竜崎 赤斗VS防衛大学 4
官房長官室───
「竜崎とやらを任意同行させたのはいいが、ヤツは本当に機密漏洩を企んでいるのかね? 村山君。」
「はい、長官。それはもう間違いなく。」
「何か証拠はあるのか?」
小菅官房長官がジト目で村山を睨んだ。
「ヤツはイギリスの男爵であり、度々朗党を引き連れて訪英しています。そして今回、我が防衛大学の成績優秀者を中退させて、アメリカに滞在させるという情報を得ています。」
「それのどこが証拠というのだ。君は我が国とイギリスの関係を悪化させたいのか?」
「滅相もございません、長官閣下。証拠なら自白という確固たる証拠がありますです、はい。」
「自白したというのか?」
「それはこれからですが、必ずや。」
「・・・この件は君が責任を持ってやりたまえ。我々政府は関与しとらんよ、よいな?」
「承知致しました、閣下。」
(いつから我が国に『証拠』というものが必要になったんだ?。いつものように証拠など適当に作ればよいものを。)
「結局、主様からご連絡なかったわね・・。」
律たちは誰一人一睡も出来ず朝を迎えた。
「あぁ、主様・・。」
颯の顔は般若のままだった。
「理子に連絡して二人をここへ呼びましょう。それと瑠璃子姉さんやさくら達にもこのことを伝えないとね。」
律はどうやら覚悟を決めたようだ。
「みんな聞いて。私たちは今、最大の危機を迎えているわ。この先どうなるかわからないけど覚悟を決めてね。」
「覚悟ならとうに出来てるわ。」
「颯姉の言う通りよ! クソッタレ野郎ども皆殺しにしてやる!」
「バカ! 戦争するわけじゃないのよ。私の言う覚悟は、主様の身に何か有ったとしてもということよ。」
「な、バカはどっちよ! 律姉がそんなことを言うなんてどうかしてるよ!」
「律の言う通りかもしれないわ、蘭。主様は蘭の言うようなことを望んでないわ。」
「颯姉まで何を言うのさ! もういい! 昔の仲間を呼んで主様を助けに行く!」
「狼狽えるな! たわけ者!」
律の裂帛の気合いが炸裂した。
しかし、今の声は───
「律姉さん、どうしたの? 男みたいな声を出して。」
颯が心配そうに律に言った。
「───えっ? 私がどうしたの?」
律はキョトンとしていた。
「・・・何でもないわ。聞き間違えね。」
「とにかくみんなに連絡しましょう。颯、頼むわね。」
「分かりました、律姉さん。」
公安庁 取調室───
「諸角 亮子を退学させて何を企んでいた? さっさと自供した方があんたの為だぞ。」
「彼女に世界を知ってもらう為だとさっきから言ってるだろう。それより早く弁護士に連絡取らせてくれないか?」
「それは出来ないな。共謀罪容疑に弁護士は付けられないのだよ。」
「ほぉ、いつから日本は法治国家を辞めたんだ? なら今後一切口を開かないことにしよう。」
「その強がりがいつまで続くかな? ハーレムの女達の身体に訊いてもいいんだぞ?」
「そんなことしてみろ、貴様ら只ではおかんぞ。」
竜崎 赤斗は極端な相互主義者だ。従って非道には非道を以て応えることに躊躇はない。その相手がたとえ国であろうと。
気迫のこもった赤斗の言葉が、百戦錬磨の取調官の心を震えさせた。
「ま、まあいい、時間はたっぷり有るからな。」
(お前たち、出来るなら中国の孫婆さんの元へ逃げてくれ・・。)
LOVE.RED本社───
「何ですって!!!???」
「ど、どうしたの!? さくら。」
楼蘭 さくらの叫びを聞いて馬飼 里奈が事務所に駆けてきたが、さくらは震えたまま固まっていた。
「さくら、しっかりして!」
里奈がさくらの頬を平手打ちすると、さくらはようやく正気を取り戻した。
「あ、主様がどこかに連れて行かれて、お帰りにならないみたいなの───」
さくらは流川 紅葉を呼び寄せて事情を説明した。
「それで律姉は里奈たちに何て?」
「捜査の手が行くかもしれないから、どこかに隠れてって。」
「ちょっ、何言ってんの律姉は。里奈も東京へ行く! 行こう!紅葉。」
「うん!」
紅葉は顔を強張らせて返事をした。
「ダメよ! 律姉さんは、姉妹達を一ヶ所に集めて逮捕するのが目的かも、と言ってたわ。」
「ふざけんな! アンタはここにいればいいよ。私と紅葉だけで行く。逮捕でもなんでもしたらいい、そうすれば主様の近くに居られる!」
「そうよ、主様お一人じゃあまりにお可哀想だわ。第一、主様のいらっしゃらない世界に未練なんてない。」
日頃あまり感情を出さない紅葉が、珍しく声を荒くして言った。
「そうね、私の心も二人と一緒よ。分かった、みんなで東京へ行こう!」
さくらは覚悟を決めた。自分たちが行ったところで足手まといになるだけと分かっていても、心を止めることは出来なかった。
∞(インフィニティ)統括支配人室───
「何てことを・・。国民栄誉賞を授与したときに何人かの政府関係者と知り合いになったから、何か知ってるか探ってみるわね。」
飛田 瑠璃子が律に言った。
「ありがとう、助かるわ、瑠璃子姉さん。」
「主様の一大事よ。当たり前でしょ。」
「それで律ちゃん、新一君の方は?」
「うん、場合によっては今回も力を借りるかも。」
「そう、そうね、それがいいわ。」
瑠璃子は律との通信を切り、まず官房長官の小菅に電話をした。
