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「だぁから! 僕はとっても悲しいんれすよ!」
「は、はぁ……」
「真面目ひ聞いれるんらすか!」
「え、あ、スミマセン」
真っ赤になったルークがジョッキを片手に、力説をしている。
「僕らって、男なんれすよ」
自分が男である件について。
**********
ゴリ押しで勝ち取ったモアの夕食に舌鼓を打ち、ゆっくりと食後のコーヒーを楽しんでいた時の事。
ルークが勢い良く立ち上がり、私を見て言った。
「情報を集めると言えば酒場です。というわけで食べたばかりですか酒場へ行きましょう」
「えぇ……」
深夜残業である。
あからさまに嫌な顔をした私に、ルークは眉間に皺を寄せた。
「リコリスさん、今役所は大変な事になってると思いますよ。少しでも情報を集めないといけません」
二人抜けている今、残ったメンバーはいつもよりも業務に追われている事だろう。
「……分かりました」
そこそこ葛藤はしたが、私は諦めて席を立ったのだった。
酒場はアランに連れて行ってもらった一度しか経験がない。そういえばアランは元気だろうか。あの約束が果たされるのはいつになるやら。
そんな事を考えながら歩いていると、大通りの一本裏にある、比較的安全そうな酒場に着いた。
「リコリスさん、実は僕、酒場に来るのは初めてなんです」
爽やかな笑顔でそう言いながら、ルークが迷う事なく軋むドアを開けた。
「えぇ!?」
酒場は強面のおじ様達が今にも喧嘩し兼ねない勢いで飲みまくって荒れまくっているイメージがある。何故躊躇いもなくドアを開けられるのか。
喉まで出たツッコミを何とか飲み込み、開けられてしまったドアの中を恐る恐る覗く。
「いらっしゃい。お! これはまた可愛らしいカップルだな」
カウンターの向こうで忙しなく酒を作っている男から声をかけられた。
ガッチリとした体型に、たくさんの傷が刻まれた腕。頭にタオルを巻いたその男が、どうやら店主の様だった。
「こんばんは。二人なんだけど、入れますかね?」
縮こまっていた私とは対照的に、ルークは笑顔で店主へ聞いた。
「そこのカウンターで良ければ空いてるぜ。にしても兄ちゃん、俺が言うのも何だが、こんな夜中に女連れてくる店じゃねえぞ」
「違いねえ! 店主がこんなじゃ怖くて酒もまずくなる」
「この店で金払うくらいなら、女買う方がよっぽどマシだな!」
所々から野次が飛び、酒場全体が笑い声に包まれた。
「だったら出て行け! どうせ女も買えず安酒飲んでるくせに、偉そうな事言いやがって! もうツケで飲ませてやらねえぞ」
「わ、悪かったよ、お前の出してくれる安酒が俺の幸せだ!」
「冗談だって、すまねえ!」
常連客が多いようだ。喧嘩腰ではあるが、互いの顔には笑顔が浮かんでいる。
「ここはアグーラじゃあマトモな酒場だぜ。嬢ちゃんはジュースだな」
カウンターに座ると、客を軽くあしらいながら飲み物を持ってきた店主が言った。
出されたジュース飲み、改めて酒場を見渡す。柄が悪いと言うより冒険者のような風貌をした男が多かった。
「アグーラには仕事で来ていまして」
ルークは酒を飲んでいるようだ。少し顔が赤くなっていた。
「そうか。アグーラの夜は長いぜ。もう少ししたら歓楽街にもいい女が並ぶぞ。おっと、女連れの兄ちゃんには必要ないか」
ニヤニヤと笑いながら言う店主に、私は全力で両手を振った。
「わ、私はただの同僚ですので!」
思いの外大きくなってしまったその声で、酒場に一瞬静寂が訪れた。
「だってさ、頑張れよ兄ちゃん」
その一言で外野は大爆笑。店主に背中を叩かれるルークは、叩く力が強いのか、痛そうな顔をしていた。
「ま、まあ事実ですから。ところで、久々にアグーラへ来たのですが、少し雰囲気が変わったような気がして。何かあったのですか?」
