展示!キャンバス(下)
そうして夏休みは明けた。
まだ人がまばらにしかいない朝の校舎で、芥津門、更間、竺宇は集まっていた。どこかといえば落としもの保管室だ。
竺宇の1号は結局巨大なキャンバスに貼り付けてあったらしく、全体を見ることは叶わなかったが一部分のみ絵と絵の隙間から見つけられたのだという。
「ところで、椎ちゃん。その腕の怪我は何?」
更間が指摘した芥津門の腕はまるで骨折したかのように、首を経由して布で固定されていた。
「骨折だ」
「あ、やっぱり?」
竺宇はその怪我を責めるようにしてじっと見た。やはりあの電話のときの転落はやばかったんじゃないか、と。芥津門はそれに気付いて気まずそうな顔をした。
「……それがな、妖精に会って“久有”を返してもらおうと思ったんだ」
竺宇には電話をした時に転んだ音が聞こえている。聞いていたなら罪悪感も感じるだろう。理由を吐けと言われたような気がして、渋々ながらも応えることにした。
「えっ?」
「待て待て。何を言っているんだ?」
「妖精には会えた。でも彼女も落としてしまったらしい。でも彼女は悪くないんだ。私が陽光学園にいると、学園にいる妖精から聞いて———」
芥津門が話し出したのは、荒唐無稽な話だった。
「学校で落としてしまったらしい」
更間と竺宇は顔を見合わせる。芥津門の言う“久有”は失踪する以前の記憶を指すのか、それとも失踪する以前の今とは違う性格の“久有”を指すのかは分からない。どちらにせよ概念的な物だ。手に持って落とすだなんて器用なマネはできない。
「だから私は変わらず、忘れもの洞察部として活動していればいい。そしたら“久有”も戻る」
芥津門から出てきた“久有”という言葉。彼女がずっと気にしていたことは言うまでもない。
そして言うまでもなく、竺宇も更間も“久有”を重要視していない。
「……言いたいことは色々ある。とりあえず、立ち入り禁止の森に入るのは危ないから2度とやるな」
「お、怒って…る?るる、るよな」
「椎ちゃん。この怒りは正当だよ。反省しようね」
芥津門は2人に肩を叩かれたこの瞬間、心臓が縮むような心地がした。
◾️
「楼斗、どう思う」
「……芥津門が統合失調症というのは知っている。本人が受け入れているのかどうかはともかくな」
「幻覚だと思う?」
「僕はファンタジーの可能性を否定したくない」
「事実として陽光学園は落としもの・忘れものの数は異常だ。妖精が本当にいるとしても問題ない事例の数がある」
消しゴムが山のように置かれ、財布が数十集い、こけしは廊下に直立し、ストラップは何人もの人の手を渡り、紙は散らばるわ、学園周辺でさえも入れ替えが起こるわで異常だ。
2人は元気よく保管室を整理しだす芥津門を見つめた。夏休み前と比べて元気がいいように思える。学校中駆け回って整理作業をここまで楽しくできるのは彼女ぐらいしかいない。
「右多は妖精がいると思うか?」
「いないと思っているよ。正直、化学で証明できないことを信じられない。ぶっとび過ぎかなーって思う」
竺宇と更間は再度芥津門を見た。
「でもどっちでもいいかな。椎ちゃん楽しそうだし」
「それは同感だ。幻覚でもなんでもインスピレーションになるしな」
そう言って竺宇は立ち上がって出て行こうとした。完全に背を向けていた芥津門だったが、立て付けの悪い扉の音で後ろを振り向く。
「戻るのか?」
「ああ」
芥津門はとあることを思い立って声をかけた。
「聞きたかったんだが、結局1号の絵ってなんだったんだ?」
最初、芥津門には言うべきではないと思っていた。しかし、どういう心境の変化か———バカみたいな心境だっただろうが、自ら妖精に遭遇した。
ならば、黙っておく必要はない。
「妖精だ」
本当に妖精がいるなら、リメイクだって夢ではない。
いつかどこかの壁を飾ることになるかもしれない。
「また、見た妖精を教えてくれ。描きたい」
「ああいいぞ!いつだって言ってくれ。教える」
「それから……もし描くなら、よければ私に売ってくれないか?」
「金はいらないよ。あげる」
竺宇は保管室から出て行った。そしてまた絵を描くのだろう。その妖精が家に飾られているならば、ちょっとは早く家に帰ってもいい。
芥津門はいつか描かれる妖精のことを考えた。




