表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/66

第53話 順番を書く

 雨は夜のうちに上がっていた。

 朝の集会所の軒先からは、まだ遅れて落ちる雫が一つずつ石の縁を打っている。

 濡れた土の匂いに混じって、裏手に積んだ古い角材の湿った木の匂いが上がってきた。


 僕は、その音を聞きながら、昨夜書いた見出しをもう一度見た。


 『鍵管理・持出判断 別紙』

 『連絡順』


 昨日の会合で足りなかったものは、もうはっきりしている。

 でも、足りないと分かることと、書けることは別だった。


「今日は、誰から行きます?」


 僕が聞くと、菜々さんは迷わなかった。


「宮本さん」


「やっぱり」


「順番の紙なんだから、順番を知ってる人からよ」


 その通りだった。

 誰が鍵を持つか。

 誰に電話が入るか。

 誰が軽トラを出すか。

 会合ではそこが争点になった。

 なら、村の古い順番がどう回っていたかを、まずは正面から拾うしかない。



 午前中、僕たちは宮本さんの家へ行った。


 縁側には、干しきれなかったらしい手ぬぐいが二枚だけ残っていた。

 雨上がりの薄い光で、白地が少し青く見える。


「別紙、作るんだって?」


 座るなり、宮本さんが言った。


「はい。持出順だけじゃ足りないって分かったので」


「分かったなら早いね」


 そう言って、彼女は押し入れの奥から細い箱を一つ持ってきた。

 前に見た札より、もう少し新しい紙束だった。


「これは?」


「停電の時と、祭礼の時の連絡控え。古いのは札だったけど、途中から紙にも書くようになった」


 開くと、家の名と電話番号、それから短い矢印が並んでいた。


 集会所。

 宮本。

 北山。

 坑口。

 軽トラ。

 蔵鍵。


 字は小さいが、迷いはなかった。

 誰から誰へ回すかが、一本の線で書かれている。


「これ、一本道ですね」


 僕が言うと、宮本さんは頷いた。


「一本道だよ。昔は、その方が早かったから」


「でも、止まると全部止まりますよね」


「止まったよ」


 彼女はあっさり言った。


「だから、あんたにああ言ったんだ」


 そこへ菜々さんが、紙束の端を指で押さえた。


「昔の順番を全部捨てる必要はない。でも、そのままだと一人止まった時に詰まる」


「そう」


 宮本さんは、そこでもう一枚、別の紙を出した。


 こっちはもっと雑だった。

 急いで書いたらしく、矢印が二本に分かれている。


「これは?」


「去年の停電の時。最初の一本が途中で止まって、後から書き足した」


 その紙には、こうあった。


 集会所 → 宮本 → 北山

 不通時 → 坑口 → 吉岡

 鍵不在時 → 予備


 その三行だけで、かなりのことが見えた。

 普段は一本道で回していた。

 でも、本当に止まった時には、その場で別の線を足していた。

 つまり村は、古い順番しか知らないわけじゃない。

 足りなくなると、ちゃんと分岐も作っていたのだ。


「これ、最初から紙にしてなかったんですね」


「してないよ。だって、いつもはそこまで要らなかったから」


「でも、要る時には要る」


「そう」


 宮本さんは僕を見た。


「黒部くんたちが今やろうとしてるのは、その“要る時”を最初から紙にすることだろ」


 それは、かなり正確だった。

 設備の話じゃない。

 止まった時だけ口伝えで出てきた分岐を、先に紙にする話なのだ。



 集会所へ戻ると、僕はすぐにノートPCを開いた。


 一本道の連絡控え。

 停電時に書き足された分岐。

 会合で出た条件。

 個別面談で拾った引っかかり。


 それをそのまま打ち込んで、AIに一つだけ聞く。


 『一本の連絡線が止まった時に、村の最低機能を止めないための連絡順を、役割分離で組み直したい。どこで分岐させるべきか』


 返ってきた案は、かなり素直だった。


 1. 停電確認

 2. 開錠連絡

 3. 搬送手配

 4. 受領確認

 5. 使用後返却・記録


「やっぱり、判断を一か所に置いてない」


 僕が言うと、菜々さんは画面を覗き込んだ。


「ええ。向こうは“誰が決めるか”で一つに戻したがる。でも、こっちは“何を誰が受けるか”で切った方が強い」


「持つ人、運ぶ人、確認する人」


「そう。あと、開ける人」


 僕は、その場で新しい表を打ち始めた。


 停電確認。

 開錠。

 搬送。

 受領。

 返却記録。


 役割の欄を作るだけで、だいぶ見え方が変わる。

 いままで全部が“誰が決めるか”に寄っていたのが、“何を止めないか”の方へ戻ってくる。



 昼過ぎ、あやかが集会所へ顔を出した。


 濡れた長靴の底で土間をこすりながら、こっちを見る。


「早いね。もう紙になってる」


「まだ叩き台です」


「その叩き台、向こうも欲しがってるよ」


 やっぱり、と思った。


「何て言ってました」


「保全会名義なら話が早いって」


 あやかは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「山ノ上の保管拠点そのものを潰す気は、いまはあんまりないみたい。でも、鍵と判断の線は向こうへ戻したい」


