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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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73/73

第73話 候補者の顔

 高橋菜々。


 村議会選挙の候補者欄にその名前を打ったまま、僕はしばらく画面を見ていた。

 投資家。

 山ノ上電源設備のアドバイザー。

 村の史実を漫画にして外へ出している人。

 札幌から来た人。

 村の土地と電力と帳面を組み替えようとしている人。


 その人を、立候補予定者として村の前に出す。


 紙にすると、急に危うく見えた。


「顔が硬い」


 菜々さんが言った。


「硬くもなります」


「私が出るの、そんなに変?」


「変というより、攻められるところが多すぎます」


 菜々さんは少し笑った。


「正直でいいわね」


「よそ者。投資家。民間所有。山ノ上。保管場所。全部つなげられます」


「つなげられるわね」


 軽く返されたが、軽い話ではない。


「それでも出ますか」


 僕が聞くと、菜々さんはすぐには答えなかった。


 少しだけ間を置いてから言った。


「出るなら、勝つためだけには出ない」


「勝たないと意味がないのでは」


「勝つ必要はある。でも、勝つために山ノ上を曲げるなら意味がない」


 その言葉で、少しだけ分かった。

 選挙は目的ではない。

 山ノ上保管場所を正式に議題化するための手段だ。

 でも、手段が大きすぎる。



 午後、宮本さんと松原さんを交えて、立候補予定者としての菜々さんの弱点を洗い出した。


 よそ者。

 投資家。

 若い。

 村の家筋がない。

 土地を買っている。

 電源設備を持っている。

 村の史実を漫画にしている。

 山ノ上保管場所の所有者側。


 並べるほどに、紙が重くなった。


「これ、勝てますか」


 僕が言うと、宮本さんはすぐに言った。


「勝てるかは知らない。でも、争点にはなる」


「争点」


「今まで、村の順番を誰が決めるかは選挙の争点になってなかった。補助金も、保全会も、集会所の鍵も、なんとなく続いてた」


 松原さんが続けた。


「菜々さんが出るなら、そこが表に出る」


「それは、いいことですか」


「いいことだけじゃない」


 松原さんは、はっきり言った。


「表に出たら、傷つく人もいる」


 67話の話に戻る。

 読める帳面は、読めない帳面を傷つける。

 選挙は、それをもっと大きくする。


 菜々さんは、弱点の紙を見て言った。


「私の顔で出すなら、私が攻められる。それはいい」


「よくないです」


 思わず言った。


 菜々さんが僕を見る。


「黒部くん?」


「菜々さんが攻められるだけで済むとは思えません。山ノ上を使った人も、宮本さんも、松原さんも、あやかも、全部つなげられます」


 言ってから、少し息が上がっているのが分かった。


 部屋が静かになる。


 あやかが、少しだけ笑った。


「黒部くん、ちゃんと怖がれるようになったね」


 茶化されたのではなかった。


 宮本さんも頷いた。


「そこを怖がらない人に、選挙の紙は作らせられないよ」



 夜、僕は候補者メモを書き直した。


 候補者。

 高橋菜々。


 出る理由。

 山ノ上保管場所を正式な議題にするため。

 村の最低機能を止めない仕組みを制度化するため。


 攻撃される点。

 よそ者。

 投資家。

 民間所有。

 土地取得。


 守るべき人。

 利用者。

 協力者。

 確認者。

 古い帳面を支えてきた人。


 最後の欄を書いた時、少しだけ手が止まった。


 守るべき人。


 選挙は、ただ票を集める話ではない。

 誰を前に出し、誰を隠し、誰の名前を紙から外すか。

 そこまで含めて、もう始まっている。


 候補者の顔は、菜々さん一人の顔ではなかった。

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