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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第55話 測る日

 朝の空気が、金物みたいに固かった。

 集会所の前へ軽トラを寄せると、白く薄い息が荷台の縁に当たってすぐ消える。

 エンジンを切ったあともしばらく、熱の残った鉄の匂いと、濡れた土の冷たい匂いが混ざっていた。


 僕は、荷台から折りたたみ机を下ろし、その上へ三つの紙を並べた。


 『到達時間表』

 『試行運用記録』

 『優先条件表』


 昨日までは、ここへ来るまでの紙を作っていた。

 今日は違う。

 書いた順番が、本当に回るかどうかを測る日だった。


「道、乾ききってないね」


 あやかが、靴先で地面をこすりながら言った。


「ちょうどいいわ」


 菜々さんは、クリップボードを配りながら答えた。


「乾いた時しか回らない順番なら、最初から弱いもの」


 その言い方で、今日の基準がはっきりした。

 うまくいく形を見せるんじゃない。

 止まる形まで拾う。

 昨日の会合で大滝が求めたのも、たぶんそこだった。



 午前中の集まりは、会合より少なかった。

 でも、必要な顔は揃っていた。


 宮本さん。

 北山さんの奥さん。

 吉岡さん。

 あやか。

 菜々さん。

 そして僕。


 机の上には、役割名を書いた細い札を並べる。


 停電確認役。

 開錠役。

 搬送役。

 受領確認役。

 返却・記録役。


「本当に札まで作ったのかい」


 宮本さんが笑った。


「今日は、名前じゃなくて役で回したいので」


「いいよ。その方が、誰の顔で遅れたかじゃなくて、どこで遅れたかが見える」


 まさにそのためだった。


 役割は、表向きの紙に合わせて一度だけ仮で置いた。

 停電確認役は宮本さん。

 開錠役は僕。

 搬送役は北山さん。

 受領確認役は吉岡さん。

 返却・記録役は菜々さん。


 あやかは、全体の時計を見る役になった。

 止める時刻。

 開いた時刻。

 着いた時刻。

 確認した時刻。

 その全部を、黙って書く。


「じゃあ、最初は集会所側発生、昼、乾燥寄り」


 菜々さんが言う。


「いちばん軽い条件から」


 僕は頷いて、腕時計を見た。

 秒針が十二をまたぐ。


「お願いします」



 最初の試行は、驚くくらい素直に回った。


 宮本さんが停電確認の電話を受ける。

 僕に開錠連絡が入る。

 北山さんが軽トラを出す。

 山ノ上で保管箱を開ける。

 集会所へ戻す。

 吉岡さんが受領確認をする。


 そこまでで、十三分。


「悪くないね」


 北山さんの奥さんが言った。


「思ったより早い」


 僕もそう思った。

 もっとどこかで引っかかると思っていた。


 でも、菜々さんは記録用紙から顔を上げなかった。


「まだ軽い条件だから」


 その一言の通り、止まり方は次で出た。



 二本目は、坑口側発生、昼、乾燥寄り。


 吉岡さんの家側へ先に回す想定だ。

 開錠線も、集会所側とは別に置く。

 前に切った線が、本当に生きるかを見る。


 今度は、電話が一本短くなった。

 宮本さんを経由せず、坑口側の発生から直接、開錠役と搬送役へ回す。

 そこまではよかった。


 でも、吉岡さんの家の前で止まった。


「受け取ったよ、でいいのかい」


 吉岡さんが箱を前にして言った。


「確認役だから、何か書き方があるんじゃないかと思ってね」


 その場で、みんな少しだけ黙った。


 たしかにそうだった。

 僕たちは“受領確認役”という名前までは切った。

 でも、何をもって受領とするかは、まだ決めていなかった。


「置いただけじゃだめですね」


 僕が言うと、菜々さんはすぐに紙へ書き足した。


「受領時、口頭確認あり」


「口頭だけで足ります?」


 あやかが聞く。


「足りないわね」


 菜々さんは頷いた。


「受領確認は、物、時刻、戻し先まで言う」


 それで、やっと次に進めた。


 可搬電源一台。

 受領時刻。

 使用後返却先は山ノ上。


 そこまで言って、ようやく“受け取った”になる。


「面倒だね」


 宮本さんが言った。


「面倒です」


 僕は認めた。


「でも、ここが曖昧だと、戻ってこなくなります」


「そうだね」


 彼女は、その時だけ妙にあっさり頷いた。


「村って、そこが口の中だけになるんだよ」


 その言い方は、かなり正確だった。

 物が消えるんじゃない。

 受け取ったという線が、口の中だけに残る。

 だから、あとで誰も悪くない顔ができてしまう。


 二本目の時間は、十一分だった。

 でも、そのうち二分近くは、受領確認の言い方で止まっている。


 距離は短い。

 なのに、そこで止まる。

 それが、かなり大きかった。



 昼をまたいで、三本目は集会所側発生、夕方寄り、道は雨後。


 空はまだ明るいが、山の影が下り始めている。

 軽トラのタイヤが、坂へ入るところで一度だけ泥を噛んだ。


「ここだね」


 吉岡さんが、荷台の横から言った。


「どこです」


「通行可否を電話で決めるとしたら、止まるのは」


 その通りだった。

 “道が通るか”は条件表に入れた。

 でも、その条件を誰がどう判定するかは、まだ曖昧だった。