話題を逸らす事が目的なのか、目的の為に話を変えたのかは定かではないが、早速情報収集をするらしい。ちびちびとお酒を口に運びながらルークが店主に投げかけた。
「そうか? そんな変わった事は……ああ、なんかいろんな所で値上げはしてるぜ。少しは景気が良くなったのかもしれねえな。安酒飲んでるあいつらも、もっとうちで金落としてくれると俺の景気も良くなるんだが」
「おいおい、俺たちにゃー金なんて回ってきてねーぜ!」
店主の言葉に男がボトルを持ったままフラフラとカウンターへ近づいてきた。
「あぁん? てめーら最近やたらと武器やら防具やら新調してるじゃねーか」
「あー、最近魔物がやたら強くてよ。すぐダメになっちまうんだ。こっちだって泣く泣く新調してんだぜ? まあ、武具が少し安くなってるのだけが救いだな」
喧嘩越しの店主に、男が不満げに口を曲げながら言った。
「そりゃー知らなかった。魔王が出たからか?」
「なんだか知らねぇよ。魔物は強くなってる癖に、報酬額は変わらねえ。武具はすぐいかれるし、実際参ってるんだよなあ」
そう言ってカウンターに座った男は、空になったボトルを机に転がす。
ボトルの替わりに水の入ったコップを渡しながら店主が言った。
「そういや騎士団もちょいちょい外に出てるが、魔物の討伐にでも行ってやがるのか」
「さぁてね、なんだかあいつらもきなくせぇ。騎士団が王宮離れるなんて変な話だぜ」
そう言って、男は受け取った水を一気に飲み干し口を拭った。
「まぁなんにせよ、魔王討伐に向けて少しずつ変わってるのかもしれねぇな」
「迷惑な話だぜ。こちとら明日のおまんまにも困る生活してるってのによ」
魔王討伐の話は周知の様だが、やはり時期の情報はないらしい。
それに、魔王が誕生したとはいえ、魔物が強くなるという話は聞いたことがない。
魔物が活性化すると何が起こるか。
まず考えられるのは商人の行き来が減る事。道中大切な商品が危険に晒されるとなると、護衛も強化しなければならない。専属の護衛がいる大商店なら良いが、小さな商店は護衛費用を考えると一ヶ所で捌いてしまった方が良いだろう。
また、物流が詰まる事で食糧の移動も減少するはずだ。アグーラは自給率が低い。徴収のせいで食糧の価格が上がっているのかと思っていたが、物流が途絶えているからという説の方が有力かもしれない。
警備ギルドが忙しいのも、魔物が強くなった影響だろう。
では、何故武具は価格が下がっているのか。
武具は食糧のように、その町その町で消費しきれる物ではない。商人の行き来が無くなる事により、鍛冶屋は在庫を抱えてしまっている可能性がある。
その為、仲介料分が無い価格で店頭販売されているのではないだろうか。
あくまでも予測であるが。
騎士団が備蓄の回収にあれだけ人数を割いたのは、魔物活性化が理由だろうか。
「ルークさん、今の話、どう思いますか?」
そう言って振り返ると、顔を真っ赤にしたルークと目が合った。
「あ、こいつダメだわ」
つい口に出してしまったが、許して頂きたい。
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そして、かれこれ一時間は経っているであろう今に至る。私が同じ部屋に泊まると即答した事を、遠回しに非難しているようだ。
もう情報収集どころではない。
「ルークさん、帰りましょう。もう遅いですし、明日もありますし」
「リコリスさんは僕の事が嫌いなんれすか」
カウンターに顔を置きながら不貞腐れているその目は完全に据わっていた。
「そんな話してないじゃないですか」
「嬢ちゃんも大変だな」
店主が苦笑しながらこっちを見た。
「すみません。そろそろ帰ろうと思うので、お会計をお願いします」
そそくさと会計をしていると、ドアの軋む音と共に酒場が静かになる。
振り返るとそこにはイケメンがいた。もとい、勇者がいた。
