目覚め
その島は空に浮かんでいた。雲の合間に現れる島から流れ落ちる水は地面に届く前に霧のように消えていく。小さな山と湖も完備されている。
街では楽しげな声がそこかしろで聞こえ、笑顔の広がる平和な光景が広がっている。
ここは私、フェイが作り出した浮遊島、ライルズ。かつて世界規模の戦争が起こり、荒廃した世界でいまだ自らの利益のためだけに命を奪い合う者達に愛想を尽かして一人で作り上げた私の理想郷。はじめは島での一人暮らしを楽しんでいたものの、時折降りる地上で意味もなく死にたくないと叫ぶ者たちを助けてみたらそれなりの数になっていた。といってもここまでの数はいなかったはず。
「なーんか、いつの間にかヒトが増えてないか?」
王城の窓から見下ろしながら、首を捻る。
久々に起きては見たものの、最後の記憶にある街の姿とは少し違っている気がする。そんな長い間ねむっていただろうか?
生活できるよう街の設備などは作ったものの、ここまで大きな街ではなかった気がする。
考えながらも就寝用の黒のワンピースを脱ぎ、動きやすい服を異空間から取り出し着替え始める。いつもの黒いシャツに黒いズボンを履くと、ドアをノックする音がした。
「失礼致しまっ…!?」
そちらをみると、黒髪を後ろでまとめた女性が私を見て驚いている。変な格好をしていたかと身の回りを見回してみてもいつも通りだ。
「お、お嬢様、起きられたのですね…!私を覚えておいででしょうか!かつて貴方様に貧民街で助けられたミリアーナでございます…!」
いつの間にか近くで女性が跪いてる。その姿に見覚えはないが、ミリアーナという名前に聞き覚えがある。だが記憶にあるミリアーナはまだ幼い少女であり、眼の前にいる女性は最低でも10代後半に見える。
「顔をよく見せてもらえるか。」
「はい…。」
跪いていたミリアーナと名乗る女性の頬を手で触り、その顔をよく観察する。たしかに記憶にある姿と目元や顔立ちが似通っている気がする。ミリアーナは親を貴族に殺され貧民街に流れ着いたものの、飢餓に喘ぎ自分より幼い者たちを庇護しながら死にかけていた。
まじまじと観察していると、はじめは緊張しているような硬い表情をしていたのにいまではのぼせたように頬を赤く染めている。
「すまない、長く見すぎたか。」
「いえ!お嬢様が求められるのでしたら何時間でもかまいません!」
「そこまでは必要ないが…。でもそうだな私の知っているミリアーナのようだ。だが記憶よりもずいぶんと変わっているようだ。」
「それは…、お嬢様が眠りに疲れてから10年の歳月が経っておりますせいかと…。」
「10年?そんなに眠っていたか。」
長期に眠りにつく可能性があったとはいえ、10年とは思ったより長く眠ってしまっていたようだ。どこぞの教会が勇者とやらを召喚し、攻防を行った結果私は力の回復のために眠りについた。攻防と言っても勇者自体の能力はそこまで高くはなかった。問題は勇者に宿っていた自爆魔法。生命力や魔力、何もかもを利用したその爆発はライルズの半分を持っていかれるほどだった。それを防ぐために爆発の元となる勇者をとっさに異空間に隔離したものの、爆発に異空間が耐えられるよう多くの力を注いだのだ。
「あれからこの島はどうなった?アレギスがいる以上、ライルズの防衛や飛行に問題はないと思うが。」
「…お嬢様が眠られ、一時混乱はいたしました。ですがそれもすぐに収束いたしました。お嬢様の組織されておりました自治組織を母体とし、複数の頭領を掲げ武力や権力ではなく対話によってライルズの街を治めております。勇者亡きあとの防衛に関しても、アレギスによる防衛機能で被害はありませんでした。
全ては事前に貴方様が、我々に知識と自立ということを教えていただいていたから。本当に、感謝の言葉しかありません。」
跪きながらも、上げていた頭を再度深く下げ、感謝の言葉を伝えるミリアーナから気まずくなって視線をそらす。
全ては自分が楽をするために教えただけだった。私は別に権力者になりたいわけではなかったから、ライルズで暮らすヒトが増えるたびに面倒に思っていたのだ。誰かに指示することも上に立つこともやりたくない。だから有能な者を見繕って役職を投げたのだ。
勇者の件も、ライルズを壊されたら困るからやっただけだ。助けたくて助けたわけではなく、勝手に助かっただけ。それを感謝されてもいささか困る。
「問題が起きていないのならいい。今後もお前達の自治の元でいればいいさ。そうだ、アレギスは広間にいるか?」
「はい。ちょうど今なら他の頭領たちも揃っているでしょう。ご案内致します。」
そう言うとミリアーナは立ち上がり、ドアの方へと向かっていく。今後も統治とかしなくて良さそうで安心した。
こころなしか軽くなった足取りでミリアーナについていくのだった。