剤の入った瓶や各種の工具を収めた棚が設置されており、その隣には簡素な衣装棚が据えられている。


 何処か不均衡な印象を与えるこの一室は、この屋敷に仕える侍女達の為の部屋となっている。



 その日の早朝……太陽(光の太陽)がまだ昇る気配も見せぬ時間帯に、この部屋に並ぶ調整槽の一つより機械の駆動音が響き始める。それは、調整槽に備わる機械装置の動力によって、その槽の上部を覆う上蓋がゆっくりと開いて行く音であった。


 上蓋が開いた調整の中は、特殊な薬液が目一杯満たされている。その薬液の液面より一本の腕が飛び出す。

 その腕は調整槽の縁を掴み、そこに沈み込んでいた身体を起き上がらせるべく、その指に力を込める。そうして、起された身体は一人の女性の姿をしていた。


 しかし、その身体の持ち主は、ただの女性と言い切れる様な存在ではなかった。その輪郭は人間の女性の裸体に非常に良く似ているものの、その身体は木目の浮かぶ硬木で構成されており、関節部には一部の人形で使われるような球状の部品で連結された様な機構が見受けられる。

 薬液に濡れるその髪は赤味を帯びた艶やかな飴色、その目は黒目白目の区別のない銀一色……そんな彼女の名前は、メイ……魔法機械生命体(メタル・ビーイング)と称される存在の一人である。



  *  †  *



 魔法機械生命体(メタル・ビーイング)とは、西方大陸(アティス大陸)にあった古代王国後期に生み出された魔法生物の一種である。


 古代の西方大陸(アティス大陸)に独自に発達した技術――帝国魔法と機械装置を併用することで、様々な効果や機能をより効率的に発揮させると言うその技術体系――魔法機械技術の最高峰の一つとして伝えられているのが、この魔法機械生命体(メタル・ビーイング)と言う存在である。

 しかし、古代王国崩壊後の世界においては、永きに渡って伝説上の存在として、その実在性は疑わしい物として認識されていた。だが、古代王国崩壊後の時代(第三紀)となる人暦30世紀初頭(約一世紀半前)に復活した“神銀の機神”の異名で呼ばれる人物の登場で、その実在が証明されたと言う逸話を持つ存在である。


 彼等は魔法機械技術による機械の身体を持ち、人工的に創造された存在でありながら、自由意志を有し、自己修復を可能とし、更に自己進化の能力を内包する擬似生命体とも称すべき存在である。


 もっとも、人暦31世紀を迎えた現在においてはこのメレテリア世界の生命体の一つに数えられる存在になっている。



  *  †  *



 メタル・ヒューマノイド――金属人と称される存在ではあるが、彼女の外殻装甲や内部骨格などの主要な構造は硬木材で出来ており、木質人と通称される者である。

 そんな木目の浮かぶ裸身で立ち上がったメイは、調整槽と向かい合う様に並ぶ縦型の棺状の装置――格納筒へと視線を走らす。


 間もなくして、それら格納筒の前面に取り付けられた蓋が開き、そこからメイに似た姿のモノ達が出てくる。こちらは、侍女用のお仕着せであるエプロンドレスを纏っている。五体を数える彼女等は、メイとは似ながらも異なる存在である。彼女等は魔法機械人形(ドール)と称される存在である。



  *  †  *



 魔法機械人形(ドール)とは、魔法機械生命体(メタル・ビーイング)の前身となった魔法機械であり、生物に似た姿と機械仕掛けの身体を持つ魔法機械である。

 これは魔法機械技術の代表的な産物であり、古代アティス王国において様々な形状や機能を持つ機体が製造されていた。


 しかし、魔法機械生命体(メタル・ビーイング)とは異なり、自由意志や自我と呼べるものは基本的に無いか希薄であり、基本的に主人の命令を盲目的に実行することしか出来ない。

 更に、自己修復機能も持たないか限定的なものでしかない。それは即ち、魔法機械生命体(メタル・ビーイング)が擬似生命体であるのに対して、魔法機械人形(ドール)は単なる魔法機械装置の一種に過ぎないと言うことを意味している。



  *  †  *



 さて、メイの周囲に集まった彼女達は、メイの試作機と言った意味合いで製造された魔法機械人形(ドール)であり、今はメイの配下として働くモノ達として、時にメイの外部端末的な役割を果たす存在として従っている。

 調整槽や格納筒の蓋が閉まる機械音が響く中、周囲に集った魔法機械人形(ドール)の侍女達は、各々が手拭いを手にして、薬液に塗れた裸身を晒したメイの身体を拭き清める。


 薬液を拭き取った後、薬品棚に置かれた瓶の一つを取り出し、五体がかりでその瓶の中身をメイの身体に擦り込んで行く。

 瓶の中身は高級家具の手入れ等で用いられる塗蝋である。五体の侍女達はメイの全身隈なく――目蓋や足の爪先に到るまでの各所へ塗蝋を擦り込んで行く。


 その姿は、まるで貴族の淑女の様だとメイ自身も思わなくもないが、この侍女達は彼女の手足の様な存在でもあり、それに自分の全身に手が届かない以上は侍女達に手伝わせるしかないと言う所でもある。


