第24話 席をずらす
前回の会合のあと、あやかは件の宮本さんからもう一度だけ話を通した。
「今度は、集会所で会おうって」
電話を切ったあとで、あやかは付け足した。
「でも、いつもの席順じゃだめだって。大滝さんの顔が見える位置だと、みんな黙るから」
「席順まで決まってるんですか」
「決まってるというより、慣れてるんだよ」
慣れた席は、慣れた沈黙を呼ぶ。
だから、少しずらすだけでいい。
その夕方、僕たちは集会所の机の向きを変えた。
正面に大滝が来ないようにし、入口に近い側に若い人が座れるようにする。
菜々さんは、机の端に役目の地図を置いた。
草刈り、祭礼、選挙、電源。
最初に来たのは、前回会った連絡役の宮本さんだった。
そのあと、あやかが呼んだ家から、普段なら表に出ない北山さんと、その妻が入ってきた。
北山さんは、炭鉱の閉山後に生まれた世代だという。
村のことは知っていても、村の役に立つ話をしたことはない、と少し照れたように言った。
「こういう席、久しぶりだな」
北山さんがそう言うと、宮本さんは苦笑した。
「久しぶりでいいのよ。いつも同じだと、誰も変われないから」
菜々さんは、まず電源の話をした。
大きな設備の話ではない。
停電したときに、集会所の照明と冷蔵庫と、簡単な無線機が落ちない程度の蓄電設備。
それがあれば、祭りの備品も、選挙の開票資料も、炭鉱時代の写真の保存も守れる。
「村で必要なのは、でかい発電所じゃない。止まらない最低限の仕組みです」
北山さんは、それを聞いて初めて顔を上げた。
「停電って、そんなに困るか?」
「困るよ」
妻のほうが先に答えた。
「去年、冷凍庫が止まって困ったでしょう。草刈りの写真も、祭りの会計も、暗くなると見づらいし」
その言い方は、いかにも村の話だった。
大げさじゃないのに、生活の芯を突いている。
僕は、役目の地図を見ながら、電源の話が暮らしと票をつなぐと分かった。
北山さんは、少し考えてから言った。
「うちの親父は、大滝さんのところに恩があるって言う。でも、電気が落ちると困るのは、恩のある家じゃなくて、実際に暮らしてる家だ」
その言葉で、部屋の空気が少し変わった。
あやかが、入口のほうを一度だけ見た。
「席をずらしただけで、話す人が変わるんですね」
僕が言うと、宮本さんはうなずいた。
「ずらすのよ。村は、正面を向かせると動かないから」
菜々さんが、地図の端に新しい矢印を引いた。
電源から草刈りへ、草刈りから保存へ、保存から祭りへ、祭りから選挙へ。
やがて北山さんは、机の向こうで静かに言った。
「俺、次の草刈り、最初から出るよ」
北山さんの妻が、それを聞いて笑った。
「やっとね」
その笑い方は、村の空気が少しだけ動いた時の顔だった。
帰り際、あやかが小さく言った。
「こういうの、ひとつずつなんだよ。いきなり全部は変わらない。でも、席が変わると、声が変わる」
僕は集会所の扉を振り返った。
中では、誰かがまだ机を直している。
ふだんの順番ではない並びが、そのまま次の順番になるかもしれない。
村を動かすのは、大きな宣言じゃない。
席を一つずらして、話す順番を変えることだ。




