旧亀沢村殺人事件 2
青い空、白い雲……そして、人、人、人。
照りつける太陽のまぶしさもさることながら、女たちの水着、パラソル、浮き輪などの色調に眼がチカチカしてくる。
なにが楽しくてこんなところに集まるのかと健一は思う。夏だから海っていう発想がよくわからない。
兼子は楽しそうに連れの女子たちと波打ち際で遊んでいる。はしゃげる場所に来て、はしゃげるのは一種の才能なのかもしれない。いつもと違う姿の女子を前にして、素直に鼻の下を長くできることに尊敬すら感じていた。
目の前に陣取っていた大人女子三人組が、シャツを脱いだり、ビキニを直したりしている。健一はさりげなさを装って目をそらす。そらした先に、上半身裸の筋肉質な男が派手なピンクのビキニ女子の背中に何かを塗っている光景があった。
健一は目のやり場に困って、下を向いてしまった。
「嘘だよね?」
レンタルで借りたパラソルの下で、栗原ゆずが言った。
彼女は海に来たというのに、水着にすら着替えていない。ティーシャツにショートパンツのまま。ただ海のほうを見ていた。
「嘘って……なにがですか?」
兼子の計らいで二人にしてもらえたのだが、初めて会った女子を相手に会話が続かない。
「駅で見かけて、その……気になって、会いたくなったって……私、美人じゃないし……」
「……」
健一は言葉に詰まっていた。この話題をどうするべきか? 嘘を貫き通すかどうか?
「やっぱり、富田タケルの妹だからってことでしょ? 健一君もモデルとか俳優とかに興味あるの? イケメンだものね」
「そんなこと……」
「私、男の人に好きになってもらえるほど可愛くないし、有名人の妹というくらいしか相手にされてこなかったから。」
「……」
「それで? なにを聞きたいの? お兄ちゃんに会わせてくれっていうのはやめてほしいんだけどな」
健一は嘘をついていたことを棚に上げて、少し腹が立っていた。
彼女はいうほどの酷い容姿ではない。むしろ、可愛い部類に入ると思う。華奢な身体でおとなしい感じだから、暗いイメージに見えなくもないが、そこが魅力的だと感じる人もいるように思う。
「ネガティブすぎるんじゃないの? 君は十分可愛いと思うけど」
「……え?」
ゆずが健一の方に顔を向けた。驚いたような眼をしている。そして、少しづつ頬が上がる。どうやら、喜んでいるらしい。
健一は頭に血が上っていくのを感じていた。いま、何を言った? あんまり自分を卑下するようなことを言うから、思わず口から出てしまったのだ。
「いや……その……今のは……そういうことじゃなくて……」
限界だった。
兼子にはとにかく相手を褒めろとアドバイスをもらっていた。心を開かせてから、さりげなく本題に入るようにということだった。だが、やはり自分に無理である。そんな高等テクニックなど使えるはずがない。
兼子に応援を頼もうかと考えた。探してみる。イルカの浮き輪に乗ってはしゃいでいる兼子の姿を見つけ、健一は眉を寄せた。
無理かもしれない……。
「それって……私のこと?」
まっすぐ見つめてくる彼女に、健一は胸の鼓動を感じていた。
どうする? どう返すのが正解だ? ああ、あんこが欲しい。
そのとき、携帯電話の着信が鳴った。
「ちょっと、ごめんね」
助かったと健一は思った。少し時間的余裕ができる。作戦を練る直すチャンスだ。
奈美からの電話だった。健一は立ち上がり、少しパラソルから離れた。
『もう、なにやってんの? 追試終わったんでしょ? 早く帰ってきなさいよ』
いきなりの大声に、携帯を耳から離す。
「こっちでやることがあるんだ。終わったら帰るから」
『いつ終わるの? まだお父さん見つかってないのよ』
そんなことは分かっている。そのためにこうして苦労しているというのに。
「とにかく、なるべく早く帰るから」
『お願いよ。健一だけが頼りなんだから……』
急にしおらしい声になった。やはり、一人で不安なのだろう。
「分かってる。必ずなんとかするから、もう少し待ってくれ、奈美」
自信などなかった。
確信をもって下した推理が崩れていっている。自分にこの事件を解決できるのか不安でしかたなかった。だが、あきらめるわけにはいかない。奈美のもとに必ず清水をつれてこなければならないのだ。
「ごめん……奈美、いや、姉貴からの電話だった。早く帰ってこいってうるさくて」
とにかく話題を変えようとしか思い浮ばずに、健一はゆずの隣に座った。彼女も少し落ち着いたような表情をしている。
「お姉さんいるんだ? 仲いいのね」
「ああ、仲いいかどうかはわからないけど……とにかく口うるさいというか……」
「喧嘩できるなら、仲いい証拠だよ。うちは喧嘩もできないし……」
ゆずがすこし暗い表情になった。兄との間になにかあったのだろうか?
