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悪魔の子 4

「奈美ちゃんと話してきた。夏休みになったら、水族館においでって伝えてきたよ。いいでしょ?」

「そうか……すまなかった、静香」

 清水は素直に頭を下げた。

 静香の言う通りなのかもしれないと今は思う。

 小さかったころしたように、水族館を案内しながら奈美と話をしようと考えていた。

「お待たせしました、清水さん。部屋借りられました。行きましょう」

 立石が戻ってきた。静香が眉を寄せて清水の方を見る。

「ライターの立石さんだ。僕に話があるそうだ。ちょっと行ってくる」

 あまり思い出したくないし、話たくないことだが、こうなっては仕方がない。彼に不利になるようなことにはならないように気を付けなければいけない。

 不安そうな顔の静香を置いて病室を出ようとしたとき、「どなたですか? 職場の方?」と聞いてくる立石に対して、清水は少しためらった後、背中越しの静香にも届くほどの声で答えたのだった。

「僕の付き合っている彼女です」


 立石の案内で入ったのは、数日前に余命宣告をされた時と同じ「カンファレンス室」だった。先に入った立石が医者がいた位置に座ったので、清水は前回と同じ席に座る。あの時は隣に静香がいた。

「二三年前、あなたが助けた少年、俳優の富田タケルだってことはご存じですか?」

 いきなりの質問に清水は迷った。立石の顔を見る。

「ああ、そっか、そうですよね。最初にまずこれを言わなきゃだめですよね。私は芸能人のゴシップ記事を書くようなライターじゃあ、ありません。私の専門は刑事事件です。間違った捜査や報道で生まれた冤罪事件、闇に葬られた社会悪の実態、凶悪な犯行を行うにいたった人物像の解明などを執筆しています。私は自分の仕事に誇りを持っていますし、正義のためだと信じています。真実究明のために、取材にご協力をお願いします」

「真実? 二三年前の出来事になにか隠れた真実があるとでも言うのですか?」

 立石は姿勢を正し、少し困ったような顔の無精ひげに手をあてた。なにか考えているようだ。

「わかりません……でも、調べてみる必要性を感じています。彼が最初にかかわった殺人事件ですから」

「……どういうことです?」

「仕方がありません。お話しましょう」

 情報を得るためには情報を渡すしかないとでも思ったのか、立石はメモを見ながら話し始めた。

「ある警察関係者から『富田タケルの周りで人が次々と死んでいる』という話を聞きました。刑事事件として取り扱われた数だけでも三件です。三件なら多いと思わないかもしれませんが、そんなことはありません。普通の人が殺人事件に巻き込まれる確率としては異常です。三一歳の若さで三件の殺人事件に関わり、そのたびに彼の人生は大きく変わっていったのです」

 立石は右手に持ったボールペンをくるくると回し始めた。気になって目がいってしまう。

「一度目は彼が八歳の時です。清水さんもご存じのあの事件です。彼は亀沢村で一番の地主の家に一人息子として生まれました。ですが、あの事件によって父母、祖父と家族全員を失い、東京の裕福な親戚の子供となります。田舎生活から一変して世田谷暮らしです」

「施設に入らなくて良かったじゃないですか? 新しく受け入れてくれる家庭があって」

「二度目は彼が高校二年の一七歳の時です。彼の新しい両親は大学助教授と高校教師で、とても教育熱心でした。彼も成績優秀だったようです。しかし、またもや彼はその両親を失います。いわゆる居直り強盗の手によって殺害されました。捕まった犯人は空き巣専門の窃盗犯で、家に忍び込んだことは認めましたが殺人は否定をし続けていました。裁判では認められず殺人罪で服役中です。彼はその後、モデルとして活動しはじめ、大学進学はしていません。両親の希望とはかけ離れた道に進んだということです」

「とげのある言い方ですね。まるで、両親が死んだおかげで芸能人になれたとでもいいたそうな……。両親が亡くなって進学をあきらめたと捉えるべきじゃないのですか」

「彼には莫大な遺産と生命保険のお金が入りました。少なくとも経済上の理由ではありません」

「お金の問題ではないでしょう。精神的ショックで勉学どころではなかった」

「モデルの仕事はできたのにですか?」

「……」

 なんて嫌味な考え方をするんだと清水は思った。彼は彼なりに考え、悩んだ事だろうと思う。育ての親が亡くなったどん底の中を勇気をもって立ち上がった。そんな風には考えられないのだろうかと。

「あなたは……なぜ……そんな……」

「まあ、待ってください。その議論は後にしましょう。三度目は二年前のことです。彼の所属していた事務所の社長が車に爆弾を仕込まれて死亡しました。同乗していたタレントの卵の高校生も死亡しています。無人の車が突然爆発するという事件が都内で多発していたため、とうとう犠牲者がでたというような報道がなされましたが、事実は違う。他の事件は時限式の簡易な爆弾を車の下に置くというもの。事務所社長の車はキーを回してエンジンを点火することで爆発する仕組み。明らかな殺人です。ワンマンだった社長が死亡したことで事実上の解散となり、富田タケルも他のタレント同様に移籍。現在の事務所に移ってから、俳優として飛躍的に成長することになります。警察は未だに犯人を特定できていません」

「まさか……彼がやったと思っているんですか?」

「いえ、富田は長期間海外の仕事に行っていて、車に細工をすることができません」

「だったら、なにを不審に思っているのですか?」

「実行犯ではないと証明できたにすぎません。むしろ……」

「むしろ?」

 立石はメモを閉じ、回していたボールペンをその上に置いた。

「一つ一つの事件では富田は被害者であり、偶然、その後の人生が好転したに過ぎないと捉えることができます。ですが、三度も同じようなことが起こると疑惑が生まれます。富田は加害者側の人間ではないかと……」

 清水は前に座る男の顔を見た。

 疑惑と言う言葉を使ってはいるが、この立石と言う男の顔は確信をもっているように感じる。

 乱暴な考え方だ。

「私が『旧亀沢村殺人事件』を洗い直そうとしている理由をお話ししました。ご協力いただけますね。まずは、清水さんが体験したことをありのままにお聞かせ願いますか」

 立石はリュックのポケットからボイスレコーダーを取り出して、テーブルの上に置いた。

 清水は立石の話を聞いたことによって、協力せざるを得ない状況になっていたのだと感じていた。




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