第66話 時節到来
どうも、ヌマサンです!
今回はラッセルたちプリスコット王国側の話になります!
はたして、プリスコット王国方面ではどのような戦いが繰り広げられるのか……!
それでは、第66話「時節到来」をお楽しみください!
――時はクライヴたちが討たれ、ジェフリーがロベルティ王国の新たな王となって数日後まで遡る。
「コリン。使者として、副都ゼンドアへ行って来てくれ」
「ああん?使者?兵を引っ提げて奇襲とかじゃなくてか?」
「そうだ。こんな馬鹿げた戦で兵を失うわけにはいかないからな」
「……それが、オレたちの得になるっていうんだったら、従っておくが……」
プリスコット王国へと進軍中のルイスたち帝国軍。自分たちに進軍することを命じたジェフリーが気に入らないのはもちろんのこと、元より帝国へ心から従っているわけではないヴォードクラヌの兵たち。
かつて北方の覇者として君臨していたヴォードクラヌ王国の王子であったルイス。今回の出征に従っているのも、かつてのヴォードクラヌ王国に仕えていた家臣たちばかりである。
別段、プリスコット王国への恨みや憎しみといった感情もないため、ここで戦争を仕掛けてもルイスたちはこれっぽっちも得をしない。そりゃあ、やる気も無くなるというものだ。
それに、戦ったところで得られるものは、せいぜい皇帝ルドルフからの信頼とプリスコット王国からの憎悪くらいなものだろう。そういったこともあり、ルイスは戦うことなく、平和的に済ませたいと考えていた。
そういったやる気のなさから、ルイスは使者として副都ゼンドアへ向かうよう、コリンに言ったのだ。コリンも戦いたくてしょうがないという風であったが、主君の命ということで逆らうわけにはいかなかった。
こうしてコリンは単騎、馬を飛ばしてプリスコット王国の副都ゼンドアへと向かった。応対したのは、副都ゼンドアを治めるマリナである。彼女は、国王ラッセルの実妹にあたる。
「お初にお目にかかる。オレ……自分はヴォードクラヌ領主ルイスが家臣、コリン・ヒメネスと申す者」
「これはご丁寧に。私がこの副都ゼンドアを治めているマリナ・プリスコットです」
コリンは普段の口調で喋りそうになるのを、時々訂正しながらマリナと話をしようとしていた。そして、間違えるたびに自らの頭をポリポリとかくクセが出てしまってもいた。
対して、マリナは翡翠色の瞳に茶髪の青年を捉えながら、王族らしい丁寧な口調をもって対話に応じる。その雰囲気は暖かく、何やら包み込まれるようなものがあった。
そうしてマリナとコリンは雑談をほどほどにして切り上げ、速やかに本題へと移る。コリンがやって来た目的は降伏を促す使者ではなく、期間限定の不戦条約であった。
「つまり、そちらは副都ゼンドアを包囲するのみ。それも、最初の30日間だけ……ということですか」
「そういうことになる。といっても、オレたちも戦いたくて来てるわけじゃねぇ。あ、オレは戦いたくてウズウズしてるんだが、兵士たちの方はやる気なんかちっともない」
事実、マリナも副都ゼンドアへと近づいてくる帝国軍をその目で直接確かめたが、正直、戦意などまるで感じられなかった。そのことからもコリンはウソはついていない。
マリナの心の内では、ルイスたちの方からの申し入れを信じて良いものか、疑う心はあったが、兵力差から見てもこの申し出はありがたいことであるのは間違いない。
「分かったわ。私の独断にはなるけど、その申し入れを受け入れます」
「おお、そいつは助かるが……王様に相談しなくてもいいのか?」
「ええ、兄へはこちらから伝えておきます。事後報告という形にはなりますが、兄も私と同じ結論に至るでしょうから、怒るようなこともないでしょう」
コリンとしては予想外ではあったが、マリナの独断で30日間の約定が交わされた。言葉通り、ルイスは副都ゼンドアを包囲するのみにとどめ、他の方面へと侵攻中のジェフリーとデニスへは、『兵糧攻め』と偽りの報告を行なったのだった。