 それに何より、彼女にとって今日は少し特別な日でもあるのだから、と思うことにしていた。



 全身に塗蝋を擦り込まれた後、余分に付いた塗蝋を新しい手拭いで侍女達によって拭い取られ、それと共に薬液を拭った後の髪も丁寧に梳られる。

 それら一連の作業が終ったメイは、この部屋の空調を司る魔法装置を起動させて、部屋に充満する揮発した薬液の蒸気を浄化させる。


 彼女にとっては甘い良い香りでしかないが、人間にとってこの薬液の蒸気は有害な成分も幾分か含まれており、誤って子供達が部屋に踏み込むと危険なのだ。


 そして衣装棚へと歩み寄り、その中から自分の衣装である侍女服を取り出し、身に着けて行く。

 塗蝋を擦り込まれ、普段より一際艶やかとなった身体や、洗濯したての糊の利いた衣服を部屋の隅に置かれた鏡で確認する。

 普段よりも身奇麗となった自分の姿を目にして、密かに愉悦の思いで心を満たす。


 そして、心奥に秘めた愉悦を表に出す素振りを見せぬまま、彼女は部屋から出たのだった。



  *  *  *



 彼女達――コアトリア家の侍女達の朝は、コアトリア家の人々の朝食を用意する所から始まる。


 厨房に到着した彼女達は、メイの指揮の下で、各々が朝食の仕込み為の作業に取りかかる。


 ある者は竈の火を点し……


 ある者は朝食用の食材を切り刻み……


 ある者は水瓶から鍋等に水を汲む。


 そんな彼女達とは一歩離れた所から、メイはその様子を見守るかの如く眺める。

 一見では、仕事をしていない様なメイではあるが、実の所、彼女は自身の能力を鍛える為に自らの手を直接動かさずにいるのだ。



  *  †  *



 メイ達――魔法機械生命体(メタル・ビーイング)は、明確な自我を有し、優れた自己修復機能を持つ魔法機械と言う点で、他の魔法機械群と一線を画する存在であるとされる。

 しかし、魔法機械生命体(メタル・ビーイング)が、他の魔法機械と一線を画する存在として扱われるのは、それだけではない。彼女達――魔法機械生命体(メタル・ビーイング)は、基本的に魔法機械類の中でも上位の存在であると見做されており、それに見合う幾つかの能力を秘めているからだ。



 そうした能力の一つとして知られるのが、“魔法機械に対する支配能力”である。


 魔法機械類は、機体制御に“独自の魔法語”を使用しており、この“魔法語”――“魔法機械語”は一般的な人間・亜人には聞き取りも発声も不可能と言われる独特なものである。一般の人々が魔法機械を操る際には、“帝国魔法語”での命令を“魔法機械語”に翻訳する過程が必要となる。

 しかし、その命令を直接“魔法機械語”で下すことの出来る魔法機械生命体(メタル・ビーイング)は、人間などと比して、魔法機械類に対する命令の優越性を有している。


 更に、そうした機能を発展させる形で、支配能力の錬度を上げることで、魔法機械生命体(メタル・ビーイング)は支配下に置いた魔法機械類を自身の手足の如く操る能力や、自身の耳目の延長として利用する能力、それに他の魔法機械類を自身の仮初の身体として利用することも可能となる。



  *  †  *



 とは言え、メイに有する“魔法機械支配能力”は、比較的初歩的なそれに過ぎない。


 今の彼女に出来るのは、第一に配下の侍女達への命令優先権能である。

 しかし、コアトリア家の面々は魔法機械人形(ドール)用の操機杖を所有しておらず、侍女達への命令はまずメイを通すのが慣例となっている現状では余り意味がない。


 次に、自身が修得した家事の技術――主に、ラティルに教示して貰った調理法などを侍女達に使用させる能力がある。

 こちらは、魔法機械人形(ドール)の技術向上に通常では、その為の術式(プログラム)を編み出した上で、それを制御結晶に組み込む必要があるとされていることを考えると、非常に有効に機能している。


 そして、彼女が今鍛錬を積んでいるのが、複数の侍女達を同時に自分の手足の様に自在に操る能力と言う訳である。



 そうして朝食の準備が進んでいる最中、厨房の扉が開いた。


「おはようございます、メイ……」


 入って来たのは、くすんだ金髪と“虹色”の瞳を持つ女性である。

 彼女こそ、コアトリア家嫡子の配偶者となるラティル=コアトリアであり、メイにとって不得手な料理を教示・差配して貰っている師の様な人でもある。


「おはようございます、奥様」


 メイは彼女に向けて、一礼とともに挨拶を交すと言葉を続けた。


「朝食の支度は順調に進んでおります。何時もの様に、味付けなどの仕上げの方はお願いできますか?」


「わかっています。竈の様子を見させて貰いますね」


 メイの言葉に頷きを返したラティルは、鍋の様子を見る為に竈の方へと足を進めた。



  *  †  *



 メイを始めとするコアトリア家の侍女達は、家事用機体に分類される存在であり、基本的に料理や掃除、洗濯を行う為の機能に特化した機体である。


 故に、屋敷の掃除やコアトリア家の人々の衣服の洗濯や手入れは手際良くこなしてみせる。


 しかし、料理に限って言えば、少々問題がある。

 メイを含めた侍女達は、人間の味覚を持たないのだ。一応、メイ自身には自分の味覚があるのだが、これは魔法機械生命体(メタル・ビーイング)としてのものであり、当然の如く人間のそれとは全く異なる。

