僕は死ぬまでに君を殺したい 4
松島水族館の門の真ん前に車を止めてもらった時には、もう夕焼けが辺りを紅く染めている頃だった。
兼子からの連絡で、清水らしき人物と静香がイルカプールの観客席で対峙していると聞いていたため、車が止まると奈美は勢いよくドアを開け、走り出す。続いて、神崎、古川と続く。
健一は中年の古川の足よりさらに遅かった。日頃の運動不足に加えて、間に合わなかったという後悔とまだ何か気付いていないのではないかという不安が足を重くしていた。
「お父さん!」
奈美の叫び声が聞こえて、重い足に力を入れて回す。
奈美がしゃがみ込んで泣いていた。
神崎は救急に連絡を入れているようであった。
古川は肩で息をしている。
倒れていた清水の周りには血だまりができていた。傍らにナイフもある。
やはり、静香を殺すつもりだったのだ。そして、返り討ちに……。
「大丈夫だ、息はある。外傷もないようだ。おそらく、病状が悪化しただけだろう」
神崎の言葉だった。
健一は少しほっとした。とても間に合ったとは言えないが、周りに静香の姿がないことを見ると、殺人は失敗に終わったとみていいだろう。清水は悔しい想いかもしれないが、奈美のことを考えると、やはりこれでよかったと思う。
「夏川の姿がないな……逃げたか……」
古川が顔を上げ、周りを見回しながら苦々しい顔で言う。こんな清水を残して逃亡したのだと思ったのだろう。
だが、健一の考えは違った。おそらく、死ぬ気だろう。殺人を犯してまでも隠し続けたかったことを、一番知られたくない人に知られてしまったのだから。
携帯に着信があった。兼子からだった。
『静香は水族館の裏の海に面した防波堤の上にいる。やばいぞ、紙袋を持っている。やっぱり……』
「そうか……やはり持っていたか。すぐ行く」
神崎に静香の居所を伝える。「ここはいいから、行け」という古川の言葉にうなづいた神崎は、「健一君はここに居て」と言う。
健一は奈美を見た。
まだ泣きじゃくっていた。ひどい顔だった。鼻水まで垂らして、それなりに可愛い顔が台無しだった。
「いえ、俺も行きます。最後まで見届けたいんです」
兼子の姿を見て、健一は眉を寄せた。
サングラスにマスク、赤いバンダナで金髪まで隠している。
「それ……変装か?」
「そりゃそうだろう。尾行してるんだから」
いや違うだろう。怪しすぎて余計に目立つだろう。
静香は防波堤の上で、夕日を眺めているようだった。遠目だったが、穏やかそうに見える。そして、とても美しかった。ただ、その背中には赤黒い染みがある。清水の吐いた血であろう。あの観客席でいったいなにがあったというのか。
近づく神崎に気付いた静香が、紙袋を胸に抱き身構える。
「来ないで! 死ぬわよ」
「神崎さん、駄目だ。爆弾を持ってる」
健一の言葉に、神崎は振り向いた。と、同時に静香が携帯電話のようなものを掲げる。
やはり、無線式の爆弾を隠し持っていた。鶴舞のビジネスホテルで立石を殺す目的で使ったものと同じものをまだ持っているのではないかと思っていた。それで、自殺するつもりなのだ。
「死ぬつもりなのか? それは駄目だ」
神崎は考えあぐねているようだった。緊張が伝わってくる。
「もう、おしまいなのよ、何もかも……」
静かな声だった。もう覚悟を決めているようである。こうなってしまった人物を誰も止められやしないだろうと感じた。
「警察ですべてを話すんだ。そして、罪を償うんだ」
「罪? そんなことどうでもいい。私はただ、彼を愛した。幸せでいたかった。ただ、それだけなの。それが罪と言うなら、私が死んだ後で勝手にやってくれればいい」
「何を言ってるんだ? 君は人を殺したんだぞ。生きて償うべきだ」
神崎の言葉は正論であろうと健一は思った。だが、今の静香にそんな言葉は通用しないだろうとも思っていた。
「この世から消えたい……」
静香はさらに右手を高く上げ、目をつぶった。
「やめろ!」
神崎の言葉が響く。
指に力が込められて、スイッチが押されたように見えた。
神崎がしゃがみ込み、頭を抱えるように防御の姿勢を取る。
「……」
数秒間の緊張の時間が流れた。何も起こらない。
静香が焦ったようにスイッチを手元に持っていき、操作する。だが、やはり爆弾は起動しなかった。
「神崎さん、逮捕してください」
健一の言葉に押されるように、神崎は走った。
逃れようとする静香だったが、あっという間に神崎に取り押さえられた。
健一はほっと息を吐き、兼子を見る。
兼子はサングラスとマスクを取り、笑顔でピースサインを出した。そのいやらしい笑顔に健一は、またため息をだしたのだった。