対するプリスコット王国側はといえば。マリナはコリンのことを全く信用していない夫のアランをなだめつつ、籠城する3千の兵たちに出撃しないように通達し、動きの一つも見せないでいる。
無論、国王であり兄でもあるラッセルへは帝国軍との間に結んだ密約の内容を伝えているため、ラッセルの方も王都クルメドから1千8百の兵を率いて出撃こそしたが、副都ゼンドアが見渡せる小高い丘に布陣したまま動きを見せずにいた。
そうして、形ばかりの包囲戦が始まってから20日が経った頃。ルイスの元へ、驚きの一報が飛び込んできた。
「ルイス様」
「アーネストか。各地の戦況はどうなった?」
「おとといの夜、帝国軍はウルムクーナ川にてナターシャ率いるロベルティ王国軍により壊滅、将軍デニスは戦死。随行していたシドロフ王国軍も総崩れだ。じきに、こちらにもユリア・フィロワ率いる2万を超える大軍が来る。残るフォーセット王国の方はジェフリーが終始不利の形勢だ」
「よし、全軍に通達しろ。これより我々は本国へと帰還する!アレーヌ隊6千を殿とし、コリン隊6千は退却するにあたり、先頭を進め。アーネストはマリナ・プリスコットに我々が撤退する旨を理由も包み隠さず伝え、そのまま国元にいるシルヴィオにこれを渡してくれ」
「承知致しました。ルイス様、撤退するのみとはいえ、ゆめゆめご油断なさらぬよう。それでは」
アーネストは風と同化したかのように気配を消し、ルイスの下を去った。このアーネストという男、ルイス配下の暗殺者である。が、戦場では主に情報収集を目的として行動している。
そんなアーネストはこれまでにも様々な面でルイスに貢献してきており、まさにルイスが戦で勝利するためには欠かせない男なのであった。
とにもかくにも、ルイスたちはプリスコット王国と一戦も交えることなく撤退を開始。互いに一兵も損じることなく戦が終わるという奇妙な結果ではあるが、互いに兵を消耗しなかったことは大変喜ばしいこと。
「マリナ!ここは追撃するべきじゃないのか!?」
「あなた、アホなの!?少しは頭を使って考えるということをした方がいいわよ!せっかく、一兵も失わずに戦が終わったというのに……!」
「だが、それでは手柄が挙げられないではないか!俺は戦をして、武功を挙げたいのだ!」
ルイスたちが粛々と撤退していく中、北の城門の上ではお姫様カットにした緋色の髪を揺らしながら怒るマリナと、オールバックにした茶髪が特徴のアランが人目もはばからず夫婦ゲンカを繰り広げていた。その声を聞いたアレーヌは殿軍の大将でありながら、笑いをこらえきれず、クスクスと笑いを漏らしていた。
『夫婦喧嘩は犬も食わぬ』というが、今回ばかりは犬どころか、敵ですらも食わないといったところ。ともあれ、夜明け前にはルイス率いるヴォードクラヌ領の兵士たち1万8千は副都ゼンドアからの撤退を完了。
そうして、ナターシャの指示でプリスコット王国救援にユリアとノーマンが駆けつけた頃には、敵兵が1人もいないという面妖な光景が広がるのみであった。
城外に陣取り様子を静観していた国王ラッセルはルイスたちの撤退後に副都ゼンドアに入城。敵の面前で夫婦喧嘩を繰り広げていたマリナとラッセルを冗談交じりに叱りながらも、20日間の籠城戦の労をねぎらっていた。
ユリアとノーマン率いる2万4千の大軍が到着した時には、3人揃って出迎え、事情を説明したりと忙しかったが、他の国々が戦争で消耗したことに比べて、まったくといっていいほど無傷を保ったのは大きな意味を持つ。
かくして、プリスコット王国方面での戦争は一滴の血を見ることもなく、ルイス率いる帝国軍の撤退ということで幕を下ろしたのであった――
第66話「時節到来」はいかがでしたでしょうか?
今回は一滴の地も流れることなく、戦争が終結。
帝国のために戦う気などサラサラないルイスが印象的だったかもしれませんね……!
ともあれ、まだまだ帝国との戦いは続きます……!
――次回「江戸の敵を長崎で討つ」
更新は3日後、2/3(金)の9時になりますので、また読みに来てもらえると嬉しいです!




