16
アグーラに着くなり、私とルークは降ろされ、上司と騎士団だけが王宮へ向かった。
「変わり映え、してないですね」
強いて言うなら今は夜だが、そこには初めて来た時と同じく、賑やかな町並みが広がっていた。
アグーラの町がどれだけ変わってしまっているのか、道中不安であったが、いざ到着すると何も変わったところはない。
「もしかしたら混乱を防ぐために、情報が伏せられているとか?」
「そういう噂が広まるのは早いはずなんだけどね。とりあえず、情報を集めてみましょうか」
「はい。最初に就職ギルドへ行っても良いですか? 文句を……じゃなかった、挨拶をしたいので」
つい出てしまった本音に苦笑しながらルークが頷いた。
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「お久しぶりです、サラさん」
「お久しぶり。メルクーリさんと……あら、珍しい。エスカランテさん」
「その節は本当に、本当にどうも」
「いえいえ、おほほほほ」
ルークとサラが笑顔で握手をしている。しているのだが、二人の間にどす黒いオーラが見える気がする。こわい。
「メルクーリさん、職場はどうですか?」
明るい笑顔に切り替えてサラさんが言ったので、私もにこやかに返す。
「とてもやりがいのある仕事で、私でもお役に立てているようですが、若干、わりと、大分、恨んでます」
「あら、それは良かったわ。エスカランテさん、メルクーリさんはお仕事頑張ってますか?」
見事なスルースキルを発動させたサラがルークに向き直って言った。
「とても有能ですよ。サラさんの紹介で来る子たちはとてもね。リコリスさんは特に、新しい発想で仕事の効率がとても良くなっているから感謝しかないよ。まぁ、後はあの上司をどうにかしてくれれば両手を上げて喜べるんだけど」
後半は大きくため息をはき、サラさんを軽く睨んでいた。上司の管理も就職ギルドが担当しているのだろうか。
「今は諦めてください。貴族制度が廃止されてまだ数年ですし、膿は出し切れてないのです。もう数年したら綺麗さっぱりバッサリできると思いますが」
手を口元に添えて笑みを浮かべるその様はとても上品だが、言っている事には棘が混じっている。
それを見たルークが苦笑ながら言った。
「本当に、早くそうなってほしいところです」
「私もそう思ってますよ。ところで、今日は世間話をしに来たわけじゃないですよね。何かありましたか?」
入った時の雰囲気から察していたのだろう、サラが本題を求めてきた。
「あ、そうでした。実は――」
サラにアグーラへ来た経緯を話すと、難しい顔をしながら黙り込んでしまった。
「アグーラはそこまで変化がないように見えるので、情報を集めるために、まずは顔見知りのいるここへ来たわけです」
そう言ってルークが話を締めくくると、黙って聞いていたサラが口を開いた。
「確かに、魔王討伐にあたり徴収が行われている事は小耳に挟んでいましたが、そこまで横暴な話は初めて聞きました。ただ……」
「ただ?」
眉間に皺を寄せながら考え込むサラに、先を促す。
「ただ、言われてみれば物価が若干上がっていますね」
「物価が上がっているということは、やはり徴収のせいで、出回っている食糧の絶対量が減っているという事でしょうか。でも、言われてみれば、という具合となると……ルメスだけが異様な徴収を受けたのでしょうか」
そう言ってルークを見る。
「かなり屈辱的な徴収だったね。僕も悪かったけど、随分と高い授業料だったよ」
思い出したのか、ルークが苦い顔をしながら言った。
「もしかすると、情報が流れてきていないだけでどこもルメスと同じ状況という可能性もゼロではないですけどね。とはいえ、強引な徴収も情報統制も、魔王討伐に必要不可欠というわけでもありません。何の意味が……」
尻すぼみになりながらサラが黙り込む。ルークも顎に手を当て眉間に皺を寄せていた。
いつ討伐に向かうのか、いつまでこの状態が続くのか、全く先を見通せずにただただ不満を買ってしまうこの状況。
王は一体何を考えているのだろうか。
「まぁ、考えてても仕方ありませんし、まずは私たちが出来ることをしましょうよ。何が出来ますかね?」
提案型の丸投げである。
ルークが苦笑しながら私を見て言った。
「それもそうだね。もう少し町で情報を集めてルメスに戻ろう。猫の手も借りたい状況なはずだしね」
「私も何か情報を掴んだら、お二人にお知らせしますね」
「はい、お願いします。さあ、あまり人気の受付を占領しているのも悪いし、そろそろ移動しよう」
ルークの視線を追うと、ジト目でこちらを見ている長い列が目に入った。
なるほど、これ以上長話をしていると体育館裏に呼び出されそうだ。この世界だと裏路地か。
「そ、そうですね。それではサラさん、ありがとうございました」
すぐに席を立とうと、焦ってお辞儀をする。と、そこにはもちろん――
ガコンッ!
