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(おまけ)真の恐怖

「あのオブロという方、大変素直にお話くださいましたもの。——エライリー侯爵の依頼で、ベイグリッドさんを自死に見せかけて水に沈めた、と」

「何だってんだよ、畜生」


皇城、憲兵隊隊舎の地下牢に繋がれた庭師オブロがついた悪態は、小声だったにもかかわらず大きく反響した。


夏だというのにこの牢はいやにひんやりとして、オブロは壁際で縮こまり粗末な毛布を体に巻き付けていた。地下牢には他に誰もおらず、シン、としている。通路に架けられた小さなランプが頼りなく揺れていた。


カツン キイ、カシャン


カツン キイ、カシャン


「何だあ?」


微かに奇妙な音が聞こえてくる。その音は、地下牢に繋がる階段を降りて来るようだ。


カツン キイ、カシャン


音が近付くにしたがって、階段がほの赤く照らされ始めた。オブロは、階段の出口を見詰め、不気味な音と光を警戒した。


やがて、その音の主が足元から姿を現し始める。その脚は片方が薄赤く光を帯び、石の階段を踏むたびにキイ、カシャンと音を立てた。さらにもう片足の靴音がカツンと鳴るのが、音の正体なのだ。


階段を降り切った人物は全身を漆黒のドレスに包んだ女性で、右脚、手にした捻くれた杖、胸に下げた大きな首飾りに薄赤い光を纏っている。これらは稼動状態の魔道具が発する魔力光なのであるが、庭師に過ぎないオブロには良く分からず、ただ不気味な光としか思えなかった。


だが、片脚が金属の義足、薄赤い光というのはこの国で最も有名な人物、女帝ヒューミリアの特徴だ。


「な……なんで……こんな所に……こんな所に来るはずがない!」


事態を理解したオブロは腰を抜かし、壁際まで下がってなお、背中が壁にめり込まんばかりに石の床を蹴り続けた。


カツン キイ、カシャン


とうとう、その人物の足音はオブロの繋がれた牢の前で止まった。


「オブロというのはお前ですわね?」


オブロはその姿がチラと見えた瞬間に壁に頭をくっつて蹲り、両手でその頭を抱えていた。牢の前に立つ女帝に尻を向けた格好である。


ヒィヒィと悲鳴のような呼吸をするばかりで答えず、尻を向け続ける態度は女帝の勘に触ったらしい。


「皇帝に尻を向け、問いに答えないとは何事ですの!こちらをお向きなさい!」


「わ、わひぃ……!ご、ごめんなさい!わた、わた……オブ、オブロ……」


オブロは涙と鼻水を垂らしながら、四つん這いになって何とか女帝に頭を向け、何とか自分の名前を口にした。しかし、女帝の姿を目にするとすぐに床に顔を擦り付けるように平伏してしまう。


女帝の怒りは魔道具からの発光を強め、赤く照らし出されたその姿、整った顔を憤怒に染めたその表情が悪鬼か何かのように見えたのだ。


「お前は今、エライリー侯爵の手が届かないように、この憲兵隊の営倉に保護されていますわ。この意味が分かりまして?」


女帝の凍り付くような冷たい声が地下牢に響く。オブロは細かく頭を左右に降るばかりだ。


「要するにお前は、エライリー侯爵の報復を受ける心配はないということですわ。これから私がする質問に、全て正直にお答えなさい」


「エ゛、エ゛ライリーより、こ、こわ、こわい……」


要らぬことを口にするオブロに、女帝は益々気を悪くしたらしい。魔力の放出が増大し、放たれる光が更に強まる。


バチィン!


とうとう虚空で放電まで始まると、オブロは頭を抱えて体を丸めた。その下には尿が水たまりを作り、臭いがあたりに漂う。


「言う、言う、何でも言います!だから許して……」


「エライリー侯爵の指示で、偽の手紙をベイグリッドに届けましたわね?侯爵は、いつから彼女を排除しようとしていましたの?」


「は、は、初めから……」


「それはいつ頃のことですの?」


「きょ、去年の……暮れ……くらい……」


去年の暮といえば、ベイグリッドがエライリー侯爵家で養子縁組の話をされた頃である。女帝はマグレーテからその情報を共有されていた。


「どうして、侯爵に排除の意思があったと分かりますの?」


「お……俺が、侯爵の……指示を、貴族の娘に……」


「どんな指示でしたの?」


ここでオブロはまたヒィヒィ言いはじめ、女帝から目を背けて両手で耳を覆った。


カアン!


女帝が杖——魔杖、紫電遠雷で床を突いた。


「言いたくありませんの?それとも忘れましたの?」


「はひい!いいま、す……ベイグリッドとかいう娘を、魔法学院から……追い、追い出せと、そう、そうしないと、娘が、侯爵の養女……養女になるからど……づだえ゛、ばじだ」


