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3/3

3.カルナ

name:カルナ

Sex:男

Age:20 /Height:182/weight:58

Blood Type O

ability:身体強化レベル7/血液操作レベル7


※若干のサイコパス表現とグロテスクな表現があります。

 苦手な方はご注意ください。


***

 

 その日、僕は死ぬ寸前だった。

 大げさに言ってるわけじゃないよ? 本当に死にかけてた。たぶん、あと一分後ぐらいに死んでたんじゃないかなぁ。

 何しろ、蔓延している疫病のせいで、両腕も両足も真っ黒に壊死しちゃって腐り落ちちゃってたし、耳もほとんど聞こえなかった。

 かろうじて、目がぼんやりと見えるぐらいだったんだ。


 この状態になるまでが、本当に辛かったぁ。

 毎日毎日、死ぬほど痛くて。痛いよーって、何回叫んだか分からないぐらい叫んでさ。しかも、そんな酷い状態なのが僕だけじゃなくて、大勢いた。

 一日中響く、酷い叫び声と、肉と死体の臭い。街のあちこちに蛆とかいろんな虫がわいていた。

 ヴィラ―ロッドのスラムは、まるで地獄だった。

 頭がおかしくなりそうだったよ。

 っていうか、もうおかしくなってたんだと思う。だから僕、こんな風になっちゃったのかも。


 この地獄から、逃げることはできなかった。

 王宮の指示でスラムは高い高い壁で囲われてしまったんだ。何でも、二次被害を防ぐために、中から人が出てこれないようにしたらしい。

 つまり、見殺しってことだ。酷いってレベルじゃないよね?


 まぁ、そんな地獄みたいな状況だったから、もはや生への未練なんて、これっぽっちもなかった。

 早く死んで、この痛みから解放されたいって、そればっかり思ってた。

 いろいろな汚いものが無秩序に散らばった地面に、仰向けに倒れたまま、僕はぴくりとも動けなかった。

 もうすぐ、この汚いものの一部に、僕もなるんだなぁ、ってぼんやりと考えていた。

 

 でも、そのときね。

 高い高い壁の上に、一人の女の子の姿が見えたんだ。

 あんなところに人がいるはずがないから、ああついに、天使さまが僕をお迎えに来たんだぁって思った。

 よかった、これで楽になれる、って。


 ぼんやりした視界に映っている天使さまは、両手を僕たちに向かって差し出した。

 するとね、だんだん、身体から痛みが消えていったんだ。

 ああ、ついに死んじゃった。そう思った。

 こうして僕は無事、天へ召されましたとさ。めでたしめでたし。


 あれ?

 でも、なにかおかしいって、すぐに気がついた。

 身体がさ、めちゃくちゃ軽くなって、良く見ると真っ黒に壊死した手足が、きれいに元に戻っていたんだ。

 それ以外にも、失われていたさまざまなものが再生していた。

 もしかして、これって現実? そう気がついて、驚いて立ち上がった。

 そう、立ち上がれたんだ。

 耳も治ってて、視界もすっかり良好になっていた。地面にわいている蛆もはっきりと見えたよ。

 僕だけじゃない。さっきまで腐って死にかけていた人たちは、みんな回復して、元の身体に戻っていた。


「あ、あそこだッ!」


 近くにいたおじさんがそう叫んで、高い壁の上を指した。

 死にそうになってたときに、ぼんやりと見えた、天使さま。

 天使さまに見えた女の子は、それからしばらくの間、両手を僕たちに向けていた。

 全ての人たちを回復し終わったのか、その後大きく身体をふらつかせながら、去っていった。


 それが、スズさまとの、出会いだった。

 


***


 地獄のようなスラムを救ってくれたのは、異世界からきた、レベル4の治癒能力者の女の子。

 その情報は、すぐにこの街にも回ってきた。

 その女の子の名前は、スズさま。治癒能力者だということを隠していたらしいけど、スラムの疫病を治めたせいで、王宮にバレてしまったらしい。

 こんな汚い世界に住む僕たちを助けてくれるなんて、リアル天使さまだぁ。

 

 だけど、スズさまは、超絶希少な治癒能力者。

 バレてしまった以上、きっと王宮に厳重に監禁されてしまうだろう。

 スズさまが監禁されたら、例え殺されることになっても、助けにいこうーって思った。何たって命の恩人だからね!


