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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第72話 議題にする人

 『席がない』


 その四文字を見た宮本さんは、湯飲みを置いて笑った。


「そこまで来たか」


「来たんですか」


「来たよ。村の話は、最後はそこへ来る」


 集会所の小部屋には、僕と菜々さんとあやか、それから宮本さんがいた。

 紙は机の真ん中に置いてある。


 保全会。

 議題化未定。


 役場。

 情報提供止まり。


 議会。

 議題提出者なし。


「議題は、出したい人が出せるわけじゃない」


 宮本さんが言った。


「出せる席を持っている人が出すんだよ」


 分かっていたつもりだった。

 でも、言葉にされると重い。


「今、その席を持っているのは」


 僕が聞くと、宮本さんは指を折った。


「大滝さん。村長に近い人。保全会の役員。あと、議会で声を出せる人」


「こちら側には」


「いないね」


 あっさり言われた。


 あやかが少し顔をしかめた。


「じゃあ、どうするの」


 宮本さんは、菜々さんを見た。


「席を取るしかないんじゃないかい」


 部屋が静かになった。


 その言葉は、冗談ではなかった。

 でも、すぐに現実にも見えなかった。


「選挙、ですか」


 僕が言うと、宮本さんは頷いた。


「そういうことになるね」


 菜々さんは、すぐには答えなかった。

 机の上の承認順を見ている。


「私が出る、という話ですか」


「他に誰がいるの」


 宮本さんの返しは速かった。


「黒部くんは年齢も立場もまだ弱い。あやかは家の線で刺される。村の中の誰かを立てるには、しがらみが強すぎる」


 かなり厳しい整理だった。


「菜々さんは、よそ者です」


 僕が言うと、宮本さんは頷いた。


「だから刺される」


 やっぱり、と思った。


「でも、よそ者だから言えることもある」


 あやかが言った。


「村の人が言うと、家の話になる。菜々さんが言うと、まだ仕組みの話にできる」


 菜々さんは、そこでようやく口を開いた。


「選挙を目的にするなら、私は出ない」


 声は静かだった。


「でも、山ノ上保管場所を正式な制度にするために、席が必要なら考える」


 その言い方で、部屋の空気が少し変わった。


 勝つための選挙ではない。

 議題にするための選挙。


 ただ、それでも選挙は選挙だ。



 夜、僕たちは被選挙権の条件や日程を確認した。

 細かい制度は役場で正式に確認する必要がある。

 ただ、そこで一つ、すぐに紙が止まった。


 村議会議員。

 村の選挙権が必要。


 年齢。

 満二十五歳以上。


 住所。

 引き続き三か月以上。


 僕は、その二行を見て黙った。

 菜々さんは、札幌から来た人として村で見られている。

 でも、佐藤家の空き家を事務所兼住まいとして使い始めた時に、住民登録も移していた。

 日付を確認すると、三か月は越えている。


「条件だけなら、村議選で止まらないわね」


 菜々さんが言った。


「でも、よそ者と言われます」


「言われるでしょうね」


 制度上は足りる。

 でも、村の中で足りるかは別だった。

 住民票の三か月と、村で暮らしてきた時間は同じではない。


「村議会選挙で行きます」


 菜々さんが言った。


「村長ではなく?」


「ええ。必要なのは、議題にする席。まず議会で声を出す席よ」


 その言葉で、選挙検討メモの見出しが少し重くなった。

 候補者として立つ可能性ではなく、村議会選挙へ出る可能性を考える紙になった。


 あやかは、村の人間関係をノートに書き始めていた。


「選挙になると、紙だけじゃないよ」


「分かっています」


「いや、たぶん分かってない」


 きつい言い方だった。


「今までの紙は、読めば動く人に向けてた。でも選挙は、読まない人も動く。読んでも違う理由で動く」


「義理とか」


「家とか、昔の世話とか、畑の貸し借りとか、葬式の受付とか」


 僕は何も言えなかった。


 運用帳には書けないものばかりだった。


 菜々さんは、静かに言った。


「なら、それも地図にしましょう」


 あやかが顔を上げる。


「人間関係の地図」


「ええ。見えないまま戦うより、見える形にする」


 それは菜々さんらしい言い方だった。

 でも、選挙でそれをやることの怖さもあった。


 夜の最後に、僕は新しい見出しを打った。


 『選挙検討メモ』


 目的。

 山ノ上保管場所の正式制度化。


 必要な席。

 議題化できる席。


 確認事項。

 村議会議員の被選挙権。

 住民登録日。

 選挙日程。


 候補者。

 高橋菜々。


 まだ、決定ではない。

 でも、その名前が紙に乗った瞬間、もう戻れないところへ少しだけ進んだ気がした。


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