人生日々修行也 1 side Hibiki
新キャラ(?)登場、前作にちらっと出てきたお人です。
ここに来るのも本当に久しぶりになってしまった……、何て感慨深げに思ってみたけど、よく考えてみたらそれ程でもないのかと、僕は苦笑して「そこ」を見上げる。
――厳剣術場。
見えるのはそう書かれている木製の古めかしい看板。
その下には威風堂々とした門構えが聳えているが、実はすぐ隣りに存在感の薄い通用口がちょこっと付いていたりする。
ぐるっと回れば普通に玄関もあるが、そちらも門扉の向こう側にあり、実は結構敷居が高い。
まあ、今日僕の用事があるのはこっちだ。
「失礼します」
返事はない。
敷地が広いからそれには期待出来ないんだよな、ここ。
「失礼します」
一応、今日道場は開けていない筈だが、声は掛け、いつもの様に鍵を掛けていない木扉を開ける。
とりあえず用があるのは師範か師範代。
挨拶もせずに入ったところを師範に鉢合わせでもしたら、冗談抜きで宙を舞う羽目になりかねない。 それ故の処世術……って敷地内にお邪魔するのに挨拶をするのは常識か。
ここの師範は剣術場の師範であるにも係わらず、無手でも滅法腕が立つ。 テレビに出てくるような「達人」を遥かに陵駕したスーパーじいちゃんなので尚更だ。
――ダンっ!!!
そんな思考の隙間を聞き慣れた踏み込みの音が走る。
僕の死角にいたのか、それとも僕に気づいて死角に回り込んだのか、いずれにしろ不意を突かれた形だ。
やばいっ!
そう認識する前に足が動く、思考が高速化する。 後ろはダメだ、階段になってる。 音は前から? いや、右斜め前。
なら左か?
それもダメだ。 絶対読まれる。 なら――。
動くべきは音の方向へ、身を逸らしながら、わずかに映る空気の揺らぎを掠める様に拳を撃つ!
僕の背中を切り裂くように突き抜けたのは赤樫の木刀。 僕の拳はその刀を持つ師範の顔の前で止まっていた。
「……暫く来てなかったようじゃが、思った程腕は落ちておらんな」
いきなり木刀で突きを放ってきたじじい…、もとい師範は刀を引いてそう言った。
巌剣術場の師範・黒須 厳十郎その人である。
齢七十を越え未だ現役。
鉄芯入りかと思う程に真っ直ぐに伸びた背筋。 ワイヤーを束ねた様な強靱な筋肉。
神巫さんとは別の意味で「人間じゃない」人種だ。
「それで、今日はどうした? 今日は誠も愁も来んぞ」
誠 ――黒須 誠は目の前にいる師範、黒須 厳十郎の孫でこの道場の師範代にあたる人物だ。
師範代では食っていけないと、会社員でもあるサラリーマンファイターだ。 ってなんだそれ?
愁 ――安曇 愁もこの道場の門下生であり、近所の神社のひとり息子だ。
ふたりとも僕の友人でもある。
一応ふたりとも二十歳過ぎではあるが、友人と言うカテゴリでいいと思う、うん。
「誠……師範代や愁でもいいんですが、むしろ師範であった方が願ったり、と言ったところでしょうか?」
言いながらジャケットを脱ぎ、壁に掛けてある幾本もの木刀、模造刀等のうち少し短めの ――僕の使う霊刀と同程度の鍛錬刀を手に取る。
鉄芯入りの木刀はそれなりの重さを腕に、今までの苦難の空気を胸に伝えてくる。 少し増す、緊張。
「鍛え直す理由が出来ました」
そう言っても僕は構えを取らない。 いや、取る意味がないと言うべきか。
今の僕は試合に勝つために強くなりたいのではないから。
「――今の実力では不足か?」
師範も構えは取らない。
もっともその理由は僕とは違うものだろう。 まだ構える理由がないか、それとも構える必要がないか。
前者なら僕の相手をする気がない。
後者なら僕を相手にそうする必要がない、という事だ。
この人ならどっちでも有り得るというのが困る。
「まだ分かりません。
これから必要になる、かも知れない。 言葉なら、その程度のものにしかなりません」
「……それでも、本気という事か」
そう言って師範は木刀を鍛錬刀と換えて持ち直した。 足が、ゆっくりと擦り足気味に動いていく。
「確認するが、……治る見込みが出てきた、というわけではないのか?」
少し動きを止め、師範が問いかけてくる。 しばらく鍛錬をサボっていた僕が改めて鍛えなおす理由をそう見たのだろう。
治る ――僕の、ある意味全ての望みを絶ってしまった奇病。 それが治癒するというなら、なるほど、復帰するにはいい理由だ。
「残念ながら多分コレは治りません。 でも治っても治らなくても、やりたい事、出来る事があるって、やっと気づけました」
僕の言葉を聴き、師範の口元が少し上がる。
言葉にするなら「にやり」。
それを認識した時、師範の姿が僕の視界から掻き消えた。
「っ!!?」
ゴッッ!! ガコッ! ギシッ……!!