「会合で言ってたままですね」


「うん。で、次はもっと丁寧に来ると思う。“責任の所在を明確にするため”って顔で」


 かなりありそうだった。

 露骨な邪魔じゃない。

 安全。

 責任。

 その顔で戻してくる。


「他には」


「黒部くん個人に寄せるのも危ない、って言い方は続ける」


 それも分かる。

 だからこそ、こっちも“黒部くんが持つ線”じゃなく、“誰か一人では止まらない線”へ切らなければならない。


「じゃあ、個人名で書かない方がいいですね」


 僕が言うと、菜々さんは頷いた。


「最初の案は役割名にしましょう」


「役割名?」


「停電確認役。

 開錠役。

 搬送役。

 受領確認役。

 個人名は裏で持つ。前に出す紙では、まず役割で切る」


 その方が強い。

 誰が偉いかの話にされにくいからだ。



 夕方、僕たちは吉岡さんの家にも寄った。


 坑口の家は、雨上がりのあとの方が匂いが濃い。

 湿った土と、古い写真紙と、少しだけ油の残った木箱の匂いが混ざっている。


「今日は、順番の話かい」


 吉岡さんは、こっちの紙を見てすぐ言った。


「はい。電話の入る順番と、鍵の持ち方です」


「ようやくそこへ来たね」


 彼は、紙の『開錠役』のところを指で叩いた。


「一つだけ言うとく。集会所からしか開かない順番にするな」


「集会所からしか」


「うん。夜に山を回る時、集会所へ一回寄ってから坑口へ来ると、それだけで遅い」


 たしかにそうだった。

 僕らはつい、集会所を真ん中に置いて考える。

 でも、実際に停電する時は、止まる場所ごとに近い線がある。


「じゃあ、鍵も二系統ですね」


 菜々さんが言う。


「そう。主鍵と予備じゃない。集会所側の開錠線と、坑口側の開錠線だ」


 その切り方は大きかった。

 予備鍵というと、どうしても主が止まった時の替えに見える。

 でも、最初から別の線として持てば、止まり方そのものが変わる。


「運ぶ順番も、一本道じゃだめですか」


 僕が聞くと、吉岡さんは首を振った。


「集会所が先、坑口が後、って固定しすぎると、今度は逆の時に困る。必要なのは順番じゃなくて、先に動く条件だ」


「条件」


「冷蔵があるか。

 夜か。

 道が通るか。

 その三つでだいたい切れる」


 それは、かなり現場だった。

 会合では“どこへ先に回すか”と聞かれた。

 でも本当は、先を決める条件を紙にした方が強いのだ。


 僕は、その場でメモを取る。


 優先条件。

 冷蔵。

 夜間照明。

 通行可否。


「それなら、大滝さん側も“恣意的だ”とは言いにくいですね」


 僕が言うと、吉岡さんは小さく笑った。


「人の顔で決めると揉める。条件で切れ」


 それは、そのままここまで拾ってきた条件の答えでもあった。



 夜、集会所へ戻ると、僕は新しい紙を二枚に分けた。


 一枚目。

 『鍵管理・持出判断 別紙(案)』


 1. 停電確認役

 2. 開錠役

 3. 搬送役

 4. 受領確認役

 5. 返却・記録役


 二枚目。

 『連絡順(案)』


 集会所側発生時。

 坑口側発生時。

 開錠不在時の分岐。

 搬送不可時の分岐。

 優先条件。


 そこまで打つと、ようやく会合で言い返せる紙の顔つきになってきた。

 誰が偉いか。

 誰が古いか。

 誰が新しいか。

 そういう話じゃなく、

 どこが止まるか。

 何なら代替できるか。

 どこで分岐させるか。

 その紙になる。


「ようやく、向こうと違う土俵に乗せられそうですね」


 僕が言うと、菜々さんは椅子の背にもたれた。


「ええ。向こうは責任を一つにまとめたがる。こっちは停止点を分ける」


「どっちが正しい、じゃないんですね」


「正しさの顔は、向こうの方が強いかもしれない。でも、止まらない形はこっちの方が強い」


 その言い方で、会合の時に胸の奥へ残っていた引っかかりが少しだけほどけた。

 大滝側が言っていたことは正しい。

 でも、その正しさは責任をまとめる正しさだった。

 こっちが作りたいのは、止まり方を分ける紙の方なのだ。


 最後に僕は、『連絡順(案)』の下へ、もう一つだけ見出しを足した。


 『優先条件表』


 人の顔じゃなく、条件で切る。

 村の順番を、止まらない形へ組み直すなら、その一枚が次に要る紙になるはずだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