竜崎 赤斗VS防衛大学 3
「我が君、それはなりません!」
『R.U』本部にある会長室で諸角 亮子が叫んだ。
「亮子の言う通りです、主様。それでは主様に矛先が向いてしまう可能性があります。」
筆頭秘書の羽根川 律が亮子に同意した。
「麗華に頼んで孫一族の力を借りることが出来たのは良かったのだが、冷静になって考えると、やはり身内である亮子のゴタゴタは、我々身内で解決しなければならんと思うのだよ。」
革張りの豪華な椅子に座った竜崎 赤斗が二人に向かって言った。
「それとな、孫婆さんには悪いが、私を『大君』と呼ぶのがどうにも不気味なんだよ。」
(変に借りを作って『ご褒美に奉仕させてくれ。』なんて言われたら堪らんからな。)
それが本音だが二人には言わなかった。
「亮子のせっかくの好意を無にするようで済まんが、一度その学長とやらに会って話をしてみようと思う。」
「そ、それでは我が君があらぬ疑いを掛けられる危険があります。」
亮子が心配そうに言った。
「それは分からんよ、案外話の分かる男かもしれん。」
「お言葉ですが、我が君はあそこがどういうところか知らなすぎます。」
防衛大学に四年余りいた亮子は、大学の裏の顔をよく知っていた。
国防を担う幹部自衛官を育成する防衛大学は、実際の軍隊とその本質はなんら変わらない。一言で言うなら常識の通用しない世界、それが防衛大学というところだ。
その学長に掛かれば、一民間人にあらぬ疑いを掛けて投獄することなど、さして難しいことではない。
もちろん、ほとんどの教官や学生は高い志を持った優秀な人間であるのだが、現在の学長である村山は天下り学長のせいか、高い志とはまったく無縁の物欲と色欲にまみれた男であった。
「知らないから会って確かめるのさ。昔ならいざ知らず、現代の日本で余り無茶苦茶なことはしないだろう。」
赤斗は気楽に考えていた。
「もう決めたことだ。律、麗華に昨日の件は取り消すと伝えてくれ。」
「かしこまりました、主様。」
「二人とも心配するな。世の中だいたいのことは何とかなるものさ。」
それは主様だからです、と律は言おうとしたが、赤斗の言うように、会えば穏便にいきそうな気がしたので命令に従うことにした。
しかし数日後、律はこのときのことを後悔することになる。
防衛大学学長室───
「学長、竜崎 赤斗という方が諸角 亮子さんのことでお会いしたいとのことですが、如何致しましょう?」
内線を通して受付係が村山に伺った。
「竜崎だと? そこにいるのか?」
「いえ、電話です。ご都合がよろしければ伺うとのことです。」
諸角 亮子のことと言えば要件は間違いなく退学に関したことで、おそらく竜崎 赤斗は諸角 亮子のバックにいる人間だろう、と村山は推測した。
品行は良くないが、頭の回転はさすがに早かった。
(これは面白い。)
「分かった。明日の午後一に来て頂け。」
「かしこまりました。」
「それと、その男の身辺調査をして今日中に報告しろ。」
そう受付に言って村山は内線を切った。
(いい金づるになるかもしれんの。)
村山はほくそ笑んでいた。
「明日の午後一で会ってくれるとのことだ。ほらみろ、結構良いヤツかもしれんぞ。」
「だといいのですが・・。」
律は、ハーバード大学在学中に接近してきた教授たちのことを思い出していた。彼らのことを考えると今でも虫酸が走った。
「主様、やはり蘭だけでもお連れくださいませんか?」
「ダメだ。律よ、私が相互主義者だということは知っているだろう?」
相互主義とは相手の出方にこちらを合わせることをいう。
相手がこちらに礼を尽くせば、こちらも相手に礼を尽くす。逆に相手が無礼ならこちらも無礼に、そして非道なら非道に、といった具合だ。
「今のところ学長の出方は分からんが、少なくとも門前払いをされたわけじゃない。なら、こちらもそれなりの対応を取る。」
「そうでした。なら律はもう何も申しません、御心のままに。」
「済まんな。なるべく穏便に済ませたいのだ。」
中国 孫 楊貴邸───
「何じゃと? どういうことじゃ麗華。」
「はい、大叔母様。大君は、やはり自分たちの問題は自分たちで解決したい、と仰っていらっしゃいます。」
「かぁ! なんと水くさい御方じゃ。じゃが大君の命令なら従うまでじゃの。」
「ありがとうございます、大叔母様。」
「じゃがのぅ、日本にいる工作員は大君には内密にそのまま動かすぞ。よいな。」
「それとな、麗華。例のAIじゃが・・・」
防衛大学学長室───
学長の村山は調査報告書に目を通していた。
(何だこの竜崎って男は・・・。国民栄誉賞の飛田 瑠璃子、ハーバード10 羽根川 律、南雲総合医療センター院長 南雲 颯らの上に立ち、エリザベス女王より男爵位を与えられただと!?)
それに諸角 亮子までも、と考えたら村山は無性に腹が立ってきた。
「まるでハーレムじゃないか!」
思わず声を上げて怒鳴った。
(待てよ・・・、エリザベス女王となると、竜崎め、さてはイギリスに日本の機密事項を売る気だな───待てよ、この事を官房長官に知らせれば手柄になるな。)
村山は受話器を取りダイヤルを押した。
それぞれの思惑がはびこる中、嵐の前の静けさよろしくその日は過ぎていった。
「竜崎 赤斗様ですね、学長より連絡を受けておりますのでご案内致します。」
受付係が赤斗に言った。
「よろしくお願いする。では、蘭、すまんが駐車場で待っててくれ。」
「はい、会長。」
御堂 蘭は運転手として赤斗を防衛大学まで送ってきたが、やはりそれ以上の同行を赤斗は許さなかった。
蘭は言われたように駐車場へ向かったが、ふと大学構内の空気が変わったことに気がついた。
御堂 蘭はその昔レディースの総長まで登り詰めた女だ。その蘭は、その時にイヤというほど感じた空気を思い出した。
(ヤバいよ律姉! この敷地内に警察と公安がたくさんいるよ。あ、主様が!)
