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父の帰還

久々に帰還したグレイスフィールド伯爵・エドガーを迎えたのは、鮮やかに整えられた中庭と、満面の笑みを浮かべたリディアとマルグリットだった。


「お帰りなさいませ、エドガー様! ご無事で何よりですわ!」


「お父様! やっと戻ってこられたのですね。屋敷が寂しかったですわ」


二人の派手な衣装と化粧、そして浮かれた声に、エドガーは軽く目を細めた。

どこか落ち着かない、そう感じたのは空気だけではなかった。なにより――アメリアが姿を見せない。


(……不思議だ。私が戻ると聞けば、真っ先に飛び出してくるはずだが……)


だが、リディアの話では「外出中」とのことだった。翌日もまた、「体調が優れない」。そして三日目には「部屋で静養している」と変化していった。


違和感は、時間とともに確信へと変わる。


その夕方、離れの回廊を歩いていたエドガーの耳に、厨房前の会話が風に乗って届いた。


「アメリア様がいなくなってから、本当面倒だよな……皿洗いも掃除も、いちいち交代でやらなきゃならないしさ」


「まったくだよ。アメリア様どこ行ったんだか、早く帰ってきて俺らの仕事やってほしいよ。」


エドガーの足が止まった。


アメリア“様”が――“いなくなった”?


エドガーの足元を冷たい風が通り抜ける。厨房裏に響いたその会話は、耳を通して心を直撃した。


(……こき使っていた? 皿洗いや掃除? アメリアが……?)


信じがたい言葉だった。彼女は令嬢として育ててきたつもりだった。たとえリディアたちに世話を任せていたとはいえ、まさか、そんな扱いを――。


胸の奥がひどくざらついた。

まるで古傷をこじ開けられたように、過去の記憶がこぼれ出す。


幼い頃のアメリア。

母のミリアが亡くなって間もなく、泣きながらエドガーの袖を握っていた。


『……お父様、私、いい子にしますから、そばにいてください……』


それでも仕事に追われ、彼女を屋敷に置いて、外へ出るしかなかった。だからせめて――安心できる人に見守らせようと、リディアを雇ったのだ。

それが裏目だったのか。


エドガーは翌朝、何気なく侍女長を呼び、さりげない風を装って問うた。


「……アメリアは、最近どのように過ごしていた?」


すると返ってきたのは、まるで澱みのような言葉だった。


「はあ、アメリアですか……まあ、毎朝夜明けとともに洗濯や掃除をこなされて、その後は厨房に立ち……食事は下げた残り物を……」


声が震える。


「……けれども最近は、疲れからか倒れることも多く……仕事中に倒れて奥様やお嬢様からお叱りを受けることも多かったです。……」


エドガーは頭を抱えた。


それからというもの、使用人の一人ひとりを呼び出し、同じ問いを投げかけた。そして皆が口を揃えて語ったのは、“沈黙の虐待”だった。


口で命じることはなくとも、無言の同調圧力で手足のように扱われるアメリア。

粗末な寝床。粗末な食事。

文句も言わず、ただ黙々と働き、疲れ果てて倒れても、誰も手を差し伸べなかった。


(そんな地獄を……私の大切な娘が……)


全身が震えた。

悔しさに、情けなさに、そして――怒りに。


エドガーは意を決し、リディアとマルグリットを執務室に呼びつけた。


「アメリアのことだ。説明してもらおうか」


リディアは涼しい顔で応じた。


「アメリア? あの子は気難しい子でしてね。私たちの言うことも聞かず、勝手ばかり。あげく失踪など――親不孝も甚だしいですわ!」


「そうよ、お父様。あの子、母の大切な香水を盗んだこともあったのよ? 私が言わなきゃ、誰も気づかないままだったのだから!」


嘘だ。全部嘘だ。

エドガーには、今やそれがわかる。

使用人たちの証言、そして何より――アメリアの笑顔の記憶が、それを否定していた。


「……そうか。では、この契約書については、どう説明する?」


机の上に置かれた書類。それはかつて、リディアとマルグリットを“世話係”として屋敷に住まわせた契約書だった。結婚ではない。娘でもない。

単なる雇人だった。


「な、何を――? あのとき確かに結婚を前提に――!」


「していない。あれは、単に『生活の面倒を見る代わりに子どもたちの世話を任せる』という合意書だ」


エドガーの声は静かだったが、その瞳は氷よりも冷たかった。


「よくも私の娘を……。よくも、私の大切な……ミリアの忘れ形見を……!」


リディアの顔が引きつり、マルグリットが目を見開く。


「お父様! 私、あの子に意地悪したのは、ただ、あの子が生意気だったからで――!」


「黙れ!」


轟音のような怒声に、部屋の空気が一変した。



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