それは事実なのであるが、女帝は疑り深かった。


「本当にそれだけですの?具体的な指示があったのではなくて!?」


オブロは首を振り続ける。だが、女帝の信用は得られなかったらしい。


「お前の指をご覧なさい」


恐々と自分の手を見たオブロは驚愕に目を見開いた。左手の中指、薬指、小指が無くなっている。痛みも傷口もなく、きれいに。


「あああああ!おでの、ゆび……ゆびゆびゆび」


「やかましいですわ!正直に言わなければ指を全部消しますわよ!」


「本当に、それだけ……本当だ。信じて」


これでどうやら信じる気になったのか、女帝は次の質問に移った。


「それで、彼女を学院から追い出した後、次はどのような指示を受けたのです?」


「な、何も……何もない!ぞ、ぞうだ、娘の家に、破落戸を、づがっで、嫌がらせしたのは……その貴族のむずめの指示……代官のやじきで言った……知っている……でじょう」


これは代官屋敷でマグレーテが聞き出した内容と一致する。そのためか、これについて女帝は深く追求しなかった。


「その後、養子縁組が白紙になったという偽の手紙を届けたのですわね?」


「はい、はいそうでず!」


これも再確認の内容である。


答えを聞いた女帝は思案気に黙した。しばし、静まり返った地下牢に、オブロの歯の根が合わぬカチカチという微かな音だけが満ちた。


「偽の手紙が送られてから、彼女が亡くなるまで1月半……侯爵は、彼女が婚約を辞退するか、消えてなくなるかのいずれかを望んでいたはずですわ。彼女が何の動きも見せなければ、侯爵側から何か動きがあるはず……その時は、オブロ、お前にまた、指示をすると考えるのが普通ですわね?」


それを聞いたオブロは喚き始めた。


「そ、それだけは!それだけは言えない!許して!許してください!お、お慈悲を……」


「オブロ、自分をご覧なさい」


女帝が胸の魔道具を光らせる。すると、オブロが気付けばその体は膝まで床に飲み込まれていた。


「なっ、なっ、何、どうなって!?」


「見た通りですわよ。お前の体は床に沈んでいくのですわ」


オブロは慌てて片脚を上げた。脚は上がりかけたが、途中で何かに引っかかったように止まってしまう。何度も脚をジタバタさせながらヒュウヒュウと切迫した呼吸をさせるオブロに、女帝が畳みかけた。


「ほら、段々床が上がってきますわよ」


オブロが気付くと、体は腿まで沈んできている。たまらずオブロは叫んだ。


「俺、俺に、娘を殺せって、こ、侯爵に!殺せって言われたんだーっ!」


「それで、どうしましたの?」


「家の、家の外で気をひ、引いて、連れ出した……た、助け、助けてえ!」


オブロは今や自分が腰まで床に沈んでいるのを見て悲鳴を上げた。


「それで、どうしましたの?」


女帝は同じ質問を繰り返す。


「無理やり、湖に連れて行って、ほ、放り込んだんだあ!」


「無理やり、でしたのね?お前には、良心というものはありませんでしたの?」


女帝の視線は射るように鋭かったが、オブロにはそんなことを気にする余裕はなかった。


「金もらってやったんだよ!侯爵に逆らってもしょうがないじゃねえか!なあ、もういいだろう!助けてくれ!」


オブロは必死に叫んだが、女帝は急に冷めたように顎に手を当て、詰まらなそうに言った。


「そんなことをなさって、助かるわけがございませんことよ」


自分の首まで床面が迫ってきたのを見たオブロは、とうとうおかしくなった。


「あは、あははは、ひゃははははは!」


「あら、どうされたのかしら……?こ、困りましたわね、これから種明かししようと……オブロ、オブロ、お前は大丈夫ですわよ……ああ、マグレーテ様のためにと張り切り過ぎましたわ……」



後日。


「ところで陛下、あのオブロに尋問されたとき、どうやって自白させましたの?廃人になってしまうとは余程恐ろしいことをなさったようですけれども?」


マグレーテに問われたヒューミリアは閉じた扇子を顎に当ててその時のことを思い出した。


「まず、気配隠しの魔法であの方の指を消しましたわ」


彼女は魔道具使いとして優秀だが、自らはたった2つの魔法しか使えない。その分その魔法の練度はずば抜けているのであるが……他人の体の一部に気配隠しをかけ、消えたように見せかけるとは恐るべき技量である。


「こ、事もなげに大変なことを仰いますわね。で、まず、ということはその後がございますのね……」


呆れたマグレーテはティーカップをソーサーに置いた。


「散々脅しましたのに、まだ隠し事をなさろうとするので、今度は暁星の律を使いましたの」


「……?暁星の律は、空中に足場を作る魔道具ですわよね?それが、どう役に立ちますの?」


不思議そうに問うマグレーテに、女帝は得意げに言った。


「地下牢の床と同じ模様の足場を作って、オブロの形に穴をあけたのですわ。それを段々、穴の形をオブロに合わせて変えながら上に上げて行って……」


マグレーテは扇子で口を隠し、ジト目で女帝を見るばかりであった。


(なんという恐ろしいことをお考えになるのでしょう……それにしても、そんなことのために随分無駄に精密な魔道具操作を)


「それがあんな結果になるなんて……必要な情報は取れましたけれど、尋問というのは難しいですわね」


「陛下!それは尋問ではなく拷問ですわ!」


マグレーテのツッコミに女帝は舌を出した。



~さらにおまけ~


ヒューミリア「気が触れてしまった方を、もとに戻す薬というのはできませんこと?」


セリネ「そぉんなものがあるならよぉ……おれがぁ、こんなふうのままでいるわけがぁ、ねえだろぉ?」


ヒューミリア「……」





お読みいただきありがとうございました!

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