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R. U ─赤の主従たち─   作者: 幻斗
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竜崎 赤斗VS防衛大学 2

孫 楊貴は点心の最中だった。

楊貴は齢104歳にして、いまだ食欲旺盛の名門『孫家』の当主である。

「楊貴様、お食事中誠に申し訳ございませんが、国際電話が入っております。」

使用人は恐る恐る楊貴に告げた。

「何じゃ? ワシは点心を邪魔されるのが一番嫌いだと知っておろうが。」

「は、はい。ですが麗華様が急ぎだからどうしてもと仰いまして・・。」

楊貴はジロリと使用人を見た。

「バカ者! なぜそれを先に言わん。はようよこせ!」

使用人は慌てて受話器を楊貴に渡した。

「ワシじゃ、麗華か?」

「はい、麗華でございます。点心中とのことで申し訳ございません。」

「よいよい。それより大君おおきみは息災かな?」

「はい、実はそのことで大叔母様にお話しがございます。」

「何じゃと? しばし待て、人払いする。」

「よいか、これより何人たりともこの部屋に入ることを禁ずる。電話も一切取り次ぐな。命令を違えばヌシの命はない。」

楊貴が使用人に申し付けると、使用人は頭を何度も縦に振り、足早に部屋を出ていった。


「待たせたな、麗華。それで大君の話とは何ぞや?」

「はい、実は───」

麗華は事の顛末を楊貴に分かりやすく話した。

麗華の話を頷きながら聞いていた楊貴の顔はみるみる赤くなり、怒りの表情をあらわにした。

「な~んじゃ~と~、我が大君の従者を辱しめ、さらには凌辱しようとな? 分かった。早速二人ほど送るから八つ裂きにしてシナ海に放り込むがよいぞ。」

楊貴が鼻息を荒くして麗華に言った。


「それは少し困る、と我が主が申されております。」

流暢な中国語を話す、麗華とは別の女の声が受話器を通して楊貴の耳に入った。

「ヌシは誰じゃ?」

「これは申し遅れました。お電話で失礼致します、私は竜崎 赤斗の秘書をしております羽根川 律と申します。」

「・・・・ハネカワ ───グハァ!」

楊貴は思わず叫んだ。

(だ、大将軍がなぜワシを─── いや、なぜ麗華と一緒におるのじゃ?)

「楊貴様! 如何なされましたか!」

部屋の外に控えていた使用人が、楊貴の叫び声を聞いてドアを叩いた。

「な、何でもない。入ってはならん!」

楊貴は使用人が入ってこようとするのを制止した。この会話を一族以外の者に聞かせてはならなかったからだ。

「大、いや、ハネカワ・・さんとやら、済まんが麗華と代わってくれんかね?」

やっとの思いで楊貴は律に言った。


「大叔母様、大丈夫でございますか?」

「大丈夫なわけなかろう。なぜ、大・・いや、秘書がそこにおわ、いや、おるのじゃ?」

この会話は大将軍ハネカワも聞いているはず、と思った楊貴は慎重に言葉を選んで話した。


先祖は『陰からお護り参らせよ。』と命じられた。ならば、孫一族の存在を大君とその郎党に知られては絶対にならなかったはず。にも拘わらず自分と麗華の会話に大将軍は割って入った。

となれば、大将軍は我々一族のことを知っていることになる。もし大君までも知っているとなると最悪の事態となってしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。

