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モブな私としましては。  作者: ちょこ
社畜な私としましては。
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 「佐藤君、聞いているのかね?」


 「え? あ、は、はい」


 髪が少し寂しくなっている上司が、怒りに満ちた表情で私を見ていた。

 カタカタとキーボードを打つ音に、電話が鳴る音。窓の外には高層ビルが並んでいる。


 「君、何をしたかわかってるの? よそ見する余裕なんかないはずだよ」


 「す、すみません」


 慌てて頭を下げる。何で怒られてるんだっけ……?

 そもそも、私は転生してもやしを作っていたはずだ。もしかして、夢だったのだろうか。


 「いいかい、君は自分の力量に合わない大型案件を手一杯なのに受けて、億の損害を出したんだよ? これから社長直々に話があるから、しっかりと頭を冷やしておなさい。これが最後になるだろうけどね」


 その言葉で怒りと共に思い出した。これは前世最後日の記憶だ。




 広告代理店に勤めていた私は、いつか自分の手がけた広告が世に出るのを夢見て、毎日頑張って働いていた。

 お茶出しから書類整理、データのまとめや、資料作成。雑用という雑用をすべて行っていた。月の残業時間も百を超えており、会社に泊まる日々。


 そんなある日の事。


 「佐藤君、ちょっといいかい? ちょっと手が回らなくて、このプレゼン資料作ってくれないかな。元の資料はここにあるから、データまとめて見栄えを整えてくれればいいから」


 そう言って渡されたのは、とある企画書だった。

 スマホゲームを中心に数年で業績を一気に伸ばしたベンチャー企業への企画書で、まだ定着していない企業イメージを浸透させるための広告を打ち出したいと相談があったらしい。数千万の予算を組んだプロジェクトのため、動くお金は億単位だ。大仕事である。


 「このプロジェクトご担当されてたんですね。お手伝いはしたいんですが、ちょっと手が回らなくて」


 金額的にも内容的にも大きくないが、私が抱えている仕事も少なくない。


 「頼むよ、来週中にできればいいからさ」


 自分は早く帰るくせに、部下へ仕事を押し付ける態度が気に入らないが、そこは仕事なので我慢する。私だって立派な社会人だ。


 「来週中なら、なんとか」


 少し考えて、そう答えた。これが運の尽きだった。


 翌週、空いた時間を使って企画書に目を通す。

 最後までなんとか読んだものの、ありきたりな内容で全く面白いと思わなかった。もちろんプレゼン能力次第で企画の良さは二倍にも三倍にも変わるが、それを加味しても面白くない。

 内容は人気ゲーム内で広告動画を流したり、コラボしたり、芸能人でイメージキャラクターを出したりと、スマホのみでの広告提案だった。確かに、既に獲得している層へのアピールだったらそれで良いかもしれないが。


 どうしても納得ができず、会社に泊まり込みながら上司の企画書を直すと共に、自分でも企画書を作ってみた。少しでも役に立つと良いのだが。

 一度やってみたいと思っていた、様々な媒体を駆使して一つの答えを出す謎解きゲームである。


 「資料直せました。それと、私も企画書を書いてみたのですが、ご覧いただけないでしょうか?」


 上司は私の企画書を一瞥し、直した資料を受け取るとパソコンへと視線を戻した。


 「君にはまだ早い」


 「もちろん、私の企画書が使われるとは思ってません。今後の為にアドバイスを頂きたいのです。見るだけでも」


 「くどいぞ! まだ早いと言っているんだ。さっさと仕事に戻りなさい。私は忙しいんだ」


 急に怒鳴り声を上げた上司は、私の企画書を乱暴に掴むとゴミ箱へとねじ込んだ。




 数日後。打合せへ行った上司は、顔を青くして帰ってきた。

 結局のところ、先方が全く納得しない企画内容だったらしい。

 何度も打合せをしてイメージを詰め、後は発注書を貰うだけという段階で、他社へ頼むと捨てられてしまったようだ。

 この業界、大きな声では言えないが発注書の後追いは通常フローである。その為、あらゆる方面での準備が終ってしまっていたのだった。

 大物アーティストのスケジュールを押さえていたり、ロケハン、必要な人員の割り振りや手配、小物や美術など。この最終局面での失注は信用問題にも関わる大失態である。


 上司が私を見つけ、鬼の形相で近づいてきた。


 「君の資料が酷かったせいで仕事が受けられなかった。会社の信用も失墜だ!」


 「………は?」


 「ちょっとこっちに来なさい!」




 そうして上司の前に立たされており、人がいる前で叱咤することで私に責任転嫁しようとしているのだった。


 毎日の残業や日々の生活を送る事に精一杯だった私は、責められる様な事はしていないのに一生懸命謝った。正常な判断がでない状態だったのだ。


 そう、あの時は。


 夢だったとしても、転生して一度休息を入れた私の心は強かった。 


 「黙って聞いてりゃめちゃくちゃ言いやがって!」


 大声でそう言って、上司の机を両手で思いっきり叩いた。

 その大きな音と反抗に、上司は目を丸くして、オフィスからは音が消えた。


 「な、何を、君が資料を」


 「お前が直せって言ったから元資料を整えただけだ! 何もかも私のせいにして自分はその椅子を温める気か? ふざけんな!!」


 これが夢なのか、転生が夢なのか。そんなのはどうでも良かった。少なくとも私は今、正常な判断ができる状態であり、死ぬくらいならあの時に言えなかった事を全部言ってから死んでやるとさえ思えた。つまり怖いものがないのである。


 「会社の経営を圧迫した責任も取らずに、脅迫まがいの押し付けを部下にするなんて、人間として最低だ! こんな事がまかり通る会社なんかこっちから辞めてやる!」


 拳を握り、大きく振りかぶった。

 そのまま上司にたぽんたぽんなお腹に向けて、力の限りに打ち込むーー。




 **********




 「ぐわあああああ!」


 その大声に目を開けると、木目の天井が見えた。


 「あ、あれ?」


 頭を動かすと、驚きの表情でこちらを見ている役所の面々が。


 「くっ……なんていいパンチ……」


 バタリ、という音と共にカイトが倒れた。夢の中で振るったパンチが、どうやらカイトにヒットしたらしい。


 ゆっくりと顔を動かし、拳を握っては開いてを繰り返す。

 拳がじんじんする感覚も、汗で服が肌に張り付く感覚も、喉が渇いた感覚も、みんなの心配そうな視線も、全てが私はここにいると主張していた。

 私の“今”はここにある。その事実に心から安心した。


 「ご心配をおかけしたようで……それと、カイトさんごめんなさい」


 でも、すごくスッキリしました。


 「お、おれは大丈夫、軟な鍛え方はしてない、さ」


 床に転がりながら苦しそうにカイトが言ったが、絶対に大丈夫ではないと思う。

 結局、私と入れ替わりにベッドへ寝かされたのだった。

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