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朱色のゲートウェイ ー境界ー  作者: 此花 陽
第1章:白鷺(はくろ)色の鳥居
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開門(キックオフ)


「なんだ、これ……どうなってんだよ……!」



 パニックに陥り、

 その場から逃げ出そうとした時だった。


 神社の入り口から、

 下品な笑い声が聞こえてきた。



「おい見ろよ、マジで誰か寝てるぞ」


「うわ、ホームレス?

 いや……ちょっと待て、

 あれ元子役の蓮じゃねえか?」



 派手な色のスカジャンを着た若者二人組が、

 スマホを片手にこちらへ近づいてくる。


 彼らの顔には、

 獲物を見つけたハイエナのような、

 薄汚い好奇心が張り付いていた。



「マジだ、本物の蓮だ! 劣化しすぎだろw

 今日のバズネタ確定だな」



 一人の男が、

 嘲笑と共に蓮の顔の数センチ先まで

 スマートフォンを突き出した。

 フラッシュの光が、蓮の網膜を白く焼く。



(……やめろ)



 蓮の胸の奥で、

 黒いおりのような感情が渦巻いた。

 

 かつての鬼童。

 自分を商品として使い捨てた大人たち。

 

 そして今、

 目の前で自分を「死体」のように

 撮影して愉しんでいる無知な若者。


 すべてが重なり、

 蓮の脳内で何かがパチンと弾けた。



(跪け……俺を笑うな。

 お前ら全員、俺の下に這いつくばれ……!)



 その瞬間、


 石化した右指が、

 心臓の鼓動を上書きするほどの

 激しい熱を帯びた。


 蓮は本能的に、右指の指先で、

 若者が構えるスマートフォンの画面を

 なぞるように**「スワイプ」**した。


 空気を切り裂くような、

 キィィィンという高周波の音が、

 蓮の脳内にだけ響いた。



「……あ?」



 スマホを向けていた若者の動きが、

 糸の切れた人形のようにピタリと止まった。


 その瞳から光が消え、焦点が虚空へと泳ぐ。


 数秒の静寂の後、若者の顔面が、

 まるで熱病に浮かされたかのように赤く染まり、

 目からは止めどなく涙が溢れ出した。



「ああ……ああああ……!

  蓮、さん……蓮、さま……っ!」



 若者は持っていたスマートフォンを

 地面に投げ捨て、蓮の足元に滑り込んだ。


 彼は泥だらけの石畳に額を擦り付け、

 嗚咽を漏らしながら蓮の汚れた靴を抱きしめた。



「すみません……なんて、なんてことを……!

  あなたは、あなたは僕たちの光だ!


 あなたの素晴らしさを、

 今の今まで気づかなかった

 僕を殺してください!!」



 隣にいたもう一人の若者も、同様だった。

 彼は自分の顔を何度も殴りつけながら、

 恍惚とした表情で蓮を見上げている。



「蓮さま……。

 僕を見てください、

 僕を……あなたの奴隷にしてください……!」



 蓮は、その光景を冷徹な目で見下ろしていた。

 恐怖は、すでに消えていた。


 代わりに込み上げてきたのは、

 背筋が凍るような、

 しかし甘美な**「全能感」**だった。


 かつて鬼童が自分を操り、

 日本中を熱狂させた「魔法」。


 今、自分の手にあるのは、

 それよりも遥かに強力で、

 暴力的な「強制発火ハッキング」の力だ。



「……ああ、そうだ」



 蓮は、自分の足元で泥を舐めている若者の頭を、

 ゆっくりと撫で下ろした。

 

 かつて鬼童が、自分に対してそうしたように。

 冷たく、事務的に、そして完全な支配者として。



「最高だよ。お前ら……いい『演出』だ」



 蓮の右指の石化が、

 歓喜に応えるように不気味な音を立て、

 第二関節へと這い上がってきた。


 石の表面には、

 数万人の呪詛が結晶化したような、

 淡くどす黒い光が明滅している。



「待ってろ、鬼童……。

 お前が俺に教えた

『嘘を真実に変える仕事』……。


 今度は俺が、お前で試してやる」


 蓮が立ち上がり、

 廃神社を後にしようとしたその時。

 

 背後の鳥居の影から、

 一人の男が音もなく姿を現した。


 狐の面を被り、

 仕立てのいい黒のスーツを纏った男。



「素晴らしい、開門キックオフです。

 有馬蓮さま」



 男は深々と頭を下げた。

 面の下で、男が冷笑を浮かべているのが

 気配で分かった。



「契約は執行されました。

 あなたはこれから、世界という名の生贄を集める

『ゲートウェイ(門)』となる。

 

 ……代償の回収は、

 あなたがその栄光のいただきで、

 最も美しく咲いた瞬間に

 始めさせていただきます。

 

 それまで、

 精々この偽りの黄金の日々をお楽しみください」



 案内人・コトシロの声が、

 雨の音に溶けて消える。


 蓮は振り返らなかった。


 右腕の重みは、

 すでに彼にとって「呪い」ではなく、

 世界を叩き潰すための

「武器」となっていた___。




 第1章、完。


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