悔恨と謝罪
ミリアーナについていく途中、私は時折見える街の新しい建物についていくつか確認していた。もともとライルズにある大きな建物は今いる私の住居、城のみだった。だが眠っているうちにいくつかまた建てられたようだ。その多くは各頭領が部下とともに仕事をする場所で、図書館や研究所らしい。
ミリアーナが立ち止まり、街の方をみる。その瞳からは、悔恨と怒りが読み取れる。表情は変わらないものの強く握られた拳は、今でも悔しさを感じているようだった。
「お嬢様が眠られたとき、我々は無力さを思い知りました。勇者を傷つけることも、自らを守ることもできなかった。命を助けていただいたのに、貴方様を助けることができなかった。それを悔い、我々はこの10年間力をつけてきました。」
「ミリアーナ、それは…」
「これは我々の自己満足です。私達は、貴方様が私達にしてくださったことをお返しできるようになりたいのです。…貴方様がお返しなど求めておられないことは重々承知です。でも、私たちは…命を、今ある平和をくださった貴方様のことを何よりもお守りしたいのです。」
こちらをまっすぐ見つめ柔く笑うその姿はかつて飢えと痛みに嘆く少女の姿はなく、未来へ進む強さが感じられた。守ってもらう必要はないが、自らで力をつけようとするのは無駄にはならないだろう。
「…そうだな、お前たちが自らの身を守れるのならそれが一番いい。それにこの10年で何が変わったのかも気になる。お前たちの力を借りるときも来るかもしれないな。」
「はい!ぜひご活用ください。」
ミリアーナは力になれたら嬉しいという感情を隠さずに美しく笑い、一礼するとまた歩き出した。
その足についていきながら、考える。10年の間にずいぶんとミリアーナには慕われているようだ。他の者がどうかは分からないが、私と街のヒトとで敵対している様子がないのは助かる。
数分ほど歩いていると、大きな扉が見える。
「あちらがアレギスのいる広間になります。他の頭領たちもいると思いますので、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「ん?大事な話をしているなら時間をずらしてもいいぞ」
「いえ、そういったことではなくて…。」
ミリアーナは話しづらそうに口ごもる。近づけばかすかに複数の話し合う声が聞こえてくる。すると今までとは違った笑顔をニコリと浮かべる。
「申し訳ありません、お嬢様。お嬢様のお耳に入れるに耐えない内容の可能性がありますので、少々お待ちください。だまらせて…いえ、口調を正してまいりますので。」
「…ああ…。」
額に青筋の浮かんだ笑顔はどうみてもキレてるが、触れないようただうなずく。ミリアーナは大きな旅らの中に消えていった。その姿は淑女の鑑のようだが恐ろしくも感じる。
「…逞しく成長しているなァ…。」
部屋から漏れる冷気から目をそらしながら、街を見て時間をつぶすのだった。
「お待たせいたしました。」
「ありがとうな…。」
それほど待たずにミリアーナは扉を開け、中に招いた。額に青筋はないものの、崩れない笑顔に表情が引きつりそうになるのを抑えつつ礼を言う。それにもニコリと笑う姿は可愛らしい女性なんだが…。
部屋の中に入ると、そこには広い空間が広がっている。記憶と違うのは2点ほどだ。1つはぽつんと置かれた大きな椅子。それとその前に跪く複数のヒトだ。
椅子はまるで玉座のようで、また頬がひきつる。今度は我慢できない。こんなの記憶には置いていなかったが?
「お嬢様、こちらへおかけください。」
「いや、ウン…。」
拒否できず渋々椅子に座る。椅子が大きすぎて全然似合ってない気がする。辱めを受けているように感じながらも、跪く面々を見る。記憶にある顔も在るが、そうでもないヒトもいるようだ。
「私を知るものもいるようだが、私はお前たちを導く王ではない。なので顔を上げて、普通に立ってもらって構わない。それと、お前…ブランだな?」
私が声を掛けるが、誰も反応しない。どころかかすかに肩が震えている。もしかして笑われてないかコレ。知っている顔に声を掛けても何も言わない。無視されるとは思わず、つい立ち上がりブランの元へと近寄る。跪くその方に触れようとすると、大きくブランの体が弾み、触れようとしていた手が止まる。震える肩はどう考えても聞こえてないはずない。
「…おい、無視するとはお前らしくないぞ。」
「…っ申し訳ございません。」
固くなった声でもう一度声をかけると、震えた声が帰ってくる。声も記憶と変わりない、やはりブランだ。記憶にあるブランはいつも仏頂面で、愛想はないがとても有能だった。10年前はこの城の管理や街の総括など多くの役目を与えており、私の執事の真似事のようなこともしていた。
そのブランが肩とだけでなく声も震えている。あの能面のような男が。
「ッあの時!勇者が現れた時、フェイ様の盾となれなかったこと!フェイ様だけがすべてを引き受け眠りにつかせてしまったこと!申し訳ございませんでした…!」
「お?」
天変地異かと驚いていたらブランが叫ぶように言う。かすれた声は引きつっていて、ブランの足元に水滴が落ちる。泣いている。あのブランが泣いているのだ。
驚愕で私は他の面々も見る。すると先程よりも肩が震えている。同じように水滴が落ちている者もいる。先程のミリアーナが感謝を口にしたように、ブランは勇者の件で謝罪をしているようだ。もう10年もたっているのにまだそんなに心に残っているのか。
「…ブラン。そんなことより、私はお前の作ったケーキが食べたい。」
「フェイ様…?」
「寝起きなんだ。今すぐじゃなくていいが、また作ってくれるだろ?」
下げられていた手で顔を持ち上げるとぽかんとした表情で、涙に濡れた表情は初めて見たものだ。可笑しくて少し笑うと、ブランの顔がまたくしゃりと歪む。
「もちろんでございます…!何個でもお作りいたします…!」
「いや今は1個でいいかな…。さて、この通り私は何も気にしていない。お前たちが気にするのは勝手だが、それよりもするべきことがある。」
「するべきことですか?」
涙が止まり、困惑したような顔をするブラン。珍しいものをよく見る日だ。内心で笑いながら、その疑問に答える。お前たちにとっておきの笑顔をやろう。
「お前たちの成長を見せてみろ。10年間、遊んでいたわけじゃないんだろう?」
教えてくれ、そして私を楽しませてくれ。




