第5話 私の選んだ未来
数日後。
リーナは再び、公爵家の門の前に立っていた。
以前とは、少しだけ気持ちが違っていた。
ここに来たときは、番だからという理由だけで連れてこられた。
けれど今は違う。
自分で戻ることを決めた。
門が開く。
「おかえりなさい、リーナ」
公爵夫人が出迎えてくれた。
「心配したわ」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ」
優しく抱きしめられる。
その温かさに、リーナの胸が少しだけほっとした。
そして、その後ろにはアレクシスがいた。
「リーナ」
「アレクシス様」
二人は向かい合った。
「戻ってきてくれて、ありがとう」
「はい」
リーナは胸元で手を握った。
「あの……お願いがあります」
「何だ?」
「私はまだ十二歳です」
「分かっている」
「だから、すぐに婚約者として扱わないでください」
アレクシスは少し驚いたあと、微笑んだ。
「分かった」
「それから……勉強ができなくても、怒らないでください」
「もちろんだ」
「私、頑張ります。でも、すぐにはできないと思います」
「それでいい」
アレクシスは頷いた。
「ゆっくりでいい」
リーナは少しだけ笑った。
「それと……」
「まだあるのか?」
「はい」
リーナは真剣な顔で彼を見つめた。
「いつか私が大人になったとき、もう一度考えたいです」
「何を?」
「アレクシス様と結婚するかどうか」
アレクシスは目を瞬かせた。
そして、ふっと笑う。
「分かった」
「番だからじゃなくて」
「ああ」
「私が、本当にあなたと一緒にいたいと思ったら」
リーナはまっすぐ彼を見つめた。
「そのときは、私から言います」
「何を?」
少し考えて。
リーナは笑った。
「……結婚してください、って」
「そうか」
アレクシスも笑った。
「その言葉を、楽しみに待っている」
◇◇◇
その日から、リーナの生活は少しずつ変わっていった。
勉強がうまくいかない日は、先生と一緒に何度もやり直した。
ダンスが苦手なら、できるまで練習した。
分からないことは、恥ずかしがらずに聞いた。
そして時々、母へ手紙を書いた。
今日覚えたこと。
庭に咲いた花のこと。
少しだけ上手にできたダンスのこと。
そんな小さな出来事を、一つずつ書き綴った。
もう、誰かと比べることもしなくなった。
公爵令嬢と比べなくていい。
平民だった自分を恥じなくてもいい。
自分は、自分なのだから。
幼馴染みのエドとも、二度と会わなかった。
寂しくないと言えば嘘になる。
けれど、エドにはエドの人生がある。
そして自分にも、自分の人生がある。
いつか大人になったとき。
自分が誰を好きになっているのかは、まだ分からない。
アレクシスかもしれない。
もしかしたら、別の誰かかもしれない。
それでもいい。
もう、誰かに決められた未来を生きる必要はない。
番だからでもない。
公爵家だからでもない。
平民だからでもない。
――自分で選ぶ。
それが、リーナが初めて手に入れた未来だった。
そして、いつか。
長い年月を経て、大人になったリーナがアレクシスの前に立つ日が来る。
そのとき、彼女はどんな言葉を口にするのだろう。
それは、まだ誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
あの日、番という言葉に人生を決められた少女は。
もう、誰かに決められた未来を選ばない。
自分の心で。
自分の意思で。
自分の幸せを選ぶのだ。
――いつかその日が来たとき。
リーナ自身の口から、どんな言葉が告げられるのか。
それは、もう少し先の未来の話。
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