「通れますか、って電話で聞かれてもね」


 北山さんの奥さんが言う。


「いま滑るかどうかなんて、そこにいる人の足で見ないと分からないよ」


 それで、また止まった。

 役割は切ってある。

 条件もある。

 でも、通行可否だけは、電話口の言葉で完結しない。


「確認役と搬送役、ここだけは分けきれないですね」


 僕が言うと、菜々さんは少しだけ考えた。


「分けきれないんじゃなくて、確認方法が要る」


「方法」


「ええ。通行可否は、誰が決めるかじゃなくて、どう確認したら可になるかを書いた方がいい」


 たしかにそうだった。

 人ではなく条件で切るなら、その条件の確認手順まで要る。


 吉岡さんが、そこで靴裏を見せた。


「少なくとも、山ノ上から下りる側が一回歩いて見る」


「搬送前に?」


「そう。積んでから止まる方が遅い」


 その一言で、紙の向きがまた少し変わった。

 通行可否は、電話口の情報じゃない。

 搬送前の現地確認だ。


 あやかが、時刻を書きながら言う。


「歩いて見る時間も入れるんだね」


「入れます」


 僕は答えた。


「むしろそこを入れないと、着いた時間だけ速く見える」


 これも、かなり大事だった。

 向こうが求めているのは、速そうな数字じゃない。

 本当に運用できる時間だ。


 三本目の結果は、十七分。

 ただし、そのうち三分は、通行確認に使っている。


 でも、それでいいのだと思った。

 分からないまま突っ込むより、三分で止まり方を減らせるなら、その方が強い。



 最後は、坑口側発生、夕方、雨後。


 ここでは、もう一つ別の止まり方が出た。


 電話そのものではない。

 鍵でもない。

 道でもない。


 誰が“夜間照明が必要”と切るか、だった。


「まだ明るいように見えるけどね」


 北山さんの奥さんが、空を見て言った。


「でも、坑口の中はもう暗い」


 吉岡さんがすぐ返す。


「外の明るさで切ると遅れる」


 そこで、また紙が止まる。

 夜か昼か、では荒いのだ。

 必要なのは、夜間照明そのものではなく、“作業場所が暗いか”の条件かもしれない。


「条件、少し言い換えますか」


 僕が言うと、菜々さんはすぐに書き換えた。


 夜間照明の必要

 ↓

 作業場所の照度不足


「固いですね」


 あやかが笑った。


「固いよ。でも、外が明るい暗いより、こっちの方が揉めにくい」


 その通りだった。

 顔で決めない。

 感覚で決めない。

 なら、言葉も少しずつ、その方へ寄せる必要がある。


 最後の試行は、十五分。

 ただし、条件の言い換えに気づくまで、やっぱり途中で止まった。



 夕方、全員が集会所へ戻ると、板の間に泥の薄い跡が並んだ。

 ストーブの上のやかんが小さく鳴っている。

 その音を聞きながら、僕は『試行運用記録』を打ち直した。


 集会所側発生・昼・乾燥寄り 十三分

 坑口側発生・昼・乾燥寄り 十一分

 集会所側発生・夕方・雨後 十七分

 坑口側発生・夕方・雨後 十五分


 そして、その下へ止まった場所を並べる。


 受領確認文言なし。

 通行可否の確認方法なし。

 夜間照明条件が粗い。


「距離じゃないね」


 宮本さんが、湯飲みを持ったまま言った。


「はい」


 僕も頷いた。


「止まってるのは、だいたい確認のところです」


「電話より後だね」


「ええ。連絡が遅いというより、確認の基準がない方が止まる」


 それを聞いて、菜々さんが僕の紙へ三本線を引いた。


「じゃあ、次はここを別表にする」


「別表」


「受領確認文言。

 通行確認手順。

 照度条件。

 運用で止まったなら、そこを分けて書いた方が早い」


 もう、見えてきていた。

 山ノ上に箱を置くか。

 誰が鍵を持つか。

 そこから始まった話が、いまは受領確認の文言と、雨後の坂を誰が先に歩くかの話まで下りてきている。

 地味だ。

 でも、かなり強い。


「向こう、これ読んだら嫌がりますね」


 あやかが言った。


「どうして?」


 僕が聞くと、彼女は少しだけ笑った。


「責任を大きくまとめる話じゃなくて、止まる秒を一個ずつ潰す話だから」


 それは、たしかにそうだった。

 大きい正しさの顔はしない。

 でも、止まる場所を減らす。

 この紙は、そういう顔つきになってきている。


 最後に僕は、『試行運用記録』の横へ新しい紙を一枚置いた。


 『確認手順表』


 受領確認。

 通行確認。

 照度確認。


 その見出しを書いたところで、今日の試行で拾った止まり方が、ようやく次の紙の名前になった。


 菜々さんが、後ろから言う。


「いいわね。だいぶ運用の紙になってきた」


「まだ細かいだけじゃないですか」


「細かいのよ。でも、細かいから止まりにくい」


 その言い方で、少しだけ肩の力が抜けた。

 机の上の紙は増えている。

 でも、そのぶんだけ、村の中で口だけで決まっていた順番の居場所は減っていく。


 夜、最後に僕は『確認手順表』の下へ、もう一つだけ言葉を足した。


 『確認文言』


 誰がやるかだけじゃない。

 何をどう言ったら、確認したことになるのか。

 そこまで切って、ようやく次の会合へ出せる紙になる。

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