しかし、いかな妖婆『孫 楊貴』も、突然の律の登場にパニックに陥り、重要なことを失念していた。


確か律はこう言ったではないか。

『それは少し困ると我が主が申している。』

と───


「これには色々と事情がありまして、その・・大君は最初からご存知でした。」

バツが悪そうに麗華が言った。

「何じゃと? なぜそれを早くワシに言わなかったのじゃ?」


「あぁ、お話し中申し訳ないが、いいかね?」

「今度は誰じゃ? ワシは今大事な話をしておる。」

楊貴は少々苛立ちながら、電話の向こう側にいる男に向かって言った。

「それは申し訳ない、竜崎 赤斗と申します。」

「竜崎 赤斗───!! あべしっ!!!」

妖婆『孫 楊貴』の心臓はここで止まった。最後の言葉は『あべし』だった。


「ん? 麗華よ、大叔母さんとやらの様子が変だぞ。返事がない。」

「えっ!? それは大変! 大叔母様!大叔母様! 如何なされましたか! 大叔母様!」

麗華が懸命に電話口から呼び掛けるが、やはり返事はなかった。

「まさか大叔母様・・。」

「私が呼び掛けてみよう。孫さん! 大丈夫ですか!」



「う、う~ん。ワシは一体・・ 何が・・。」

電話口から微かに声が聞こえた。

「あぁっ、大叔母様、良かった!」

麗華が安堵の声を上げた。


確かに楊貴の心臓は止まったのだが、大君と呼ぶ赤斗の呼び掛けに楊貴の魂が呼応し、奇跡的に息を吹き返した。

後に判明したことだが、このとき楊貴が息を吹き返した原因は赤斗の呼びかけだけではなかった。


(もしかしてワシは死んだのか? じゃが、大君のお声が頭の中に鳴り響いて・・・そういうことか!)

「麗華か? ワシはどうやら死んどったようじゃ。じゃが、大君のお声がワシをこの世に引き留めて下さったようじゃの。ご先祖に次いでワシまで・・。」

(この大恩はこの先短い生涯ですが、決して忘れませぬぞ、大君。)

楊貴は感激のあまり涙したが、元々心臓が止まった原因は赤斗が電話を代わったからである。

だが、赤斗が楊貴の命を救った?のは事実であり、結果オーライでこのとき楊貴と麗華の絶対なる忠誠を得たのである。


「はい、大叔母様。大君は孫家にとって神に等しいお方でございます。」

とうとう麗華は赤斗を神にしてしまった。

「おぉ、麗華。お前の言う通りじゃ。」

どうもこの一族は大袈裟だ。


「あぁ、度々済まないが、少々急いでいるのでよろしいかね? それと私は神なんかじゃないのでヨロシク。」

どういう経緯で神にされたのかさっぱり分からない赤斗は、本題に戻そうと躍起になった。

「は、はい、大君、いえ主様。申し訳ございません。それで大叔母様、先ほどの件でございますが──」

「分かっておるぞ、麗華。我が孫家は大君のご命令に全面的に従うまでじゃ。それでどいつを殺せば良かったかの? ワシが命じれば5分後にはあの世行きじゃて。」


赤斗は二人の小芝居に少し頭に来ていた。いつまで経っても本題に入れない状況に、ちょっと意地悪してみたくなった。

「予の前でいつまで戯れておる。 ウヌらの飼い主は誰ぞ?」

「とまぁ今のは冗談だが、大君とやらならこう言ってるとこだな。ん?どうしたお前たち。」

見ると、麗華はともかく、理子や蘭まで床に這いつくばって頭を床に擦り付け震えていた。

律は片膝を着く臣下の礼を取り、毅然と頭を下げ赤斗の傍で控えていたが、意外なのは亮子で、彼女だけは平然と碧眼を光らせながら微笑んでいた。

(コイツら一体何なんだ? 一見それぞれの身分に応じた礼を取っているようだが・・だとすると亮子が一番格上?。しかし、この分じゃ婆さんまた死んでるな。)

赤斗の予想に反して楊貴は死んでおらず、皆と同様床に這いつくばって震えていた。


(す、凄まじい『気』じゃ。こ、これが大君か・・。ワシなどとは桁が違いすぎる。)

孫 楊貴は心底恐れを成していた。


楊貴にも自負というものがあった。仮にも名門『孫家』の当主であり、かつてその一声で中国を動かしたこともあった。もちろん今でも可能だが、さすがに老いてからは国政への興味が無くなり、昔に比べたら随分大人しくなったと自覚していた。

