第68話 隠さない紙
会合の日、僕は運用帳の二回分を何度も見直した。
初回。
集会所側発生。
冷蔵保管あり。
終了確認済。
次回準備あり。
延長コード不足。
二回目。
坑口側発生。
照明一基。
持ち手欠けあり。
点灯可。
次回使用可。
良いところだけを出せば、仮運用はうまく見える。
冷蔵は止まらなかった。
照明も戻った。
終了確認も閉じた。
でも、延長コードは足りなかった。
照明の持ち手は欠けていた。
そこを出さないなら、この帳面は最初から弱い。
「怖い?」
あやかが聞いた。
「怖いです」
「だよね」
彼女は、それ以上は茶化さなかった。
菜々さんは、運用帳の横に短い紙を置いた。
『仮運用報告』
成功。
停止なし。
課題。
延長コード不足。
照明持ち手欠け。
備考欄追加。
「成功と課題を分ける」
菜々さんが言った。
「欠けを失敗として隠さない。でも、全体を失敗にもしない」
僕は頷いた。
昼の会合には、大滝も来ていた。
宮本さん。
吉岡さん。
北山さんの奥さん。
松原さん。
側近の男。
年配の男。
あやか。
菜々さん。
僕。
読む人は揃っていた。
「仮運用を二回行いました」
僕は最初に言った。
「一回目は、集会所側発生、冷蔵保管あり。二回目は、坑口側発生、照明一基です」
運用帳を開く。
持出。
返却。
終了確認。
次回準備。
順番に見せる。
「一回目は、冷蔵を止めずに済みました。ただし、延長コードが不足しました」
北山さんの奥さんが頷いた。
「あれは短かったね」
「次回準備メモに入れています」
次に、二回目の紙を出した。
「二回目は、照明一基を持ち出し、返却されました。返却時に持ち手の欠けを確認しました」
部屋が少しだけ固くなる。
年配の男がすぐ言った。
「ほら、もう壊れた」
来ると思っていた。
「点灯は可能です。次回使用は可。ただし、備考に持ち手欠けありと残しました」
「壊れたことに変わりはない」
「はい」
僕は認めた。
「だから記録しました」
部屋が静かになった。
自分でも、その言葉が少し強く出たのが分かった。
「隠すための帳面ではありません。使ったら何が起きたかを残すための帳面です。欠けたなら欠けたと書きます。その上で、次に使えるかを確認します」
年配の男は、少し不満そうに口を閉じた。
大滝が、そこで言った。
「誰が欠けさせた」
やはり、そこへ来る。
「分かりません」
「分からないのか」
「はい。返却時に確認しました。持出前の状態確認欄はありませんでした」
大滝は、僕を見る。
「では、足りないな」
「足りません」
僕は答えた。
「次回から、持出前の外観確認を追加します。ただし、毎回細かく見るのではなく、持ち手、コード、点灯だけに絞ります」
松原さんが、小さく頷いた。
大滝は、少しだけ紙を見た。
「欠けを隠さなかったのはいい」
その言葉で、部屋の空気が変わった。
「だが、持出前を見ていないなら、まだ弱い」
「はい」
「次回、持出前確認を入れた版を出せ」
「出します」
通ったわけではない。
でも、失敗として潰されなかった。
足りないところとして、次の紙になった。
会合の後、宮本さんが運用帳を閉じながら言った。
「欠けたものを出したから、帳面らしくなったね」
「壊れていない方がよかったです」
「そりゃそうだよ。でも、何も起きない帳面なんて、あとで誰も信じない」
松原さんも続けた。
「失敗が一つもない帳面は、だいたい読まれなくなる」
僕は、運用帳を見た。
延長コード不足。
持ち手欠け。
持出前確認なし。
きれいではない。
でも、動いた紙だった。
夜、集会所で僕は新しい版を作った。
『持出前確認』
照明。
持ち手。
コード。
点灯。
可搬電源。
外装。
残量。
端子。
多すぎると続かない。
少なすぎると見落とす。
その間を探す。
案〇・五。
版数を書いたあと、僕はしばらく手を止めた。
仮運用は、うまくいったから進んだのではない。
欠けたところを隠さなかったから、次へ進んだ。
それは、ここまで作ってきた紙の中で、一番大きな変化かもしれなかった。
最後に、仮運用報告の下へ一行を足した。
『失敗を隠さず、次の確認点へ移す』
これを正式な場へ出せるかどうか。
次の山は、そこになる。




