王都と模造品
山間の街道を、ゆっくり進む黒馬車。
正面には、ミルナの木に車輪のマークと、その横に小さく、盾に太陽の王家の紋章に、円と羽根が入った、準国営の証が光っている。
黒い車体の横にはコンドウ馬車工房の文字。
タケシとカツミは王都アルネシアに向かっていた。
黒い幌を半分巻き上げた荷台には、エレナとその幼い娘エリス。マシロとカースケが遊び相手になっている。
子どもの笑い声が、きゃっきゃと響く。
「タケシ、あとどれくらい?」
「そうやなぁ、2時間くらいかな」
アルネシアのカイエンタイ駐屯所で働いているオットーに、娘を会わせるためにやって来た。
オットーは、カツミの工房で働いていた時に、脅されてスパイさせられていた。今はカイエンタイで調理人として働いているが、あまり自由はない。
今回も、事前にタケシが根回しして面会が叶うことになったのだ。
「あ。見えてきた」
城下町アルナの門が見えたところで、タケシは馬車を止めた。
御者台を降り荷台に回る。
「すまんな、ちょっと暗いけど、我慢してな」
スルスルと幌を下ろした。
初めて来た時に襲撃された。用心に越したことはない。
「まぁこのマーク見て襲うやつおらんと思うけどな」
子どもの頭を撫でて、
「エリス、もうすぐやからな。カースケ、お前は前や」
と、御者台に移ると、カースケは肩にとまった。
アルナの門を通リすぎ、大通りに入ると、一気に喧騒が始まる。行き交う馬車。
「ん?」
「タケシ。なんか黒い馬車増えたな」
「おぉ。流行ってるとは聞いてたがな」
いや。何や音が軽ないか?
ーーあれ見てみぃ、コンドウ馬車工房や。
本物やぞ。
やっぱり何や違うなぁ。
あれ準国営の証や。やっぱり本物や。
「めっちゃ見られてるで」
「そやなぁ、本物やからしゃあないな。それにしても......」
「どないしたん」
「いや。何かなぁ......」
「あっ。タケシ、あれ」
カツミの指差す先にあったのは、見慣れた黄色い屋台だ。
「クルトーのとこのや」
クレスカレー工房の文字。ミルナマークと準国営の証。間違いない。店員も黄色に黒線の制服。
「おんなじやな」
「そらそうや、俺が作ったんやしな」
と言いながらタケシの視線は馬車に向く。
「あー。あったぁスライムゼリーの店。絶対帰りに買う」
「流行ってるんか」
「まだミナセには来てないんよ」
「旨いんか?」
「そんなん、食べなわからんよ」
「お前、勇気あるな」
「一緒やん。魔獣肉食べてるし」
「んー。イメージ?ミナセじゃスライムは浄化用やん」
「森や水辺におるやつは、きれいやねん」
「そうか.......まぁーとりあえず先にエレナや」
アルネシアに入った。
落ち着いた、貴族の住む町だ。
貴族の馬車と、アルナから来た馬車が行き交っている。
「とにかくカイエンタイに行こな。オットー待ってるやろ」
エレナは頻繁に手紙を送って、オットーに娘の様子を知らせていたようだ。
「そやなぁ。また泣くかも知れんな」
「エレナ、クルトーのとこに行かすんやな」
「うん。接客できるからホールさせるって。子どももおるし、その方がええ。オットーが戻ってきたら、また屋台させてもいいし」
「あぁ。4年後やな。エリスも大きくなってるからな」
「うん。あ、リゥトスや」
カイエンタイの駐屯所近くに、濃紺の外套がひらめいていた。
「あぁ、タケシ来たか」
「お久しぶりです」
「面会室、準備したから。案内する」
「ありがとうございます」
「タケシ、後でカイル陛下が会いたいってさ」
「えっ!知らせたんですか」
「だってさ、後で知れたら私が文句言われるしな」
めんどくさ。さっと帰ろとおもてたのに。
「明日にしてもらえませんか」
「あぁ。伝えておくよ」
面会室。何やら書かされて、エレナとエリスが入っていった。
入ったとたん、オットーの大きな泣き声が聞こえてきた。
「やっぱりな」
「そやねー。私ここで待ってるから行っといで」
カツミが部屋の前で待つというので、タケシはリゥトスと馬車工房へ行くことにした。
カイエンタイ駐屯所の一角に、コンドウ馬車工房の看板が掛かった建物。
入っていくと、10人程の職人が作業していた。
「タケシさんだ」
わらわらと職人が集まってくる。
揃いの黒地に黄色ストライプの作業服。みんなミナセの工房で研修してこちらに来ている。
「タケシさん、お久しぶりです」
リーダーのスティールが声を掛けた。
「みんな元気そうだな」