 お蔭で、今のメイには、人間用の料理を口にしても、それが美味くとも不味くとも、ただ“苦い味”にしか感じない。

 その為、味付けなどの料理の仕上げをしても失敗してしまうことがままある……と言う事実が、ラティルの婿入り後に発覚したのだ。


 これは、コアトリア家の面々――特に、女性陣――が料理の美味しさ・不味さに関して無頓着だったことが原因の一つとなっている。とは言え、今更如何しようもない類の話であろう。



 とは言え、メイは自己進化能力を有する魔法機械生命体(メタル・ビーイング)である。鍛錬次第では、人間の味覚の何たるかを理解することも可能な筈である。


 だからこそ、彼女はラティルに料理の監督を願いながら、料理の美味しさ・不味さの違いを理解しようと努力しているのだった。



  *  †  *



 竈の方へと進んでいたラティルが、ふと足を止め、その視線を落とす。


「……メイ、レンの様子を見て……」


「はい?……!……申し訳ありません」


 ラティルの言葉に、自身の意識を侍女の一人――レンに傾けたことで、自分の失敗を悟った。


 ラティルが視線を落とすその先では、コアトリア家の侍女にして魔法機械人形(ドール)の一体であるレンが、スープの具材となる野菜を切り刻んでいた。しかし、野菜を切っていた筈のレンは、左手の指先――より正確には人差し指の第一関節の辺りを自ら包丁で切り付けていた。


 レンが勢い良く切り付けた所為か、指の関節部が半ばまで綺麗に切り割られ、傷口から薬液が漏れ出している。漏れ出した薬液はそれ程多量なものではないが、刻まれた野菜が流れ出た薬液に塗れていた。


 彼女達にとっての血液とも言える体内薬液は、酒精(アルコール)や幾つかの魔薬と言った魔法の触媒として作用する薬液などで構成されている。これを直接口にすることは躊躇われる代物となっている。


 その為、ラティルとメイは、慌ててレンの指の止血処理と刻んだ野菜の水洗いを行うこととなった。



 そうした騒動が終わった時には、今度は竈で火の番をしていたジュラが、自分の前腕部の装甲を焦がしていた。

 焦げたと言っても軽い様子なので、そのまま料理は続けられた。


 そんな様子に、軽く溜息を漏らしたラティルは、メイに向けて声をかけた。


「……メイ…………浮かれたくなる気持ちは、分からなくはないけど……」


「…………申し訳ありません……」


 頭を下げるメイの様子に、ラティルは苦笑を漏らす。


 嬉しさの余りに、浮かれて失敗をやらかすと言う、ある意味で人間らしい反応に対して……失敗を叱り付けるべきか、そこまで人間らしさを獲得しつつあることを喜ぶべきか、ラティルは少し迷う所であった。



  *  *  *



 そんなこんなの些細な騒動を起しながらも、厨房での作業は進み、程なくして朝食が出来上がった。


 焼き上がったパンや温かなスープは、その出来具合や味をラティルに確認して貰った後で、侍女達の手で用意したそれぞれの器へと盛り付けて行く。

 そうして、朝食が盛り付けられた器は、順次用意された配膳車へと移されて行く。


 やがて、朝食の器の全てを配膳車に載せ終えると、メイは配膳車の取手を握り、侍女達を引き連れて、厨房から食堂に向かって廊下を歩き始めた。



  *  *  *



 食堂に集まったコアトリア家の人々の前に、メイを始めとした侍女達は手分けして配膳して回る。

 毎朝毎晩繰り返される作業だからこそ、彼女等は素早く手慣れた様子で進めて行く。


 そうして全員への配膳を終えると、メイ達は食堂の隅へと下がる。

 そして、コアトリア家の人々が朝食を食する傍らで、彼女達は食堂の隅に控える。メイは一家団欒の一時を楽しむ彼等の様子を目にして、面には出さないものの、心の内で笑みを漏らす。



 そうして朝食を終えると、各々の出仕・通学する為の準備に席を立つ彼等を、メイは食堂より見送りつつ、支配下に置いた侍女達に命じて食後の器を回収して配膳車に集める。

 器を回収した配膳車に集め終えると、彼女達は配膳車を厨房へと運ぶ。器の洗浄を侍女達に任せて、メイは一旦厨房を出る。


 出仕・通学する彼等――コアトリア家の人々を玄関で見送る為に……



 今回の物語は、拙作『賢者の息子と呼ばれても』の外伝的作品となります。

 不定期の連載となると思いますが、楽しんで頂ければ幸いです。


 よろしければ、ご意見・ご感想を頂ければ幸いです。

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