久々に私のおでこが赤くなり、サラがお腹を抱えて笑った。
**********
「とりあえず今日はブモ亭に泊まりましょう!」
サラが笑いすぎた事に首を傾げるルークを引っ張り、ブモ亭へとやって来た。
忙しかったせいか、数ヶ月しか経っていないのに懐かしく感じる。
「こんばんはー、お久しぶりです!」
心地良い鐘の音と共に大きく挨拶をすると、奥からバタバタと足音が聞こえた。
「あら、リコリスちゃんいらっしゃい!」
片手にフライパンを持ちながら嬉しそうに出迎えてくれたモアだったが、隣のルークを見て慌てて背後にフライパンを隠した。
「こちら、同じ職場のエスカランテさんです」
「初めまして、ルーク・メティス・エスカランテです。本日お世話になりたいのですが、二部屋空きはありますか?」
優雅にお辞儀をして笑みを浮かべるルークを見て、モアが私を見る。
「この前も他の男性を連れてきたわよね? リコリスちゃんも隅に置けないわ」
「いやいやいや、そういうあれではないですから!」
両手と顔を振りまくる。
その様子を見たルークが口をへの字に曲げて言った。
「さすがにそこまで全力で否定されると、僕としては悲しいんだけど。そんなに僕って駄目な男かな」
「そ、そんな事! ルークさんは素晴らしい男性ですよっ」
慌ててふためく私を見て、モアとルークが同時に吹き出した。
「ごめんなさいね、リコリスちゃんにこの手の話はまだ早かったかしら」
「リコリスさん、冗談だよ冗談」
お年頃の初々しい女性に何を言うのか。ちなみに、精神年齢の話は禁句である。口を開くとボロが出そうなので、目で抗議した。
「リコリスちゃんが元気そうで良かったわ。ところで、今回も申し訳ないのだけれど……お部屋が一室しか空いてないのよ」
「えぇー! そうなんですか」
がっくりと肩を落とす。
モアの作る美味しい料理を食べにアグーラへ来たようなものだったのだが。
「リコリスさんだけここに泊まってもいいよ?」
あまりの気落ちっぷりを見せつけてしまったせいか、ルークが気遣ってくれた。
「いえ、明日からの事もありますし、同じ宿の方がいいと思います」
一応仕事で来ているので、さすがに自分の我儘を通すわけにはいかない。
あまりの落ち込みように、モアが言いづらそうにしながらも口を開いた。
「ただ、これも前回と同じで、空いてる一部屋はベッドが二つあるーー」
「泊まります」
「え! 即答!?」
驚いてそう言ったルークを軽く睨んで言う。
「宿代も節約できる上に美味しい料理が食べられるし、前回ラウロさんは一緒に泊まってくれましたよ。何ら問題ないじゃないですか。モアさんの料理はとても美味しいんですよ!」
「言いたい事は分かるけど、リコリスさんが食べ物好きなのも知ってるけど」
後ずさりながら言うルークに詰め寄る。
「それとも何ですか、私と同じ部屋は嫌ですか? 私の事が嫌いなんですか?」
「そんなことないよ! むしろ……いやなんかさすがにほら、年頃の女の子と同じ部屋というのは」
「私を女として、いや、なんなら人として認識しないでいいです! 私はモアさんの料理が食べたいのです!」
壁際まで追い詰めたルークに両手を合わせてお願いする。
「わ、分かったよ……」
「ありがとうございます!」
なかなかの時間をかけてその言葉を絞り出したルークの手を取り、ブンブン振りながらお礼を言った。
モアの料理が食べれないアグーラ出張なんて願い下げだ。
「本当に、リコリスちゃんは食べる事が好きなのね」
頬に手を当てながら呆れたようにモアが言った。




