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仙台くん

席に戻った東郷は、一時間目の授業の英語の教科書を取り出した。

(っていうか、授業って今どのへんなんだろう?)

昨年自分たちも使った同じ教科書なのだが、東郷のそれとは違い霧島の教科書はまっ白だった。

(あいつ、本当に勉強してねえな。帰ったら説教だ)

東郷は密かに決心する。

「ねえ、仙台君」

東郷は指で前の席の仙台の背中をつついた。

仙台は一瞬、びくっと震えて迷惑そうな顔つきで東郷を振り返った。

「なに?」

それは東郷には今まで決して見せたことのない、冷たい表情だった。

「あっと……今日どこからかなって思って」

東郷はそんな棘々とした仙台の表情に、なんとなく気押されてしまう。

「75ページ。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の一幕から」

「ありがとう、仙台君」

仙台に教えて貰ったページを開き、東郷はにっこりと笑って仙台に礼を言った。

「別にっ、礼なんて」

仙台はそう言って、やっぱりまた赤面している。

「ねえ、仙台君なんか怒ってるの?」

これで会話は終了とばかりに前を向いた仙台の背中を、東郷は尚もつつく。

「別に怒ってなんかないけど! っていうか君何?」

仙台は苛々とした様子で、後ろを振り返った。

「嘘、絶対怒ってる。じゃなきゃ仙台君、お……じゃなかった私のことキライなんだ…」

東郷は机に肘をついて少し拗ねたように、仙台を見上げた。

眦に涙が滲んで、きらきらと光って見える。

「き……キライとか、好きとかじゃなくって、君こそ変だよ? 霧島さん」

「変じゃないもん。仙台君の意地悪!」

東郷の鋭い叫び声に、教室がしんと静まり返った。

なぜだか東郷は両目から盛大に涙を流していた。

(あれ? なんか俺変だ)

このときになって、ようやく東郷は自身の精神状態の異変に気がついた。

感情のコントロールがきかないのだ。

慕ってくれていた後輩から冷遇されることは、確かに悲しいことではあったが、別に高校三年生にもなって大泣きするほどのことではない。

普段ならさらっと流したことなのに、なぜだか今はそのことが『クリリンをフリーザに殺された悟空』レベルで悲しいのだ。

クラスの女子たちからの同情の視線が、東郷に集まる。

「霧島さん、大丈夫? もう泣かないで」

そう言って自然に女子が東郷のまわりに集まってきて、ハンカチで涙を拭ったり、背中をさすったりして慰めた。

(女の子を泣かせるなんて、最低!)

そんな冷やかな視線が、痛いほどに仙台を刺した。

「ま……まて、俺は何もしちゃあいない。今日の英語の授業がどこからだと聞かれて、それに答えただけだ」

(なんでそれで泣くんだよ! おかしいだろ。っていうか絶対俺の所為じゃねえし)

いたくプライドの傷ついた仙台であった。




◇  ◇   ◇




(なんであいつ、泣いたんだろう……)

仙台は机の上で頬杖をつき、短く溜息を吐いた。

生まれて初めて女の子を泣かせた所為だろうか、自分は今ひどく動揺していると仙台は思った。

泣いたのが霧島綾香でなく他の女だったら、自分はここまで取り乱しはしなかったのではないか、とも仙台は思う。

仙台は霧島綾香のことがずっと嫌いだった。

ルックスは文句なしの美少女だと思うのだが、だけど、自分は確かに霧島綾香が大嫌いだった。

霧島はいつもどこか虚ろで、捉えどころがなくて、ふざけている。

何事に対しても真剣さがなく、その癖一応は人並み以上になんでも器用にこなしてしまう。

そんな霧島綾香が目障りで、しかし一方では羨ましくもあった。

嫌いであるはずなのに、なぜだか視線はいつも霧島を追っていた。

身体全体がアンテナになったみたいに、その気配を感じようとしていた。

そうしていないと、いつかそこから霧島がいなくなってしまうのではないかというそんな不安さえ込み上げてくる。

目障りだと思う反面、霧島が自分の前から消えてしまうことは我慢ができなかった。

霧島という存在は自分でさえも持て余す、複雑な気持ちにさせる。

(だけどあいつは、泣く前に笑ったんだ)

霧島綾香が、今日自分に笑いかけた。それは仙台にとってまさに青天の霹靂だった。

しかも二度も……だ。

霧島の笑顔は屈託のない無垢な笑顔だった。

その笑顔を見て、なぜだか仙台はどぎまぎとして、身体が火照って、彼女に対してどう反応していいのかわからなかった。

そう……わからないのだ。


「じゃあ、ここの英文を……そうだな、霧島訳してみろ」

英語教師の杉浦が、霧島扮する東郷を名指した。

「はい」

東郷扮する霧島は、少し高めの透き通った美しい声で、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の一幕の和訳を読み上げた。


「恋とはいわば深い溜息とともに立ち昇る煙、きよめられては恋人のひとみに閃く火ともなれば乱されては、恋人の涙に溢れる大海ともなる。それだけのもので大変分別くさい狂気の息もとまる苦渋かと思えば、生命を養う甘露でもある」


その言葉を、仙台は心の中で反芻した。

それは今の自分の心境に、悲しいほどに同調する。

(まさか、この俺が恋などと!)

そう考えて、仙台はその思考を否定する。

(ありえん。しかも霧島だぞ? あの大っ嫌いな霧島綾香だぞ?)

思考のなかで、仙台のツンとデレな部分が激しく鬩ぎあっているのだった。


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