僕は死ぬまでに君を殺したい 3
「なんのことを言っているかわからない」
静香はとぼけた様子を見せた。だが、その態度は明らかに動揺していると清水には分っていた。
「匂いだ」
「匂い?」
ルカのように殺人鬼を嗅ぎ分ける能力などない。だが、清水は思い出していた。確かに助けた子供の身体からは血の匂いがしていた。殺人を犯したときについた返り血であろう。だが、森を抜けた月明かりの下で見た山本猛少年の衣服……学校の体操着には血の汚れなどなかった。あの時助けた子供は猛ではなく、森を出るタイミングで入れ替わっていたことに気付いたのだった。
「どうしてそれが私だと?」
「まだ僕に嘘をつくと言うのか? 静香」
静香には母親のことで殺人の動機がある。あの事件の翌週には親子は村を出ていくことになったそうだった。山本一家から追いだされる形だ。復讐心が芽生えてもおかしくはない。
「それだけではないわ。あの親たちから猛を助け出したかったから」
静香の言葉は罪の告白だった。
「どういうことだ?」
「猛はあの親たちに虐待を受けていたのよ。本人は隠していたけど、背中や腕のひどい傷を私は知っていた。私は彼を守ったのよ」
知らなかった。そのような情報は掴んではいなかった。
「だからと言って、殺人を犯してもいい理由にはならないだろう」
「……」
静香は下を向いていた。
心のどこかで、彼女を信じていたのもしれない。人を殺せるような人間ではないと。だが、当時九歳だった彼女は人殺しであった。そして大人になった今も……。
「立石さんを殺したのは、真実を隠すためか? なら、広川さんを殺した理由はなんだ? お前なんだろう?」
広川が殺される理由はまだわからない。
「秘密を聞かれたから、仕方なく……」
「秘密?」
「立石さんを殺したのが私じゃないかと猛に気付かれて電話がかかってきた。その会話を広川さんに聞かれたんじゃないかって……だから……」
「そんな理由で殺したのか?」
「仕方がなかったのよ。あなたに話されたら……あなただけには知られたくなかったから……」
「……馬鹿やろう……」
清水は怒りに震えていた。静香に対してだけではなく、自分自身への怒りだった。なぜ、今まで気づかなかった。なぜ、静香を止められなかった。なぜ……二十三年前に彼女の命を助けたのだ。
興奮したせいで、呼吸が荒くなってきて、めまいがした。現実逃避をしようとしているのかと思った。まだ、倒れるわけにはいかない。決着をつけなくては……。
「私を殺しに来たんでしょ? それで気が済むなら……」
静香の言葉が終わらないうちに清水は動いていた。素早く動けたのではないかと思う。彼女の腕を取り、肘と肩関節を決めながらうつぶせに寝かせ、首筋にナイフをあてていた。ルカに指導された通りの動きであった。後はナイフを右に振りぬくだけである。
これですべては終わるのだ。自分が愚かであったために新たな犠牲者を出してしまった。なかったことになどできないが、せめてこの手で始末をつけるのだ。
しかし、清水の身体は固まっていた。ナイフを持つ右手が震える。呼吸がさらに荒くなった。
静香は目を閉じた。死を覚悟したようだ。
こんなはずではなかった。自分が先に死ぬはずだった。彼女に看取られて死ねることが救いだった。それなのに、この手で殺すことになるなんて……。
あてたナイフが静香の首の皮に傷をつけたらしく、刃先に沿って血がにじみ出してきた。震えが止まらなかった。このままでは本当に殺してしまう。それが恐ろしかった。
腹と胸に激しい痛みが走った。頭に霧がかかったようで意識を薄れさせる。
「ぐわあああ」
急に襲ってきた吐き気を止められず、静香の背中辺りにもどしてしまった。だが、吐しゃ物は赤い液体……血であった。
もう意識を保つことなどできなかった。遠くで、金属音が聞こえる。ナイフを拾わないととそれだけが頭に残っていた。




