70 魔術師、友人を知る
商業区での面倒ごとに懲りて、以後は中央区で過ごしている。ノアは商業区の屋台に満足せず、市民エリアに行きたいと騒がしいが、組織の本拠地なので悪い予感しかしない。予知能力がなくても分かることだ。そんな訳で市民エリアにいくという提案はノア以外の全員一致で却下である。
テイラーさん以外の信頼できる友人についてのクレアからの連絡はまだない。それが不明なこともあって、王女たちの件に関してはいい案も浮かばず放置して10日も経ってしまった。さすがに相手の方が痺れを切らしたのか、茶会の招待状をよこすようになった。最初は第一王女のテレサ様の茶会で、ノアとソアを伴って出かけた。
ソアは王女と良い雰囲気で話をしていた。一方、魔術師である王女の魔法についての話などはノアが関心を持っても良さそうなのだが、ノアは居心地が良くなさそうだった。僕はと言えば、王女の気品に当てられっぱなしで、その淑女ぶりをあらためて認識させられた。
次の招待状は第二王女だった。アリサと行くつもりだったが、ノアがどうしてもといってついてきた。王城に入ると茶会もそうそうに、王女に騎士団の訓練所に誘われた。ノアがドレスではなく、魔術師の正装だったのは幸いだった。さすがにドレスで訓練所は場違いだ。アリサはいつものメイド服なので問題は…なかったと信じよう。
王女に無理矢理模擬戦をさせられたが、素人の僕ではまるで相手にならなかった。騎士のひとりが僕のレイピアに目を付けたので見せることになると、ドラゴンの爪が使用されていることに驚かれた。その切れ味を知られると奇襲にならなくなるのでやりたくはなかったのだが、どうしてもと請われ、騎士のひとりが横に構えた鉄製の長剣を一刀両断にして見せるとさらに驚かれた。もちろん自在剣もどきは持って行かなかった。
そして次の招待状は第三王女からのものだった。ソアとアリサに同行を頼んだが、例によってノアがついてくる。丸め込まれそうで心配なのだが…まぁ、ソアもいるので大丈夫だろうと一緒に行くことになった。場所は王女の自室から出られる庭園だ。エイダ様の私的な庭のようで、それほど広くはないが少人数での茶会にはうってつけの場所だった。王女の部屋に案内されて中に入ると、庭から声がかかった。
「良くきてくれたね。お、ノア君も一緒か、魔法談義ができるね。あとのふたりはソアさんとアリスさんか、みんなこっちに来て座り給え。ミスターはボクの正面だ。すぐにお茶を用意させよう」
ノアが小声でボクに言う。
「なんであたしだけクンなのよ…」
王女は前とはまた違ったドレスだ。いくら王族でも一度袖を通したドレスは二度と着ないなんてことはないよな…そうなのか…
今度のドレス姿もとても可愛い。
「今日はお招きをいただき…」
「堅苦しい挨拶はしなくていいよ。君も苦手だろう、ミスター殿」
「ちわー」
「いいねぇ、ノア君。そのくらいくだけていたほうが話しやすい、そうだろ。この庭なら誰からも覗かれないし、話も聞かれない。ボクの部屋からしか入れないから秘密の話だってし放題だ」
「秘密の話…」
「お、お茶がきたぞ。まずは一服してから話そうじゃないか」
上等そうな紅茶を飲みながら王女の話を聞く。
「上の姉たちのお茶会はどうだったんだい。まさか承諾の返事なんかしてないよね」
「魔法の話と武芸の話だけですよ」
「それは何よりだ、なにしろ2人ともいい女だからね、ミスター殿が篭絡されるんじゃないかと心配だったよ。ミスター殿の性癖がなければテレサで決まってしまっていたかもしれないね」
「なんなの、性癖って」
ノアが聞く。
「あれ、ノア君が気づいていないはずがないよね。君がミスターのお気に入りなんだから」
「ねぇソア、こいつ何言ってんの?」
異世界広しといえども、目の前の王女をこいつ呼ばわりするのはノアしかいないだろうな…
「王女様は、ミスターは若い子が好きと思われているようですよ、ノア」
「まちがいないさ、ミスターがボクを見る目がそう言ってるよ」
「それは誤解ですから、エイダ様」
「でも、ボクを選ぶんだろう」
「そう簡単には…」
「確かに簡単にはいかないね…」
残念王女の笑顔が消えて、真剣な表情になった。
「さて、ここからが秘密の話だ。絶対に他言無用だ。王に知られると身内のボクはともかく、テイラーの首はとぶからね」
どうしてテイラーさんが…
「しばらく前にクレア嬢と会ったよね」
「…」
「ここだけの秘密だ、隠す必要はないぞ」
「誰から聞いたのでしょうか?」
僕の疑問を無視して王女は続けた。
