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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第九話 チカラのカタチ
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話をしよう


 マリアがまた眠りについたので、セナはテントの外に出てみることにした。

 重たい体を引きずって入り口の布を開けば、容赦無く射し込んでくる朝日の眩しさに目がくらんだ。


 息を吸い込めば、新鮮な山の空気が肺いっぱいに広がる。

 どこかから食事を用意するいい香りが漂ってきた。

 空は、雲ひとつない青色。


 里の中心から、子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 と同時に、背後のテントから「わぁっ」と狼狽(うろた)える兄の声。

 目を覚ましたらしい。


 振り向けば、兄が慌ててテントから飛び出してきた。

 その顔は、笑えるくらい真っ赤だった。



「……」

「おはよう」



 気まずさたっぷりの表情で挨拶をしたのは、クリンのほう。

 この様子を見るに、ミサキとのアレは無意識だったようだ。兄らしいと言えば兄らしい。

 さて、からかってやろうか。それともスルーしてやるべきか。

 一瞬迷ったのち、スルーを選んだ。



「俺、どのくらい寝てたの?」



 その対応が正解だったみたいで、クリンはホッとしつつも何食わぬ顔で言葉を返してきた。



「丸一日。熱はないか? 痛みは?」

「熱は、たぶんない。矢が貫通したところが一番痛むけど、歩けなくはない」

「ふくらはぎのところか? 血が滲んでるな。包帯取り換えるから、そこ座ってろよ」

「ん」



 素直に応じて近くの倒木に腰掛けると、テントから薬箱を持ってクリンが戻ってきた。

 包帯を取替えながら、クリンが川の氾濫は抑えられたことと、しばらくここに身を置かせてもらえることになったことを簡単に説明する。

 セナは「そうか」と短めに答えた。


 会話はあまり弾まなかった。

 

 それもそのはず。

 二人は山に入る前から喧嘩をした状態だったし、崖でのやりとりや、セナの凶暴化騒動もあった。

 どこから紐を解いていけば、この空気を解決する糸口につながるのだろうと、互いに手をこまねいていた。


 切り出したのは兄のほうだった。



「少し歩けるか? 話をしよう」

「……うん」




 しばらく無言で里を歩いた。

 里の者に会うたび、彼らは目を覚ましたクリンに笑顔で挨拶をしてきた。

 クリンがそれに笑顔で返していたのを、セナは一歩後ろから眺めていた。



「よく笑顔で返せるな。……って顔してる」

「まあ、思うわな」

「うん」



 クリンは言い訳をしなかった。

 そのまま里を突っ切って向かったのは、マリアが溺れたあの小川。

 水位はまだ高かったが、だいぶ落ち着いたようで、水の濁りが昨日よりも薄まっているように見えた。


 そこにセナの知らない物体を見つけ、セナは怪訝そうにそれを見つめた。



「なにこれ」

「水のうバリケード。僕が考えて、里の人たちと一緒に作ったんだ。これで浸水を防いだ」

「……ああ。それで仲良しこよしの大団円ってか」

「嫌な言い方するなぁ」

「ここで、あいつがどんな目に遭ったのか知ってるくせに、よくこんなものを作ってやれるな」



 理解ができないのも無理はない。

 セナの顔は不機嫌いっぱいという表情だった。


 気持ちはわかるが、クリンだって遊びでこんなことをやったわけじゃない。まるで裏切者のように言われるのは心外である。



「じゃあ、セナならどうやってあの状況を乗り切ればよかったと思う? また、暴力で解決か?」

「それは……」

「言ってみろよ」

「……」



 返す言葉もなくて、セナは「ごめん」と素直に謝罪した。



「僕は、親切でこれを作ってやったわけじゃないよ。僕が持てる力は多くない。マリアみたいな不思議な力も、セナみたいに……崖から川の向こう岸まで飛ぶ力もない」



 あの時に言い争ったことを思い出し、二人は互いに目を伏せ合った。



「でも僕には里の人間より多少の知識があった。僕が切れるカードはそれくらいだった」



 それがこのバリケードか、と、セナは理解する。



「だから、このバリケードを完成させたことも、里の人に受け入れてもらえたことも、僕の力がもたらした結果だ。それをセナにとやかく言われたくない」

「うん。ごめん」



 二度目の謝罪に、クリンはふっと笑って頷いた。



「僕の力と、セナの力は、ずいぶんカタチが違うんだ。だから時々衝突するのも仕方がないし、それも悪くないかなって思うよ」

「……うん」

「まあ、セナの力に助けてもらう方が圧倒的に多いけどね。崖から飛び降りて、なんの関係もない里の子どもたちを助けるなんて、あれはセナにしかできないや。頑張ったな」



 セナはぶんぶん首を振った。



「そんなことない。助けられなかった命もある」

「……。最後の子、残念だったな。僕達も捕って、なにもしてやれなかった」

「そうだよ、間に合ったのに。崖に戻ったらクリンたちは居なくて。里の奴らに襲われて、そうしているうちに……」

「うん。……ごめんな」

「違う、クリンたちが悪いんじゃない」



 あの時のことを思い出したのか、セナは自身の手を見つめた。

 抱き締めた小さな温もりを、まだこの手は鮮明に覚えている。



「応急処置もしてやれなかった。もしかしたらまだ息を吹き返したかもしれないのに、何もしてやれなくて。里の奴らに襲われた時だって、ちゃんとリストラル言語を学んでおけば説得できたかもしれないのに。……俺のせいなんだよ全部」

「セナのせいでは、ないんじゃない? やれるだけのことはやったんだろ。医者にだって救えない命があるんだ。父さんだっていつも言ってた」

「違う、あれは救えた命だった」

「……そうか。じゃあ、覚えておいてやれよ、そういう命があったってこと」

「……」



 セナはまだ自分に納得がいっていないのか、頷くこともできず唇を噛み締めていた。

 自身の不甲斐なさに打ちひしがれる弟に、こんな話をするのは酷かとも思われたが、それでもクリンは言わなければいけなかった。



「でもさ、セナ。これは、なんの言い訳にもならないぞ」



 クリンは洋服の袖をまくって、セナに噛まれた箇所を見せた。

 傷口はなかなか塞がってくれず、包帯が赤黒く染め上がっていた。

 その包帯を、ゆるゆるとほどいていく。


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