見ればわかる。いい顔をしている。
作業場を見回す。部品棚もきちんと片付いている。工具も整理されている。作業中の足元も、整えてある。
「いい仕事してるな」と、スティールに声を掛けた。
「これで全員か?」
「いえ、城付きの方に1名、国軍に1名行かせています。向こうの職人に指導しています」
あー。そっか。向こうも見てるんや。コイツしっかりしてるなぁ。
「カイエンタイの分が終わったあと、国軍のを整備して、で、国王陛下の馬車を新規作成してーー」
「え、カイル国王の、新しくしたんや」
「はい。もう過剰な装飾は必要ないと仰られて、黒地に金と赤で、紋章を入れただけのものを」
「まぁアイツらしいか」
「今は、皇族と城関係のが終わって、貴族のもほぼ」
「少し手が空くか」
「そうですね、使用人のものが来始めましたが、貴族の馬車ほど面倒ではありませんし」
貴族の馬車は装飾が派手すぎて、いったん城付きの方で解体して、車体だけを運び込んでサスを装備し補修した後、また城に運んで組み上げる。
タケシは苦笑いだ。
「そうか。うん。みんな、頑張ってくれ」
「おぉー」
タケシは踵を返した。
「リゥトス。ちょっと話がある」
別室で
「どうした、タケシ」
「ここは、ちゃんと運営されてるな」
「あぁ。俺たちの目もあるし、前の一件もあるしな」
以前、職人が一人タケシの工房に、貴族のスパイとして潜り込んでいたのだ。
「リーダー格がしっかり引っ張ってるぞ。色々考えてやってる」
「そうみたいだな。でな、気になったんだが」
「何?」
「アルナでなーー」
黒馬車が増えているのはともかく、どうもサスの模造品が出ている気がする。
ほおって置くと事故に繋がる。
板バネサスは、見た目は簡単そうだが、バルザが時間をかけて作り上げた技術なのだ。普通の鍛冶師が真似ても上手くいくわけがない。
だから今も、ミナセの工房ですべて生産している。出すものには刻印を押し、他の部品もすべてミナセからアルネシアに入れているのだ。
「たぶん、城や貴族に出入りしている商人あたりからだろうな」
「あぁ。でな、コンドウ馬車工房をアルナでもやれないかな」
「ん?」
「正規品を扱う店がないと、このまま蔓延する。模造品が出るのは仕方ないことだが、まず正規品と模造品の違いが見えるようにしないとな。
ーー人が死ぬ前に」
「そうだな」
「当面、こっちの工房から何人か出してもらって、うちの方の鍛冶師をつけて。部品はすべてミナセから送る。アルネシアの方が落ち着いているようだから......場所さえあればできる」
部品の増産......職人も鍛冶師もまた育成が必要だな。
刻印も見直して、通し番号と顧客管理で偽物対策して......
それから......
考え込むタケシを見て、リゥトスがフッと笑った。
「分かった。まず場所や建物確保だな。そこは任せろ。細かいことはまた明日にしよう」
「あぁ。助かる。で、後でもう一度アルナを回ってみたいんだが......」
面会室に戻ると、エレナ達は面会が終わり、タケシを待っていた。
「カツミ、クルトーの店な、俺ちょっと用があるから、送ってもらえ」
タケシの後ろに隊員が一人立っていた。
「じゃあお願いします。俺の馬車使ってください」
リゥトスが普通の荷馬車を持ってきた。ちゃっかり普段着に着替えている。
「私も行くよ」
タケシとリゥトスはアルナの街に出た。
さりげなく馬車屋に行って探りを入れる。
「旦那、いいものが入ってるんでさぁ」
あぁやっぱりやってやがる。
手に取ってよく見る。
「へぇー。凄いねぇ」
「まだ珍しい技術ですぜ」
あー焼きが甘い。
これ、町中ならともかく、街道出ると2月持たんな。
「高いんだろ?」
「そりゃ最新なんでね」
うわっボッタクリや。
適当に相手して、次。
何軒か回ってみた。
「リゥトスどうよ」
「半分はやってる。間違いないな。あの値じゃぁ一気には広がらんだろうが」
「ほら、あの馬車......」
「私にはよく分からんな」
「あ。......まずいな」
「え?」
一瞬車体が沈んだ。
ガシャーン!
「やっちまったな」
「荷台が荷物だけでよかった」
「な、急ぐだろ?」
「そうだな。商業ギルドからも釘を刺そう」
「そうか、ここはアルネシアの直轄だな」
「あぁ。少しは抑えられる......まぁそれでも、闇でやるのは出るな」
「だな」壊れた馬車を横目に通り過ぎた。
その頃ーー
カツミはクルトーの店にいた。




