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それからは怒涛の二週間だった。受付時間と担当の案内や、変更に伴う引き継ぎ。それに営業時間終了後の勉強も加わる。
モチベーションを保てたのは、二週間という期限がある事と、仲間がいる事。
もちろん、上司は仲間の内に入らないが。
「やれる事はやりました。皆さん、自信を持って明日を迎えよう」
配置変更を翌日に控えた日。
出会った時よりも窶れ具合が悪化しているルークが言うと、睡眠不足と疲労によってハイになった全員が頷いた。
「そうだな! 女の子と遊ぶ時間を犠牲にしてまで頑張ったんだ。俺はやれる!」
拳を高らかに挙げ叫ぶラウロは、誰よりアドレナリンが分泌されているようだ。
「遊ばれてる時間の間違いでは? ラウロ以外はみんな頑張ったんですから、上手くいかないと困ります」
ジーニャは平常運転だった。
そんなジーニャの言葉に頷きながらミランダが言う。
「そうですわね、お肌を犠牲にしてまで頑張ったのですもの。きっと上手くいきますわ」
「俺なんか一生分勉強した気分だぜ……」
座学が嫌いなカイトは机に顎を乗せて死んだ魚の様な目をしていた。
「初日が肝心ですからね。失敗があったとしても、挫けずにそれを次に繋げていけばいいのです。頑張りましょう!」
前世では慣れていたが、この体は休息不足に慣れておらず、かなりハイになっている私も叫んだ。
「それでは、解散です。明日から頑張りましょう!」
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「個人申請は一番受付、土木建築は二番受付、ギルド調整は三番受付、災害防止と警備は四番受付にお並びください!」
大声を張り上げながらアナウンスする。事前案内にも力を入れたおかげか、利用者の列は四つに別れていたが、個人申請と土木建築が混雑している。
とはいえ、ここで人員配置が活かされていた。
個人申請受付に並んでいる男性たちは、ミランダの豊満ボディと笑顔に鼻の下を伸ばし、申請が終わると少し寂しそうに受付を離れていった。
「お子さんがいらっしゃるのね。きっと奥様に似て可愛らしい子でしょう」
「あら、お上手ね。親馬鹿と言われるかもしれないけど、とっても可愛い子よ。三歳になるんだけどね、お絵描きが上手なの」
「それは才能がありますわね! 将来がとても楽しみ。お子さんの絵が見てみたいわ」
「あらそう? じゃあ次は持ってくるわね!」
並んでいる時は顔が怖かった女性たちも、ミランダが上手く世間話を混ぜながら対応する事で、最後には満足気に帰って行った。まさに神対応である。
土木建築受付に並んでいる人たちはカイトの知り合いが多く、気長に待ってくれていた。
「待たせてすまねぇな親方。俺、こういうの苦手でさ。頑張っちゃいるんだが……」
「なあに、良いって事よ! 兄ちゃんにはいつも世話になってるからな。他のやつより兄ちゃんに頼む方が安心さ!」
カウンター越しに肩をバシバシ叩かれながら、カイトが照れ笑いを浮かべている。
ギルド調整と災害防止と警備のラウロとジーニャの受付にはそこまで人は並んでいないが、大きい案件なので対応時間が長かった。
「リコリスさん、なかなか良い滑り出しですね」
その様子を眺めていると、裏から出てきたルークが顔を綻ばせながら言った。
「はい。個人申請と土木は混雑が分かっていたので心配でしたが、お二人とも本当に上手に立ち回ってくれています」
「そうだね。おっと、そろそろお昼だから午前営業は終了だね」
今までは外回りの二人がお昼を取った後に受付二人交代し、受付だった二人がお昼を取って外回りへと向かっていた。
各受付の担当を一人にした事により必ず空白の時間が生まれてしまうので、お昼休憩の一時間を挟んで午前営業と午後営業に分けたのだ。
「はい。表の看板変更してきます」
扉を出た所に設置した営業案内の立て看板は、四つの受付が別々に表記されている。
