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失踪のわけ 3

 健一は窓ガラスに激しく叩きつける雨の音で目を覚ました。

 時計を見ると、午前十一時。昼間だというのに薄暗い。

 起きてカーテンを開ける。空は黒い雲で覆われていて、強い雨風の音が響いた。

 部屋を出て階段を降りると母親がテレビを見ながらコーヒーを飲んでいる。

「母さん、おはよう」

「ああ、健一、昨日遅くに帰ってきたんだってね。奈美から聞いたよ」

「うん」

 健一はダイニングテーブルに腰を下ろした。

「コーヒーとトーストでいい? それともなんか作ろうか?」」

「いや、麦茶ある? それだけでいいや」

 母は立ち上がって冷蔵庫へと向かいながら「東京は夏休み早いのね?」と言う。

 そんなわけはない。奈美同様、お気楽な母でよかった。

「今日、パートは? 午後から? それならちょっと聞きたいことあるんだけど」

 健一はコップに注がれた麦茶を一気に飲み干した。母が継ぎ足す。

「なに?」と言って健一の向かいの席に座る。

「奈美の父親、清水正雄さんのことで知りたいことがあるんだ」

 母は驚いたように目を丸くして、健一を見つめた。


 健一と奈美は名古屋市中区のあるラジオ局の前に立っていた。

 奈美は学校帰りにそのまま来てしまったため、セーラー服のまま。急いできたのに寄り道をさせられたことに不機嫌な様子だった。

 ラジオの放送室はガラス張りで中の様子が見えるようになっていて、女性の集団が占領している。少し離れて二人並んで立っていた。

 雨除けはあるものの、夏の嵐のような天気のため傘をさしていても足元は濡れてくる。それがいっそう、奈美を苛立たせているようだった。

「なにをしてるの? どうしても必要なことってなに?」

 それには答えず、健一は右手に持った東海地方限定の小豆チューブを口に持っていき絞り出す。

 立石の執筆対象からして、清水さんが何らかの刑事事件の当事者であるという推測は合っていた。『旧亀沢村殺人事件』……残酷で不可思議な事件だ。

 立石はその事件になんらかの疑問を持ち、清水さんに取材したのだと考えられる。そして、その翌日に立石は死亡、清水さんは行方不明。

 そして、立石が『旧亀沢村殺人事件』に興味を持った理由、それは……。

 女性たちの集団から歓声が上がった。俳優の富田タケルが放送ブースに入ってきたのだ。

「わあ、富田タケルだ。かっこいいなあ」

 不機嫌だった奈美に笑顔がこぼれる。どうやら、ファンだったらしい。

 映画の宣伝のためなのかこの時間にラジオにゲスト出演することを調べていた。あの事件のもう一人の当事者である彼は、こうして何事もなく芸能活動をしている。

 奈美の言うように清水さんが殺人犯でなかった場合、考えられる最悪の想定は拉致され、すでに殺害されているという可能性だ。とても、奈美には言えないが……。

 健一は富田タケルを見つめていた。

 富田タケルはファンの娘たちに笑顔で手を振っている。

「敵の顔を直に見ておきたくてね」

 呟くような健一の言葉は、激しく傘に降り注ぐ雨の音にかき消された。

「え? なに?」

「……」

 富田タケルの降る手が止まり、視線が健一のほうに向けられたように感じた。

「そろそろ行くか?」

 健一はその視線をそらし踵を返すと、地下鉄の駅にむかって歩き始めた。

「もう! なによ、まったく勝手なんだから」

 奈美が水たまりを踏みながら駆け寄ってくる音が聞こえた。

 

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