「お兄さんと仲良くないの?」
「ううん。仲いいよ。でも、いつまでたってもほんとうの兄妹になれないというか……」
「どういうこと?」
ゆずは膝の頭に顔を寄せ、足の甲あたりを指でなぞりだした。少し話すのをためらっているのかもしれない。
「私とお兄ちゃんは血の繋がった兄妹じゃないの。両親が亡くなってからも私を育ててくれたから、兄であり親でもあるんだけどね。いつまでたっても、他人行儀というか本当の家族じゃないみたい」
子供のいなかった栗原家だったが、富田タケルを引き取ったあとに子供が生まれたということになる。当然、血の繋がりのない兄妹だが、長年暮らしてきたのだから、家族じゃないとは言い過ぎではないのかと思う。
「他人行儀ってことはないでしょ? うちだって血の繋がりなんかない姉弟だけど」
「え? そうなの? でも、本当の姉弟みたいになってるんでしょ?」
「本当のって……」
健一には理解できなかった。ゆずの言っている意味がわからない。
「お兄ちゃんは優しいよ。すごく良くしてもらってる。でも、両親に世話になったからって、遺産はゆずのために取っておくとか、仕事で稼いだお金もほとんどゆずのためにとかって変じゃない。そういうのって恩返しとか同情とかってことでしょ? なんかそんなの嬉しくないっていうか、本当の兄妹になれないっていうか、そういう気がするんだよ」
健一は考えていた。
富田タケルが強盗殺人に見せかけて養父母を殺害した可能性もあるのではないかと思っていた。だが、ゆずの話を聞く限り、それはない。身勝手な理由で人を殺す殺人鬼のイメージとは程遠い。むしろ、人のいい男に思えてくる。
「歳が離れているせいかな? 血が繋がってなくても、本当の姉弟みたいになっている健一君がうらやましいよ」
やはり、富田タケルは真犯人ではないのかもしれない。
「私なんか、独りぼっちで、いつも……」
「うるさいよ。というか馬鹿じゃないの」
思わず口から出ていた。
彼女の思考はだいたい理解できた。とことんネガティブ思考なのだ。悪くない容姿を卑下し、やさしくしてくれる兄を受け入れられず、殻に閉じこもっている。
「え? 健一君?」
「血が繋がっているとかいないとか、本当の姉弟だとか本当じゃないとか、そんなこと関係ないだろ。俺は奈美が大切だし、大好きなんだ。奈美のためだったらなんだってできる。それでいいだろ。俺たちの関係は俺たちだけのものだ。他人に姉だからとか弟だからとか、血がどうとか言われる筋合いはないし、知ったことじゃない。俺たちは俺たちの絆があって、ちゃんと繋がってるんだ。それでいいだろ」
ゆずは目を丸くしていた。
健一は話の途中から、熱くなっている自分に気付いていたが止められなかった。なぜかわからないが、心がささくれ立っていたのだ。
少し反省の気持ちが芽生える。
初めて会った女の子に、感情のままをぶつけてしまったのだから。
「そうだね」
ゆずは少し笑っていた。
「ごめん。ちょっと言い過ぎた」
「ううん。健一君の言う通りだね。『俺たちの関係は俺たちだけのものだ』ってちょっと感動しちゃったよ。私もそういう風に考えるようにしようっかなって思ったよ。私だってお兄ちゃんのためだったら、なんだってできるような気がするし」
ゆずの笑顔が深くなったのを見て、健一はほっとしていた。
「なんかいい感じじゃんかお二人さん」
いつのまにか兼子が目に前にいた。
「話終わったんなら、遊ぼうぜ」
「あのな、兼子、別に俺たちは……」
「健一君、行こう」
ゆずがティーシャツを脱ぎ始めてどきりとした。なんのことはない。下に水着を着ていたようだ。
せっかく来たのだから、少しは海に入るかと健一は立ち上がった。