だが、それでも裏社会を生きてきた『覇気』を、誰よりも備えていると自負していた。

その覇気でさえ、ふざけて大君の真似事をした赤斗の前では文字通り『赤子同然』となって消し飛んでしまった。

これが数多の戦場を駆け巡って国を興した者と、その出来上がった国でイキがっている者の差なのだろう。


孫 楊貴はよわい104歳にして初めて理解した。


「さあ、みんな。おふざけ、いや真剣なのかもしれないが、もうその辺にして話を進めようじゃないか。」

「はい、主様。」

我に返ったように全員が揃って返事をした。


「よろしい。では私が楊貴殿にお願いしたいことは───」


すべてを聞き終えた楊貴は、間髪入れずに言った。

「お安い御用でございますじゃ、大君。ただちに日本に潜伏している配下に申し付けましょうぞ。」

「それはありがたい。良かったな、亮子。これで万事うまく行くだろう。」

「はい、我が君。このご恩は一生忘れません。」


諸角 亮子は深々と頭を下げた。と、その時───

「あいや、お待ちくだされ!」

楊貴が叫んだ。

「またかね、今度は何かな?」

赤斗は辟易して楊貴に言った。


「今大君は『亮子』と言われましたかの? どんな字であろうか?」

赤斗は面倒なので麗華に説明させた。

「おおっ、そのおなごはまさしく『大先生』じゃ! もしや碧眼ではなかろうか?」

「はい、大叔母様。片方の瞳がそうです。」

麗華が答えた。

「かあっ、とうとう大先生まで! あいやー、ワシも大君にお逢いしてご奉仕したくなったわ。」

「いや、それは丁重にお断りしたい、というか断る。」

赤斗と麗華を抜いた全員の目が点になり、麗華は代わりにペコペコ赤斗に頭を下げて謝っていた。


「それではよろしく頼みます、楊貴殿。ではこれにて失礼します。」

これ以上話していると本当に楊貴が奉仕しに来そうで、赤斗は早々に電話を切った。


「ふぅ、すごい婆さんだな。てか亮子、お前いつから『大先生』になったんだ?」

「はっ、まったく身に覚えありません。」

亮子はキョトンとした顔で答えた。

「だろうな。何せ私が大君だもんな。おい、理子に蘭。変な妄想してんじゃないだろうな?」

理子と蘭は図星を突かれてあたふたした。どうやら二人は、楊貴婆が赤斗に奉仕してるところを妄想していたようだった。顔に出さなかったが、ついでに律もそうだった。


「さて、麗華よ。お前と婆さんの様子を見ていたら、うっすらと孫一族と私の関係、そして私自身のことが分かったような気がするが、お前の口から説明してくれないかね?」

赤斗はいよいよ核心に触れた。


麗華はしばらく考えて答えた。

「恐れながら申し上げます。主様が今お訊きになられたことに関して口を閉ざせと、先祖より固く命じられておりますので、どうかご勘弁を。」

「何じゃそら?」

赤斗はほとほと呆れた。

「麗華、あなたの主は先祖? それとも赤斗様?」

たまりかねた律が問い質した。

「まぁよい、律。麗華のお陰で一族の助けが得られたのだ。今回はここまでとしよう。」

「ありがとうございます、主様。ただこれだけは一族を代表して申し上げます。我ら孫家は竜崎 赤斗様に絶対の忠誠をお誓い致しますので何なりとご命令くださいませ。」

麗華は凜とした態度で赤斗に言った。


「それは光栄だ、と言いたいところだが、残念ながら孫家が忠誠を誓うのは竜崎 赤斗ではなく『大君』とやらにだろう。」

「だが、お前たちは竜崎 赤斗、この私に忠誠を誓ってくれてると信じている。だからこれからもお前たちだけを頼ってしまうが、よろしく頼むよ。」

そう言って赤斗は頭を下げた。


「何を言うの主様! アタシが大好きなのは大君なんてやつじゃなくて主様よ。」

蘭が力強く言うと、どさくさに紛れて赤斗に抱きつく。

「私もです! 私と母を救って下さったのは主様です!」

理子も負けじと抱きついた。


その光景を微笑ましく見ながら、律は一人考えていた。

孫 楊貴が言ったように、自分が大将軍と呼ばれていた前世がきっと有ったに違いない。

だけど今は羽根川 律という一人の女であり、女として赤斗を敬愛し、従うことが出来る現世が唯一無二の自分の居場所だ。


人は過去を振り返っていてはいけない。いつも前を向いていなければ未来を掴むことは出来ない。

その事を今日の赤斗は教えてくれた。律はそう思えて仕方なかった。

大君と呼ばれる者より、主様と呼ばれる竜崎 赤斗を、羽根川 律は心の底から愛していた。


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