蘭は迷っていた。赤斗に知らせに行くか、律に知らせに行くか、それとも駐車場で待つか。
その時、蘭とすれ違った、学生と思われる女が小声で言った。
「何も言わず後について来てください。どこも見ないで。」
幾多の修羅場をくぐり抜けてきた蘭は、その直感で女の指示に従うことにし、自然な仕草で女の行く方向に歩いていった。
建物の死角に入ると女が待っていて、蘭に紙切れを渡し遠ざかって行った。
蘭は素早く紙切れに書かれた文字を読んだ。
(このまま歩いて最初の非常口から外に出て逃げてください 色を見た者より)
蘭は自分の勘が正しかったことを知り、すぐさま書かれた通りの行動に移った。
(あぁ、主様、主様! アタシが必ず助けるから、それまで待ってて!)
蘭は心の中で叫んだ。
「初めまして、竜崎 赤斗と申します。」
「ほぅ、君が売国奴の竜崎かね?」
机の前に立つ男が言った。
「あなたは村山学長じゃないな。」
赤斗は村山の顔を知らなかったが、目の前の男が放つ暴力的な匂いは、明らかに学長という人種を否定していた。
「ほぅ、よく分かったな。どうやらただの間抜けではないらしい。」
男は赤斗をからかうように言った。
「それであなたは誰で、私に何の用ですか? 私は学長と話しがしたいのだが。」
「村山先生と話しをする前に私と話して貰おうか。ここではなく公安庁でな。」
(公安か! しまった・・ 律、済まん。)
赤斗は心の中で律に謝った。自分の行く末より律に謝ることを先に考える。竜崎 赤斗はそういう男だった。
「さて、ご同行願おう。おいっ。」
男が言うと数名の黒服が赤斗を囲んだ。
(蘭! 上手く逃げてくれ!)
蘭は何とか構外へ出て『R.U』本部にいる律に連絡した。
「モシモシ、律姉、主様が!」
「落ち着いて、蘭。私たちは今、颯の病院にいるわ。あなたも早く来て。」
「何で颯姉のとこに? まさか本部まで!」
「そうよ。でも話は後で。来る場所は分かるわね?」
「分かる、あそこね。すぐ行く。」
羽根川 律と諸角 亮子はやはり学長を信用していなかった。そこで、このような事態に備えて南雲医療センター内に密かに用意していた隠し部屋に、前もって移っていたのだ。
隠し部屋にあるモニターに映る『R.U』本部に今のところ異変は無いが、蘭の様子から律と亮子は赤斗に良からぬ事態が起きていることを察した。
律と亮子が今後の対策を講じていると、手術を終えた颯が隠し部屋に入ってきた。
「律姉さん、主様は無事なの?」
「まだ何とも言えないわ。その前に紹介するわね、こちらが新しく主様の従、そして姉妹になった諸角 亮子よ。」
律が亮子を紹介した。
「はじめまして、諸角 亮子です。よろしくお願いいたします。」
亮子がすでに般若と化した颯に挨拶した。
「あなたのせいなの? あなたが原因で主様がこうなったの?」
事情をよく知らない颯は怒りの矛先を亮子に向けた。天才脳外科医も赤斗のことになると人が変わってしまう。
「やめなさい、颯。亮子が原因ではないわ。それに、まだどうなるか分からないのよ。」
律が颯を諌めた。
「ごめんなさい・・。私、主様のこととなると、どうしても自分が自分でなくなるの。」
「謝らないでください、颯姉さん。姉さんの気持ち良く分かります。」
亮子が気遣った。
「ん? 蘭が来たようね。」
隠し扉が開き、蘭が入ってきた。
「姉貴たち、今帰ったよ。主様を護れなくてゴメン。」
蘭が顔を真っ青にしながら姉妹たちに言った。
「いいのよ、蘭。あなたが無事なら、主様はきっと褒めてくださるわ。」
姉妹たちは揃って頷いた。竜崎 赤斗は自分より従を第一に考える主だと、誰もが認めていた。
「それで律姉、これからどうするの?」
蘭がいてもたってもいられない様子で律に訊いた。
「亮子とも話したけど、ここで一晩主様からの連絡を待ちましょう。行動を起こすのは明日になってからね。」
「何ですって!? そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ! 主様の身に何かあったらどうするの!」
颯が吼えた。
「落ち着いて、颯。主様は英国男爵でいらっしゃるのよ。もし主様に危害を加えたらエリザベス女王が黙っていないわ。それくらいのこと向こうも考えてるわよ。」
律が冷静に答えた。
「なら、その女王に事情を話して助けを求めたら?」
蘭が律に言った。
「それは出来ないわ。女王が出れば最悪国際問題になりかねないでしょ。」
「そんな・・。」
「いよいよとなれば女王を頼るかも知れないけど、現段階でそれは出来ないわ。」
「あぁ、もう! 律姉は主様がどうなってもいいと言うの?」
「そぎゃあなこといいわきゃなかろうも!」
興奮した律は思わず三河弁が出た。
「律姉さん、落ち着いて。」
颯が律の肩を抱いて言った。
「颯、ありがとう。大丈夫よ。とにかく一晩待って主様より連絡が無ければ、麗華に話して孫家の知恵を借りるつもりよ。」
律は姉妹たちに言った。
律たちにとって長い夜の始まりだった。




