第72話 死んで花実が咲くものか
どうも、ヌマサンです!
今回は大勢の人がクライヴのお墓参りをする回になります……!
はたして、どのような墓参り回?になるのか、楽しみにしていてもらえれば幸いです!
それでは、第72話「死んで花実が咲くものか」をお楽しみください!
皇帝ルドルフの死という一報が入って数日後のロベルティ王国。
その日、ナターシャは母のシャノンと弟嫁であるセシリア、姪のミシェルと共に王宮の敷地内に造られたクライヴの墓の前にいた。
「クライヴ、ようやく墓参りに来ることができました」
そう死者に対する近況報告とともに、ナターシャは手にした花束をクライヴの墓の前へ、優しく置いた。
クライヴが死んで、もうすぐ半年が経とうかという時節。これまで職務に忙殺されていたナターシャとセシリアは、休みをあわせて今日。ようやく墓参りに来れたのである。
シャノンはといえば、セシリアの下で近衛兵として働いている。だが、休みの日はセシリアよりも多いため、頻繁にクライヴの墓にやってきては、掃除をしたりしている。
「クライヴ。ちょうど昨日、ミシェルが寝返りをうてるようになったんだよ?この子が大きく真っ直ぐな子に育つよう、見守っていてちょうだいね」
腹部に新たないのちを宿しているセシリアは娘のミシェルを抱っこしながら、骨だけになったクライヴの眠る墓へと優しく語りかける。
その声はどこか悲しそうではあるが、これから娘を育てていく一児の母としてのたくましさのようなものも感じられる。
そんなセシリアを横目に、シャノンもゆっくりとクライヴに語りかける。
「クライヴ。あなたは子供の頃から困っている人を見たら助ける性格でした。仕事に熱心なのは良かったけど、家庭を顧みずに働き続けるのはあの人に似たのかしらね……」
シャノンの脳裏には夫であるドミニクのことも浮かんでいた。ドミニクもまた、将軍としての責任を果たすべく、仕事に打ち込む人だった。それは、ナターシャも知っている。
だが、そのドミニクも、クライヴもいない。夫ばかりか、息子にまで先立たれたシャノンの身としては、さぞかし辛いことだろうが、すべてを諦めてしまった者とは違い、瞳には希望と生きることへの情熱を帯びている。
そんな母に続くように、姉としてナターシャも心の内を包み隠さずに語り出す。
「クライヴ、あなたは私にとってかけがえのない存在でした。普段は部屋にこもって本を読んでばかりだったけど、いざという時には手助けしてくれて、至らない姉を支えてくれたこと。今でも本当に感謝しています」
この時、ナターシャの瞳からほろりと一滴。頬を伝ってこぼれ落ちていく。それを見て、つられるようにシャノンもセシリアも俯いた顔からぽろぽろと透明な雫がいくつもこぼれ落ちていった。
「それと、前に宮中の女官から避けられていることを気にしていましたが、あれは姉が責任もって調べたところ、あなたの爽やかな笑顔を前にすると胸が苦しくなって、ついつい逃げ出してしまうのだということが分かりました。ずっと伝えようと思っていたのですが、伝えるのが遅れてごめんなさいね」
実は、クライヴの死後。クライヴの笑顔にときめいていて何人かの女官たちは、シャノンが墓の掃除に来る前に花を供えたり、丁寧に墓の周りの掃除をしてくれていた。
そのことにシャノンが気づくのは、これよりも先の事。とはいえ、クライヴの死を悲しんでいるのは彼の家族だけではなく、女官たちもだ。
さらに、今のルグラン領の内部でも、クライヴの治世を慕う農民や町人たちがあちこちにクライヴ像を設置し、彼の死は彼の愛した民衆からも悼まれている。
そうしてクライヴの墓参りを終えたランドレス一家の元に、クライヴに恩を感じる者たちがやって来た。
「おや、ナターシャ殿たちもクライヴ殿の墓参りに?」
「ええ。ですが、それも今終わったところです。アルベルト殿たちもわざわざ墓参りに来てくださったのですか?」
「そうです。クライヴ殿には生前、命を助けてもらいましたから。彼は『この程度大したことない』と言っていたのですが、自分にとっては返しきれないほどに大きな恩でした」