「クレアに求婚されただろう」
クレア嬢からクレアと呼び捨てになったな…
もしかしたら…
「警戒しなくていいよ、テイラー以外の信頼できる友人というのはボクなんだから。クレアが求婚したことは本人から聞いたよ」
「ガーベラが連絡役ですか…」
先日、商業区の広場で出会ったとき、エイダ様の使いと言っていた。使いの相手はクレアだったのだろう。僕たちに出会ったのは本当に偶然だったと言うことか。
「エイダ様とクレア嬢は、どこでどう友人になられたのでしょう」
「毎年王都で開かれる魔術競技会にクレアが出てたんだ。帝国の魔術師としてね。そのときは王国と帝国の関係が表向きは良かった時でね、帝国からも参加者を募ったのさ。もちろん皇女とは知らなかった。帝国も皇女だとは言わなかったしね」
「エイダ様は魔術師ではありませんよね、どうして知りあえたのですか」
「そのときはまだボクがクレアの存在を知っただけさ。何しろ、参加者中で最も若く、あの美貌だろう、おまけに魔法の才能は飛び抜けていた。ボクは一目で魅せられたよ」
「では、友人となったのは…」
第三王女はクレアと友人になった経緯を話してくれた。
王女は幼いときから魔術理論に才能を示し、新しい魔術の開発と実験を行っていた。本人に魔法は使えないので、実験に協力したのが学者肌のテイラーさんだった。開発する魔法の威力が大きくなるにつれ、城内では実験できなくなり、国境近くの荒れ地が実験場に選ばれた。帝国と隣接している地域であるが、帝国側も広大な荒れ地になっていて、侵攻を意図する軍事的作戦ととられる可能性はなかったことが、その地が選ばれた理由だった。しかし、帝国はそれを軍事的挑発と考えた。そこで、それに対抗して国境を挟んだ隣接地を帝国の魔法実験場としたのだ。
「その帝国の魔法実験場にやって来たのがクレアだった。彼女は魔術理論にも優れた天才的魔術師だからね。双方で実験をしている内に、お互いの魔法に興味を持つようになったんだ。ボクは国と国との争いに関心はないから、あるとき国境を越えてクレアのもとを尋ねたんだ。そのときテイラーとガーベラが護衛として同行してくれた。そこでテイラーはクレアと知り合ったのさ。クレアの方もボクの魔法に興味を持っていて、すぐに魔術に関して議論しあう仲になったんだ。幸いというか、実験場にはテイラーとガーベラしか連れて行ってなかったし、クレアの方も従者の女と2人だけで来ていたからね。王や皇帝に知られることなくボクたちは友人になれたってわけさ」
「今では国には黙って国境線のまさにその上に研究所を兼ねた屋敷を建てて、ボクとクレアで一緒に研究しているんだ。どっちの役人も、王都からも皇都からも遠く離れた辺境の荒れ地に視察になんかこないしね」
「で、どうなんだい?」
「どうだとは?」
「クレアの求婚を受けたのかい?クレアに聞いても教えてくれないんだよ」
「返事はしていない」
「どうして?テイラーから聞いているよ、クレアなら君は即断で承諾するんじゃないのかい」
「承諾したら両国が戦争になる。エイダ様との婚姻を受けてもやはり戦争になる。テイラーさんから聞いていないのか」
「うん、まぁ、聞いてるよ。そこでボクの名案があるんだ」
「名案とは?」
「クレアと同時にボクとの婚姻も決めるんだよ」
「そんなのダメー!」
「ノア君も一緒に発表でどうだい、以前にも言ったろ、一緒に娶ってもらおうって」
「それなら…」
「わたしも一緒ですよ」
「なんだ、ソアさんもなのか。大人の女もいけるのか、意外だな。まさかアリサさんもかな」
「あたしとソア、それにアリサはもう婚約してるんだよ。貴族と違って口約束だけどね」
「そうか、それならみんな一緒に盛大に結婚式をあげようじゃないか」
「エマさんも入るかもしれませんね、どうなのでしょうか、ミスター」
まてまて、そんなことをしたら本物の魔法使いになれなくなっちゃうじゃないか…
いや、結婚しただけで資格を失うわけじゃない。僕が貞操を守ればいいだけだ…
まてまて、ちょっとまて、僕は何を考えてるんだ…
そもそも寿命のことがあるじゃないか…
あっという間にとんでもない話になっているんだが…
ソアが全然歯止めになっていないじゃないか…
ええい、どうすれば…
「王国と帝国の両方の姫を娶るのも考えてみましたよ。しかし…」
「おお、さすがはミスター殿だ、で、どうなんだい」
「それでも戦争は回避できないのではないかと。その場合、僕がどちらに居を構えるかが問題になるかと。それに帝国はエイダ様の、王国はクレアの暗殺を謀る可能性もある」