個人申請は営業中から午前営業終了へ。土木、ギルド調整、警備は営業終了へと表示を変更した。
個人申請受付以外は外回りも必要なので、午後の受付業務はしない事にし、更にギルド調整と警備の受付は打ち合わせも必要なので一日置きの営業だ。まさにお役所仕事である。
個人申請最後の利用者が役所を去り、初日なので全員でお昼を取る事にした。
「上手く回っているように見えましたが、皆さんどうでした?」
二階の会議室でご飯を食べながら、ルークが口を開いた。
「俺のところはわりと暇だったなー」
「私のところも拍子抜けするくらいでした。元々、受付以外の仕事が大変な業務ですが」
おにぎりを頬張るラウロを横目に、ジーニャも頷きながら言った。
「いいなー、俺なんかおやっさんたちに励まされながらだったぜ。書類の書き方を逆に教わったぐらい」
うなだれながらカイトが言い、その言葉にルークが笑って反応した。
「可愛がられていいじゃないか、人望だよ。ミランダさんも上手く対応してくれてたね」
「ありがとうございます。ただ、一人一人の対応時間が少し長くなってしまっているのが気になるところですわ」
ミランダが頬に片手を当てながら不安そうに言ったので、口を開く。
「確かにそうですが、どちらにせよ以前より待ち時間は短くなっていると思います。今のところは皆さん笑顔で帰って行ってますしね。ただ、今後不満が多く出るようになってしまったら予約制を取り入れましょう」
「予約制?」
「はい。いついつの何時はこの人、と時間を決めてしまうのです。ミランダさんの受付は個人ですし、急ぎ案件はそうそう無いと思うので。利用する側も、時間が決まっていた方が動きやすいでしょうし」
「それはいい案ですわね。空き時間も確保できますわ」
「リコリスさんは本当に色々思いつくね。僕は自信を無くしそうだよ。全く、成人したばかりなのか疑わしい。地図の案もとても良かった」
ルークがこちらを見て言った。
もちろん愛想笑いで誤魔化す。
元々この世界にも地図はあったのだが、そこに番地の概念を取り入れた。東西南北の大きな区画で分け、更に数字を振る。東1、東2といった形だ。
今までは、誰々の土地、と人の名前で管理していたので、場所の伝達もスムーズではなかったのだ。
「そんなに褒めても何も出ませんからねっ」
そもそも、前世の知識なので、ただのチートだ。
「さあ、午後も気合い入れていこう。受付に伝言箱を置きましたか?」
ルークの問い掛けにジーニャが答えた。
「設置済みです」
伝言箱とは、受付に担当者が居ない場合に紙へ用件を書いて入れる、ポストのような箱である。午後は個人申請以外の受付に設置する事になっている。
「ありがとう。カイト君は巡回、ジーニャさんは水害対策をよろしく。ラウロ君は交渉だね」
「だな。あー緊張してきた」
両手で頭を抱えながらラウロが言うと、ジーニャが涼しい顔で追い打ちをかけた。
「初仕事が大仕事ですもんね。今後の役所運営に大きく影響するので、失敗したら海に沈めますが気楽に頑張ってください」
「どこにも気楽になれる要素がねえよ!」
にやけながらその様子を見て、視線をルークに移す。
「予定通り私はラウロさんに付いて行きますね」
「ラウロさんの初交渉ですからね。リコリスさんも居ますし、安心してお願いできます。よろしくお願いします」
最年少の私が保護者のような言い方は如何なものかと思う。
私自身も初となる交渉相手は、警備を行なっているギルドだ。
魔物を討伐する冒険者たちがたまに警備の仕事を受けたりするが、彼らは一ヶ所に留まる仕事を嫌うので滅多に依頼は受けてもらえない。
その為、商店や個人で警備が必要な人は役所を通して人を派遣してもらうのだ。もちろん、町全体の警備も警備ギルドに依頼しなければならない。
町もそこそこ形になってきている今、交渉は急務であった。
「さて、ご飯も食べ終わった事ですし、みなさん午後からも頑張りましょう」
ルークの一言に全員が頷いて席を立った。