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少年たちは、それを探して旅に出る。  作者: イヴの樹
第九話 チカラのカタチ
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傷跡


 男衆の胴上げからやっとのことで解放され、長老を含め里の者から口々に感謝の言葉をもらう。


 だが、まだまだ水害の心配は拭えない。

 あのバリケードがあればしばらくの間は大丈夫だろうが、油断はしないようにとアドバイスし、バリケードの強化対策をいくつか教えた。

 

 里はクリンたちへ感謝と歓迎の意を込めて(うたげ)を用意してくれるそうだ。

 できれば遠慮して、さっさと山をおりてしまいたいところだが、ここは受け入れてみようとクリンは考えた。

 自身も含めて仲間が全員、満身(まんしん)創痍(そうい)だ。下山できる状態に戻るまで、しばらくここに留まる必要がある。


 その好意に便乗して、いくつかの盟約を結び付けることに成功した。

 こちらから下山する意志を示さない限り、ここから追い出さないこと。

 絶対に互いの命をおびやかさないこと。

 友好的に接すること。

 そして、マリアが目覚めたら(むご)い仕打ちをしたことを謝罪し、彼女の治療に協力すること。


 その代わり、今後の水害から身を守る必要な知識をここに置いていくと告げれば、長老は快く承諾してくれた。



 朝日を背に、ひとまずテントに戻る。

 徹夜明けの体を少しでも休ませたかったし、三人の様子が気がかりだった。


 川でマリアを救出して以来、弟たちはずっとテントの中に居たようだ。自分も里の者と水のう作りをしていたため、テントには一度も戻っていない。

 

 静かに声をかければ、ミサキの返事が聞こえてホッとする。

 中に入るとマリアとセナが並んで横たわっていた。その脇に、おそらくずっと看病してくれていたのだろう、疲れた顔のミサキの姿をとらえる。



「お疲れ様です、クリンさん」

「ああ。ミサキもお疲れ様。二人は?」



 気を利かせて差し出してくれたタオルを受け取り、雨と泥でべちゃべちゃになった体を拭う。



「セナさん、あれからすぐに倒れてしまって……何度か目を覚ましたりはしたんですけど苦しそうです。応急手当はしました。マリアも……まだ意識が完全には回復しなくて」

「すぐ診るよ」

「クリンさんだって疲れてるのでは?」

「大丈夫」



 簡単に着替えを済ませて手を洗い、セナとマリアの容態を調べる。

 

 セナの症状は予想通り重かった。ミサキが応急手当をしてくれていたが、どこもかしこも怪我だらけ。血を大量に流したせいか顔も青白く、呼吸が浅い。

 こんな状態で、よく川まで飛び込み、マリアを蘇生させることができたものだ。

 

 そのマリアと言えば、こちらもまた重症である。まず、最初の一撃で受けた顔の右側、こめかみ部分だ。ひどく腫れ上がり、化膿してしまっているせいで高熱が出ている。

 それに加え、あの川での仕打ち。溺れた時に大量に水を飲んだのか、何度か嘔吐したようだ。感染症にかかっていなければいいが。


 また、心肺蘇生法による胸部圧迫で、肋骨が折れてしまっているようだ。幸い折れた骨が内臓に突き刺さるような状態ではなさそうだが、ずいぶんと呼吸が苦しそうだ。ただ、あの処置を施せばほとんどの患者がこうなることはクリンにもわかっている。セナの処置は適切だったと言えるだろう。

 何度か意識は取り戻したとミサキは言うが、いまだ油断はできない。

 


「ミサキ、大変だったな。顔色が悪いけど、ちゃんと寝た?」

「……ええ」



 曖昧(あいまい)に笑っている彼女の顔も、ひどいものだ。

 自分よりも彼女のほうが休んだほうがいいかもしれない。


 ふと見れば、テントの隅に見覚えのある木製の器。

 三つの器のうち、空っぽになったのは一つだけ。残りの二つは手をつけていないようだった。

 どうやらセナもマリアもスープを飲むことができなかったようだ。



「ミサキはこのスープ以外にちゃんと食べたのか?」

「……え?」

「え?」

「私は、スープは……」

「じゃあ、これは?」

「セナさんが。あの、止めたんですけど」



 そう説明したミサキの指先が尋常でないほど震えていて、自分が今何を優先すべきかを知る。

 セナは自分で飲んだのだろうが、ミサキは起きていたのにスープを飲まなかった。マリアにも飲ませなかった。



「そっか」



 軽く相槌(あいづち)を打って、自分のリュックから非常用缶詰を取り出す。

 蓋を開けると、桃の甘い香りがテントの中に漂った。

 それを少し強引に差し出せば、ミサキはそんな気分じゃないと言わんばかりに首を振る。


 受け取ってもらえなかった缶詰を床に置き、クリンはミサキの横に並んで座った。



「ミサキ」



 そっと、背中に手をあててみる。



「よくがんばったな。ありがとう、二人を診てくれて。……怖かったな」

「……うっ」



 ミサキは伏せた顔を両手で覆い、ぶんぶん首を振った。その肩が頼りなさげに震えている。


 ほぼ丸一日。いつ自分の命がおびやかされるかも知れないこの緊迫した状況の中で、この子はたった一人きりで瀕死の仲間を看病していたのだ。こんな閉鎖された空間で。

 それがどれほどの恐怖であったか、想像にたやすい。


 スープは飲まなかったんじゃない。怖くて飲めなかったのだ。毒が入っているかもしれなかったから。


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