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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第28話 記録の扱い

 漫画冊子が村のあちこちへ回った三日目、あやかから短い連絡が来た。


「大滝さんのところにも、一冊行ったみたい」


 その一言で、空気が変わるのが分かった。

 配る先は選んでいたが、村は狭い。

 誰の手を経たかは、すぐに見える。



 昼前、菜々さんは役場の近くで大滝の側近と顔を合わせた。


 向こうは、いつものように柔らかい口調だったが、目だけは冊子の表紙を見ていた。


「これ、面白いことを始めましたね」


 その言い方は、褒め言葉にも警告にも聞こえた。


「村の記録です」


 菜々さんがそう返すと、側近は少しだけ口角を上げた。


「記録ね。村の記録なら、役場でも欲しがる人はいるでしょう」


「売り物ですから」


「売り物か。それなら、なおさらだ」


 男は冊子を一冊だけ受け取って、すぐには開かなかった。

 ページをめくる前に表紙を見て、イラストになった吉岡さんの顔を見た。


「この人、うちの叔母と同じこと言ってますよ。昔、坑口のあたりを歩いていた頃のこと」


 あやかが、その場にいたなら少し息を止めていただろう。

 大滝側が、この冊子をただの宣伝だとは見ていない。

 むしろ、村の記憶を誰が押さえるのかを、すぐに量ろうとしている。


「これを、どこまで広げるつもりですか」


 側近が聞いた。


「広げるというより、残します」


 菜々さんの返事は短かった。


「残すだけなら、好きにすればいい。けど、村の話ってのは、残ると誰の話になるかで揉めるんですよ」


 その言葉で、僕は大滝側が何を気にしているか分かった。

 冊子そのものではない。

 記憶の主導権だ。

 誰が語るか、誰が保存するか、誰が見せるか。


 夕方、集会所に戻ると、昼に読んだ男がもう一冊を手にしていた。

 ページをめくりながら、何度か同じところで止まる。


「これ、あの頃のこと、ちゃんと残ってるな」


 そう言ってから、彼は少しだけ照れたように付け足した。


「大滝さんのところに持っていってもいいか?」


 あやかが、その言葉に目を上げた。


「いいよ。見せるなら見せれば」


 男はうなずいて、冊子を脇に抱えた。


 誰かに渡したいと思わせる時点で、もう記憶はただの印刷物じゃない。

 村の中で、どの話を誰が持つかが始まっている。



 夜、吉岡さんの家へ戻ると、彼女は冊子を机に置いたまま、しばらく黙っていた。


「大滝さんのところにも行ったんだって?」


「はい」


「そうか」


 それだけ言って、吉岡さんはページの端をなぞった。


「あの人たち、嫌がるかと思ったけど、案外そうでもないのかもしれないね。記録っていうのは、扱い方を間違えると武器になるから」


 僕は、その言葉を聞いて、前から感じていたことを少しだけ言い換えた。

 紙になった記憶は、空気より強い。

 でも、強いからこそ、扱う側を選ぶ。



 翌朝には、役場周辺で漫画冊子の話をする声が増えていた。

 褒める声もあれば、警戒する声もある。

 ただ、一つだけ共通していたのは、もう誰も完全には無視できていないことだった。


 僕は、机の上に残った一冊を見ながら思った。

 これから村で起こるのは、記録を巡る争いだ。

 誰が残すか。

 誰が読むか。

 誰が村の顔として持つか。


 漫画冊子は、もう村の中だけの話じゃなくなっていた。

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