そういうラローズ領主アルベルトの視線の先には、クライヴの墓が捉えられていた。敬愛する者を失った悲しみという傷は癒えることなく、彼の心に刻まれている。言語態度から、それは十二分に伝わってくる。
「そうですか。それで、クライヴから受けた恩というのは……」
「ああ、命を助けてもらったんですよ。シネスティア平野で一騎打ちをした時に。あのまま殺して首を取れば多少なりとも手柄にはなったのに、彼はそうしなかった」
シネスティア平野の戦い。早いことに、もう3年も前の出来事なのだ。そのことに、ナターシャもアルベルトも同じような懐かしさを覚えていた。
「そうでしたか。そういえば、あの戦の後、シドロフ王カイルに、意見しに行ったりしていましたが、もしかするとあなたのことを――」
「……だとすれば、つじつまが合います。急にシドロフ王国の中での扱いが変わったので」
「扱いが変わった?」
「ええ、シドロフ王国の軍部で一番の権力を持っていたアルセン・ロメロの娘――こちらにいるシュテフィとの縁談話が持ち上がったのです」
そう、アルベルトがアルセンの娘であるシュテフィを妻に迎えたことで、シドロフ王国内での発言力が持てたのだ。
「……だったら、クライヴ様には感謝しないといけませんね。クライヴ様がいなければ、私たちは今も出会うこともなかったということですから」
「そうだな」
シュテフィは足音も静かに墓の前へといき、深々と頭を下げていた。そんな彼女の行動に、アルベルトの妹であるクロエも一礼し、感謝の意を表した。
「アルベルト殿も、どうぞ」
「ああ、申し訳ない。それでは、自分も墓参りをさせていただくとする」
ナターシャとセシリア、シャノンの3人にそれぞれお辞儀をした後、アルベルトは落ち着いた足取りで妻や妹のように墓参りをしていた。
ナターシャたちはそんな3人を見て、クライヴが与えた影響の大きさを感じていた。そして、3人とも墓参りからの帰り道はクライヴとの思い出話をし合った。
父の顔もほとんど知らないミシェルへの子守歌のように、クライヴの子供の頃の話や、共に戦場を駆け抜けた日の事。話し始めればキリがないほど多くの話を出し合った。
中でも、セシリアはクライヴと温泉巡りをしたかったことなどを話していた。クライヴも、セシリアと共にダフリーク温泉に行って以来、温泉へ興味を持ちだしたらしく、たびたび1人で温泉へ入りに行っていることもあったのだという。
ただ、セシリアは最後にもう一度、2人一緒に温泉めぐりをしたかったと、未練を口にした。
「なら、今度は行きましょう。この4人で」
「うん、4人で!」
シャノンの言葉に、セシリアは子どものようにはしゃいでいた。さながら、夕陽を浴びながらの帰路での二人は嫁姑ではなく、本当の母娘のようであった。
それに、子供のようにはしゃぐセシリアを見てか、彼女に抱かれるミシェルも嬉しそうにキャッキャと笑い声を発していた。しかし、ナターシャがミシェルを抱こうとするなり、笑顔は消え失せ、大泣きされてしまう。
それを見て、ミシェルを泣き止ませようとシャノンとセシリアが手を尽くす。なんとか、ミシェルを泣き止ませた後は、ミシェルに泣かれたナターシャをからかう。
平和にあふれた家族のやり取りの中、ナターシャはからかわれることに頬を膨らませていたが、心の内はそれはもう、穏やかであった。
「ナターシャ義姉さん、いつもミシェルに泣かれてるわよね……!」
「私、そんなに怖いのでしょうか……?」
「さぁ、赤ん坊にとっては怖いのかもしれないわね。あなた、表情も硬いから」
そう言われ、母につねられた左頬を抑えながら、ナターシャはクライヴの分も幸せな一時を噛みしめるのであった。
第72話「死んで花実が咲くものか」はいかがでしたでしょうか?
今回はランドレス家とラローズ家がクライヴの墓参りをするという回でした!
しんみりとした話ではありますが、クライヴが遺した物を意識してもらえればと思います!
――次回「第73話 若き女帝の誕生」
更新は3日後、2/21(火)の9時になりますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!