師範の動きを「知覚出来ないまま」不意の三連撃を防ぎきる。
危なかった……。
今のはホントにまぐれだった。 師範が ――恐らくは試すつもりで―― 基本形で連撃を放ってきたのだ。 と言っても下手すれば今のでKOされてただろう。
だが安心するのも束の間、咬み合っていた鎬から抵抗が無くなったと思った瞬間、またも師範が視界から消える ――死角へ回り込む。
今度は基礎打ちでなんか来るわけがない。
判断基準のないまま思いっきりバックステップ。 一瞬も遅れずに、高速の突きが眼前を駆けぬける!
この威力、この速さ。 一体誰がこの人がもう七十過ぎた老人だと信じられるだろう。 うちのじいさんも大概化け物だったけど、あっちは五十代。
それに剣、というか単純な白兵戦に於いて師範はそれ以上だ。 剣速は言うに及ばず体裁きも異常に速い。
今のようにすぐ目の前なら兎も角、距離を置いていてさえ動きが捉えられない時があるのだ。
正しく達人。
こちらの攻撃は大抵空を斬るか、たまに反撃で倍以上の衝撃を刀身に受けるか。 まともに当たった試しなんてない。
だが、だからこそ最良の相手だ。 敵に回せば敗北を喫するのは普通一度しか有り得ないが、鍛錬なら ――怪我さえガマンするなら―― いくらでも試合えるのだから。
……いや、このじーさんを相手に鍛錬を繰り返せば十分死に至りそうな気もするが……。
「儂を相手に考え事か? 余裕じゃな」
耳元に走る颶風。 引いた気配も感じぬまま、迫る刀はすでに目前。 再度後ろへ跳ぶ。 が、背中に衝撃 ――壁か!?
ほんの一瞬、気の逸れた隙。 戻った知覚で認識したのは、顔のすぐ傍で壁に食い込む鍛錬刀。 それと自分でも気づかないうちに放った突きが師範の脇で止められている様だった。
「………参りました」
降伏を示す様に鍛錬刀から手を離すと、刀はすぐに鈍い音を立てて床に落ちた。 こちらの動きを読んで、師範も同時に力を抜いたのだ。 ……ホント、敵わない。
と思った途端、師範の手から離れた鍛錬刀が頭に落ちてくる。
「――がっ!??」
い、痛ぇ…。 何を噛ますかじじい……。
この鍛錬刀も鉄芯入りだ。
木刀なんかよりずっと重い上に、衝撃で割れたりし難い様にコーティングしてある。 つまり滅茶苦茶痛い。
「鍛え直す、ではなかったか?」
じろり、と獣のような瞳が向けられる。
「今の状況ならまだ動けた筈ではないのか?」
……そうだ、「じじい」なんて悪態を吐いてどうする。 自分で言っておいて諦めるのが早過ぎだ。 ……どうやったところで勝ち目はかなり薄いけど。
「ともあれ、技よりも先にまずはその心根を鍛え直さんとなぁ」
ギロリ、と先程よりも鋭い視線。
………やばい。 死ぬかもしれん……。
覚悟を決め、僕は無手のまま身構えた。
結果は、当然の如く惨敗だった。
何度やっても武器を変えても同じ結果でもあった。
無念……。
と言う訳で前作でもちょっと出てきました最強ジジイ登場です。




