失踪のわけ 4
松島水族館に着いたのは、閉館一時間前だった。健一と奈美が案内されたのは館長室、館長は眼鏡をかけた小太りの年配者で、ソファで夏川静香の就業終了まで待つようにと言う。
館長だけあって、大人の貫禄みたいなものを漂わせていたが、目の奥ある人の良さを健一は感じていた。
奈美はじっと座っていることに耐えられなくなったのか、壁に飾られている写真やイベントポスターなどを眺めてまわりはじめた。それと入れ替わるように、館長が向かいのソファに座る。
「清水君から聞いていたよ、奈美ちゃんに弟が出来たことはね……」
館長の言葉に健一は驚いていた。
実の父親ながら、娘である奈美とは何年も交流がなかったと聞いている。身勝手な冷たい印象を清水には持っていた。
「俺の事、知ってたんですか?」
「ああ、この春から東京の進学校だってね。将来が楽しみだって言ってたよ」
「そんなことまで……」
意外であった。奈美から聞いていただけの情報で、清水正雄という人物を勝手に解釈していたということに気付いた。おそらく情報源は母であろう。あのお気楽な母が子供たちに隠れて、清水と未だに交流を持っていたことも驚きである。
「清水さんは館長から見て、どういう人物ですか?」
館長が驚きのような顔を見せた。さすがに、漠然とした質問すぎたかと反省する。だが、館長は穏やかな顔で空を見るように話し始めた。
「どういう人物かと聞かれて一言でいうなら、真面目でまっすぐな男かな。よく働くし、飼育動物たちへの愛情も深い。自分よりも人を大切にしてしまう不器用なところがあるから、多少心配なところもあるんだけどね。新入社員としてここに来た時からその印象は変わらない」
健一は清水という男を正確にとらえようとしてこなかったと気付いていた。まるで将棋の駒のように普通の人間ならこうするだろうと一般論を振りかざしていた。人との交流をなるべく避けようとしてきた健一には、その人物を正しく理解するということが難しい。
「だから、あんな病気を抱えても繁忙期である夏休み期間までは働くと言ってくれていたんだ。その清水君が誰にも言わずに行方不明だなんて……よほどのことがあったに違いないと心配だよ」
清水という人間像が少しずつ形になってきていた。周りからの信頼も厚い。健一はこの事件解決のためには、清水正雄という人物の理解が重要になるのかもしれないと思い始めていた。
健一は奈美の方を見た。イルカの写真を見入っているようで、こちらの会話に関心を寄せていない。少しためらいを感じていたが、思い切って聞いてみることにする。
「清水さんが入社したとき、『旧亀沢村殺人事件』のことについてはご存じだったんですか?」
館長の動きが止まった。
ゆっくりと顔を上げ、気づいたように奈美の方を見る。
「なんでそれを? 奈美ちゃんは知っているのかね?」と小声で言う。
「いえ、知りません。今はまだ言えません」
「君たちはいったい……何をしようとしているんだ?」
健一は考えてみた。そういえば、なんでこんなことしているのか? 奈美を見る。
「俺はただ、奈美の不安を取り除いてあげたいだけ……なんだと思います」
館長は心配そうな顔で健一を見つめていた。
当時、あの事件は話題にはなったが、前館長だった人物が清水の入社に『問題なし』と決めた。その判断に間違いはなかった。というようなことを館長はためらいがちに話してくれた。
「なんの話?」という奈美の言葉で中断したが、健一には充分だった。
やがて、作業パンツにティーシャツ姿の夏川静香が入ってきた。三十代と聞いていたが、もっと若く見える。化粧っ気のない顔、キャップから除く短めの髪が少し濡れていた。活発な近所のお姉さんといった印象を受ける。
気を利かせてか館長が出ていくと、静香はキャップをとり髪を手で軽く整えてから、健一たちと向かいのソファに浅めに腰を下ろした。
広川老人が殺されていた時の状況、立石の印象などを聞く。特に新たな進展となる情報はなかったが、彼女が清水をとても心配しているという想いは伝わってきた。
「静香さんから見て、清水さんはどういった人物という感じですか?」
館長にした質問を彼女にもしてみる。
「そうね……純粋で優しい人かな? 自分勝手でわがままなところもあるけど、曲がったことが嫌いな正直者で、うまく社会を渡り歩けない……」
奈美から静香と清水が恋人同士だという情報を教えられていたためか、静香の言葉からは人の気持ちに疎い健一にも愛しい人を想う乙女心のようなものを感じる。
また一つ、清水正雄という人物像を形作るピースがはまった。
「ねえ、健一、さっきからずっと思っていたんだけど、健一はこの事件を捜査しようとしているの?」
突然の奈美の言葉に、健一はどきっとした。
「そうだけど……奈美だってそう望んだんじゃないの?」
「違うよ。お父さんの行方を捜してほしいってことだよ。事件の解決なんかどうでもいいよ」
なるほどと健一は思った。
自分勝手でわがまま、純粋で正直者……清水の人物像はそのまま奈美だ。さすが血の繋がった親子同士、よく似ている。
「言いたいことはわかるけど、一連の事件の真相を掴むことが清水さんの失踪の理由につながるし、失踪の理由がわかれば清水さんの行方にもつながる。そういう風には思えない?」
「……なるほど……よくわかった」
やっぱり、奈美は単純でわかりやすい。
「静香さん、清水さんの住まいに行ってみたいんだけど、案内してもらえますか?」
「やっぱり恋人同士だと合鍵の交換とかしているんですか?」
健一と奈美の疑問形に、静香は「ええ……ええ」と両方の顔を見てそれぞれイエスの返事をした。
「どうしてわかったの? 清水と付き合ってるって?」
「そりゃあねえ……」
奈美は健一に同意を求めるように笑顔を向けたが、健一はうまく笑顔を返せないでいた。




