第1話 番に見つかりました
リーナが十二歳の誕生日を迎えた日。
いつもと変わらない一日になるはずだった。
母と二人で暮らす小さな家。
朝は母の手伝いをして、昼からは近所の仕立屋で働く。
裕福ではないけれど、温かい家族と、大切な幼馴染がいる。
リーナは、それだけで幸せだった。
「リーナ、これ」
夕方。
幼馴染みのエドが、少し照れながら小さな白い花を差し出した。
「昨日、川の近くで見つけたんだ。綺麗だったから……」
「ありがとう。嬉しい」
リーナが笑うと、エドは耳まで赤くした。
エドは十五歳。
物心ついた頃から、ずっと一緒に育ってきた。
二人はまだ子供だったけれど、いつか大人になったら結婚しようと約束していた。
「大きくなったら、一緒に家を建てようね」
「うん」
「俺が働いて、リーナを幸せにする」
「私も働くよ。一緒に頑張ろう?」
「……うん」
二人で笑った。
リーナにとって、それが当たり前の未来だった。
――その日の夕方までは。
◇◇◇
「リーナという娘はいるか」
突然、町に一台の立派な馬車がやって来た。
馬車に刻まれた紋章を見て、町の人々がざわめく。
「公爵家……?」
やがて馬車は、リーナの家の前で止まった。
降りてきたのは、神殿の紋章を身につけた男性だった。
「私は王都の神殿から遣わされた者です」
「神殿……?」
母が不安そうにリーナを見る。
男性は一枚の書類を取り出した。
「リーナ・ベルン。あなたは本日、神殿で行われた鑑定によって、『番』であることが確認されました」
「……番?」
聞き慣れない言葉だった。
「あなたの番は、ローゼンベルク公爵家の嫡男、アレクシス・ローゼンベルク様です」
「え……?」
リーナは目を瞬かせた。
「アレクシス様は二十六歳です」
「二十六歳……」
リーナは思わず呟いた。
自分は十二歳。
十四歳も年上だ。
そして、そんな相手と――。
「アレクシス様は、あなたとの婚姻を望んでおられます」
「結婚……?」
頭の中が真っ白になった。
リーナの脳裏に浮かんだのは、先ほどまで一緒にいたエドの顔だった。
いつか一緒に家を建てよう。
そう約束したばかりなのに。
「待ってください!」
突然、エドが声を上げた。
「リーナはまだ十二歳です!」
「承知しています」
神殿の男性は落ち着いた声で答えた。
「すぐに結婚するわけではありません。成人するまで、公爵家で教育を受けることになります」
「でも……!」
「これは公爵家からの正式な申し出です」
エドは言葉を失った。
平民の少年に、公爵家の申し出を拒むことなどできない。
それはリーナにも分かっていた。
◇◇◇
その夜。
リーナは小さな荷物をまとめていた。
母は泣いている。
「ごめんね、リーナ……」
「お母さん、謝らないで」
自分だって泣きたい。
けれど、母の前では泣きたくなかった。
家を出る前に、リーナはエドに会いに行った。
「エド……」
「……うん」
いつもならすぐに話せるのに、今日は何も言葉が出てこない。
やがてリーナが、小さな声で言った。
「私、いつか帰ってくるから」
「……うん」
「そのときは……」
リーナは続きを言えなかった。
エドも何も言わない。
ただ、苦しそうに笑った。
「待ってる」
その一言だけだった。
リーナは泣きそうになるのを堪えて頷いた。
「うん」
そして馬車に乗り込んだ。
窓から見える町が、少しずつ遠ざかっていく。
リーナは胸の中で何度も繰り返した。
――いつか帰ってくる。
――そのときは、エドと一緒に。
それだけを心の支えにして。
リーナは公爵家へ向かった。