「なんだい、クレアは呼び捨てでボクはエイダ様かい、そういえばノア君も呼び捨てだね。ボクのこともエイダと呼んでくれたまえよ」
「今はそんなことより戦争が回避できないって話を…」
「そうだね、それが問題だね。戦争を回避する名案があったら、ボクとクレアを娶ってくれるかい、ミスター」
「そんな名案があるのか?」
「世の中に絶対ってことはないけれど、大丈夫だと思っているよ」
クレアを諦めなくても済む…
「ノアやソアはどう思う?」
「みんなでミスターと結婚するってこと?」とノア
「いったい何人と…」とソア
「それしか方法がないのなら…あたしは…」
ノアとソアは同意しそうだ…
アリサはどうだろう。僕か、あるいは公爵への忠誠心か…
エマは僕しだいか…
ノアとソアが良ければトールとゴードも反対はしないだろう…
僕は腹をくくって、寿命のことを話すことに決めた。
「返事をする前に、ノアとソア、みんなに聞いておいて欲しいことがある。重要なことだ」
「本当の魔法使いになりたいからって話のことかなー」
「そうじゃない、まじめな話だ…。この世界の人たちは僕から見ると長命だ。200年も生きる。ノアにいたっては300年だ。そうタルトさんに聞いた」
「あたしだけじゃなく、ソアやトール、ゴードだって300年だよ。それが何か問題?」
「ソアはトールの村のうまれじゃないからな、特別に長命じゃないかもしれない。問題はそこじゃない、僕の寿命だ」
「ミスターの寿命?」
「僕の寿命はせいぜい100年だ。つまり残り80年がいいところだ。しかも僕は老化する。君たちのように20や30で老化が止まったりはしない。あと30年もすれば、ノアやソアが今と変わらないのに僕はすっかり年寄りだ。そんな男に嫁ごうってのかい…。みんなの長い人生に僕は応えることができない…」
ノアたちが返事をする前に、王女が言った。
「君はいったいどこの生まれなんだい?」
「ニホンという国だよ。そこでは人の寿命はせいぜい100年だ。100まで生きる者はごくわずかだ。しかも、若くて元気な時間はとても短い。すぐに老人になる」
「そのニホンという国はどこにあるんだい?この大陸には王国と帝国しかないが、そんな名前は聞いたことがない。もしかしたら海の向こうにあるという、伝説の大陸の国なのかい。君はいったい何者なんだ。まぁ、君が何者だろうと早死にだろうとボクは気にしないけどね」
「あたしだって気にしない。トールの村の出身者は特別に長命だから、よそ者と一緒になるとみんな相手より長く生きる宿命なんだ。ミスターが先に歳をとっても気になんかしないよ」
「見かけが変わりませんから、20歳と120歳の夫婦だって普通にいます。老化と寿命の問題はそんな夫婦だって同じです。何も気にする必要はありません」
「どうやら何の問題もなさそうだね。それじゃぁボクの画期的アイデアを説明することにしよう」
王国一聡明と称えられる可憐な少女は、面白くてしょうがないという笑みを浮かべてボクに言った。
「ボクの考えなのだが…」
こいつはノア以上のとんでもない奴だということを忘れていたよ…
★あとがき(撮影現場にて)★
ノア:「ちわー、はいお弁当」
お、ありがとう。あれ、その指輪は?
ノア:「あ、これ、あんたがくれた指輪よ」
僕があげたって…そんな覚えは…あ、それ、何回か前のテイクで使ったルビーの指輪じゃないか!
ノア:「そうよ、あんたがくれた婚約指輪でしょ」
いや、それはドラマの中で主人公が登場人物のノアにあげた訳で…
ノア:「そういうふうにあんたが書いた脚本でしょ。あんたがあたしにくれたようなものよ」
いや、違うと…。それに、それ、宝石商から借りた本物ですからね、返せっていわれませんでした?
ノア:「なんかゴチャゴチャ言ってたけど、あたしの父の名前を出したら、返さなくてもいいって言ったのよ」
さっき気がついたんですけど、まさかずっと着けてたり…
ノア:「そうよ、もうADさんやらメイクさんやら、みんながおめでとうって言ってくれるのよ。だからもう外せなくて…」
まさか僕からもらったなんて言ってたりします…
ノア:「言わなくてもみんな分かってるわよ、毎日あんたのとこに来てるんだから」
それ、宝石商に返しましょう。そうしましょう。僕がみんなに冗談だったと言ってまわりますから…
ノア:「ダメー!」
うう…どうしよう…
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