「おぉ、飛田か君久しぶりだな。どうしたのかね?」
瑠璃子は単刀直入に小菅に訊いた。
「竜崎 赤斗? そういう男は知らんよ。」
「そうですか・・。ありがとうございます。」
(あの口調は何か知ってるわね。マズイわ、官房長官が絡んでいるとなると。)
瑠璃子は次の政府関係者に連絡を試みた。
中国 孫 楊貴邸───
「な、な、な、なんじゃとーー! 大君が拘束されたじゃと? 何という無礼千万な輩じゃ。 だからそやつをとっとと八つ裂きにしとけば良かったんじゃ!」
孫 麗華の耳がガンガン鳴った。
「そんなことをしたら、殺人教唆で大君が死刑になります。大叔母様は私たちの主様を害するおつもりですか!」
麗華の大喝だった。
(おぉ、孫家当主のワシを叱りつけるとは麗華もやるようになったわい。大君の御為にもコヤツを孫家の次期当主にしようかの・・。さすれば中華は大君の思うままじゃて。)
「まさかの。じゃがこれで大君より受けた命令を実行出来るわい。というより密かに進めていたがの。ガハハ。」
楊貴婆はそれ見たことかとばかりに豪快に笑った。
「ありがとうございます、大叔母様。一刻も早く主様をお助けしたいの。」
「分かっとるわい。じゃがの、お前たち従者は何も分かっとらんのぉ。」
「え? 何をでございますか?」
「大君の力じゃよ。」
「力? 力とは何でしょうか、大叔母様。」
麗華はこの大叔母の言うことが分からなかった。コンクリートの壁を素手でぶち破って脱走するとでも言いたいのだろうか。
「かあっ、お前ホントに孫家の人間か? 大君が何と呼ばれとったか忘れたのかえ?『大徳』じゃ。」
「それは存じておりますが、徳でコンクリートは破れません。両大将軍ならあるいはですが。」
とんでもないことを麗華は真面目に言った。
「阿呆、誰がそんなこと言ったんじゃ? だいたい大将軍なら、ボケどもに捕まる前に皆殺しにしとるわい。まぁよいわ、そのうち大君の力を見ることもあろうよ。」
中華の覇者になるやもしれなかった男を、小国の役人風情がどうにか出来るはずがない。そう楊貴は言いたかったのだが百聞は一見にしかず、いずれ麗華にも分かるはず、と楊貴はそれ以上言うのをやめた。
「とにかく皆にも伝えい。己が仕える主を信じて、あまり狼狽えるなとな。分かったな、麗華。」
「はい、大叔母様。みんなに伝えます。それではこれで失礼します。」
(大君も大君じゃ、早うご自分の力に気付いて欲しいものじゃて・・。)
「───と大叔母様は仰っておりました、理子姉さん。」
麗華は孫婆とのやり取りを理子に報告した。
「主様のお力・・。それがどういうものか分からないけど、主様を信じろと言ったのはその通りね。それで私たちはどうしようか?」
理子は自分たちも律と合流すべきか麗華の意見が聞きたかった。
「律姉さんが考えるように、なるべく一ヶ所に集まらない方がいいと思います。」
「そうね・・。なら私たちはここで楊貴叔母さんの連絡を待ちましょう。」
理子は『Synchronicity』で事の成り行きを見守ることにした。
「マズイわね。さくらたちがこちらに向かってるらしいわ。あれほどこちらに来てはダメと言ったのに。」
律がため息をついた。
「だけどさぁ、律姉はさくらちゃんたちが来ること分かってたんでしょ?」
蘭が言った。
「まぁね、あの子たちは後先考えないから。」
「違うでしょ、律姉さん。本当は来て当たり前だと思っていたのでしょ?」
颯がニヤニヤしながら律に言った。
「口を挟む失礼を許してください。ここはバラバラでいるより、一ヶ所に集まる方がむしろ安全です。」
今まであまり口を開かなかった亮子が初めて律に意見した。
「どういうことかしら?」
「はい、この建物の設計図書を拝見したところ、機動隊の一個小隊程度では、この隠し部屋を短時間で制圧することは不可能と判断しました。」
「ただし中隊以上で可能となりますが、かつてこの国で一個中隊が動いたのは『浅間山荘事件』以来ありません。」
「なるほどね、主様の嫌疑がまだ十分でない現段階で大掛かりな捜査は無いでしょうし、ましてここは医療センターだわ。向こうもあまり無茶なことはしないでしょう。」
「その通りです、律姉さま。一方、バラバラになりますと各個撃破される可能性が大ですので、ここはこの隠し部屋に立て籠り、主様の奪還方法を探りつつ、相手の出方を待った方が得策と考えました。」
「そうね、あなたの言う通りだわ。なら理子と麗華も至急呼びましょう。」
律が感心したように言った。
「いえ、姉さま。理子姉さまたちは別の場所に行って頂きます。」
「えっ? どこに?」
「『R.U』本部です。あそこは盗聴防止機能も完璧ですし、エリザベス女王とのホットラインも備わっています。つまり第二の作戦本部として活用するためにお二人に行ってもらいます。」
「さすがだわ、亮子。この短期間によく調べたわね。主があなたのことを『私の軍師』と仰ったのがよく分かる。」
律が真顔で言った。
「これからも頼りにするわよ、亮子ちゃん。」
「ホントすごいわ! 主様や律姉とは違った才能だね。」
颯と蘭は笑顔で亮子を称賛した。
「いえ、ここから始まりです。皆さん宜しくお願い致します。」
大学時代には味わえなかった実戦の緊張感に、諸角 亮子は悦びを感じていた。