「おっと、これはこれは勇者様じゃねーか。ここは安酒しか出せねぇけど、店間違えてないか?」
静寂を破って店主が話しかけると、勇者は笑いながら首を振った。
「あぁ、構わない。元々俺は育ちがいいわけではないからな。むしろ、こういう雰囲気の方が落ち着くんだ」
「そうかい、カウンターで良ければ空いてるぜ」
そう言って店主が指したのは、私の隣の席だった。
「ありがとう。この店で一番安い酒を頼む」
そう言ってカウンターに腰かけた勇者が、私を見た。バッチリ目が合ってしまい、慌てて顔を背ける。
「おや、ここは君のような子が来るところではないと思うんだが。危ないぞ」
「ですよねー、私もそう思ってたところです! 帰りまーす」
「いや、こういう店で女性に会うことも珍しい。せっかくだから一杯くらい奢ろう」
「とても嬉しいお誘いですが、勇者様にご馳走頂くなんて畏れ多い。私はちょうどお会計も済ませたところですし明日も早くから予定がありますので大変心苦しいですが失礼させていただきます。ほら、ルークさん行きますよ!」
一気にまくし立ててルークを引きずりながらドアへと向かう。
確かに美形と飲む酒は美味しいかもしれないが、何となく面倒な気がした。
「俺の誘いを断るとは、なかなかの強者だな。気をつけて帰れよ」
私の背に向けて、楽しげな声で勇者が言った。
「ありがとうございます、それでは」
ルークの腕を肩に回し、なんとか支えながら店の外へ出る。
「あっぶなー。なんか変なフラグ立てるところだったわ」
唸るルークを引きずりながら呟く。
主役級の人物とは関わる程、熱い情熱を持ち合わせてはいないし、魔王を一緒に討伐しに行くかもしれないフラグは微塵も立てたくない。触らぬ神に祟りなし、だ。
歩いていると、ふと見た事のある顔が前から近づいてきた。
「あーーー! アランさん!」
腕を押さえていた手を離してしまったので、ルークがずるずると床に伏せるが気にしない。
「お、嬢ちゃんか。広い町だっていうのに、思ったよりも会うな」
「私の食べ物に対する熱い思いが私たちを引き合わせてくれるんですね」
「嬉しくねぇな、それ」
頭をかきながら片目で私を見る。と、ルークに気づいたようで視線を下げた。
「あ、こちら同僚のルークさんです。ルークさーん、こちらアランさんでーす」
ペチペチと頬を叩きながら言うと、ルークは目を開けて私を見、アランに目を移した。
「こんら状態れ失礼します。 るーく・れるりす・えすくらんめと申ひます。あれ、どこかれ会ったころあるろうな……」
尻すぼみになりながら最後まで言い切れず、寝息が聞こえた。
「こいつ、随分と酔っ払ってるな」
「ははは……今ブモ亭に帰るところなんです」
「そうか、送ってやりたいのは山々なんだが、ちょいと野暮用があってな」
「そんな、お手伝いしてもらおうだなんて微塵も思ってませんでしたが、それはとてもとても残念です」
「ほんと、いい根性してるよなお前」
「か弱い乙女に対して失礼ですね」
呆れ顔で言うアランを尻目に、ルークを抱え直して言った。
「送ってやれねぇが気をつけて帰れよ」
「はいはい、大通りはすぐそこだから大丈夫ですよ。今回は明日発ってしまうので行けませんが、絶対例のおいしいお店に連れてってもらいますからね」
「全く、しつこい奴だ。俺も最近はここに居ないからな。運良く会ったら連れてってやるよ」
私が来た道の方をチラチラと気にしながらアランが言った。
「そういえば、アランさんってどんなお仕事されてるんですか?」
「あー、色々積もる話もあるかもしれないが、さすがにそろそろ行くぞ。じゃあな」
「あ、はい」
本当に急いでいたのか、大股で道の奥へと消えていった。何となく、アランとはまた会う気がする。
「さて、帰りますかね」
幸せそうにうつらうつらとしているルークを見て溜め息をつき、ブモ亭へと向かった。