 だけど王宮は、考えがあるのか、スズさまを他の治癒能力者のように監禁せず、騎士の一人にした。

 その理由は今でも分からない。普通じゃ考えられないことだって、僕でも分かる。

 それと同時に、スズさまの部下を広く募集した。

 強い能力者であることが、絶対条件らしい。きっと部下といいつつ、ボディーガードみたいなものになるんだろう。

 これだ、って思ったよー! 絶対に挑戦しようと思った。

 幸い、僕は能力持ちだった。

 血液操作のレベル7。けっこう強い、とは思う。でも、すぐに貧血を起こしてしまうのが欠点だった。


 王宮のことは、殺したいぐらい嫌いだった。

 何たって、スラム一個をまるっと殺そうとしね。王宮の関係者は本当に全員苦しんで死んでほしい。

 でもね。それよりも僕は、スズさまに、もう一度、会いたかった。

 死にかけていたときに見た、スズさまの神々しい姿が目に焼き付いて、離れなかったんだ。


 もしかして、僕はスズさまのことが好きなのかなぁ。ふと、そう思った。スズ様に、恋をしているのかなって。だって、今やもう四六時中、スズさまのことを考えてるし。

 でもその考えはすぐに、否定した。

 ううん、やっぱり違う。

 これはもっと、そう。神聖な感情なんだ。

 情欲をはらむような、下品な感情じゃなくてね。

 

**

 

 そして、面接の日がやってきた。

 通された部屋に入って、真っ先にスズさまを見る。

 スズさまを、こんなに近くで見たのははじめてだった。


 ――わあ、妖精さんみたい!


 っていうのが第一印象だった。

 ぱっと目を引く華やかな美人、とかじゃないんだ。

 よく見ると、愛嬌があってけっこうかわいい、そのへんにいそうな普通の女の子って感じだった。

 この女の子が、治癒能力者さま。そして、僕を助けてくれたんだぁ。

 それがね、すっごく不思議な感覚で、妖精さんみたいだって思ったんだ。

 

 面接は、びっくりするぐらい、うまくいかなかった。

 僕ってば、すっかり緊張しちゃってさぁ。血液の内容量も考えずに披露したら、貧血で倒れちゃったんだぁ。

 めちゃくちゃ、かっこわるい……。

 床に倒れながらそう思っていたら、足音が近づいてきた。

 力なく顔をあげると、近くにスズさまがいて、びっくりした。


「だ、大丈夫ですか……?」


 ちょっと困惑した声色でたずねられて、すぐに体調が戻っていく。

 スズさまが治癒能力で、貧血を回復させてくれたんだって気がついた。

 むくりと起き上がった。うれしくて、ついニコニコとスズさまを見てしまう。

 スズさまは、ちょっと引いたような顔をしていた。

 けっこう、表情が豊かな女の子らしい。



 そうして、スズさまの部下を決める面接は終わった。

 あんな醜態をさらしてしまった僕は、もちろん落とされてしまった。

 まぁ元々、望みは薄かったんだけどね……。

 部下は同じスラムに住む、リオに決まった。リオはレベル10だし、身体強化以外に能力が二つもある。当然っちゃ当然だ。僕が騎士でもリオを選ぶよ。

 それにスズさまは女の子だし、僕みたいなガリガリの青白い不気味な男が部下なんて嫌だよね、はぁ……。

 まぁ、スズさまを近くで見られただけで満足! そう自分に言い聞かせた。


 って思いつつ、実はこっそり、スズさまに僕の血液をつけておいた。こうすることで、スズさまの居場所が手に取るように分かるんだ。悪用するつもりは、今のところないよ。つい出来心でやっちゃっただけ。

 はぁ、なんか僕ストーカーみたいだなあ。



***


 それから、しばらく経ったある日のことだった。


「あんた、血液操作の能力者なんだって?」


 ヴィラ―ロッドのスラムで、肩ぐらいの黒髪に血みたいに真っ赤な目を持つ、女の子みたいな顔をした男に話しかけられた。

 男って分かったのは、声が低かったからだ。黙ってたら、女の子って思ってたと思う。


「キミだれー?」

「僕はメア。別に名前は覚えなくていい。僕もどうでもいいから」


 せっかく可愛い顔をしているのに、高圧的でけっこう感じがわるいタイプだ。

 僕は気にならないけど、ここは治安があんまり良くないから、そんな態度でいたら、痛い目みちゃうよー?

 なんて。余計な心配をしてしまった。


「僕に何の用ー?」

「治癒能力者のスズさまをさらいたい」

「は?」

「手伝ってくれない?」


 メアは真顔でそんなことを言った。

 ……いやいや、何言ってんのこいつ、って思った。

 僕、スズさまのこと、天使だと思ってるぐらいだし?

 天使どころか、神々しい存在として見てるし?

 何なら神様より信仰してるし?

 そんなの受けるわけないじゃん。ってかこいつ、スズさまに何しようとしてんだ。ここで殺してやろうか。そう思った。


「あんた、あの女に近づきたいんでしょ?」

「……どういうこと?」

「あの女の部下を決める面接に行ったのを見てた。だらしない顔でティルナノーグの城から出てくるところもね」


 メアは馬鹿にするような笑みを浮かべて、そう言った。

 馬鹿にされるのは慣れてる。だから、全く気にならない。

 ただ、あのとき見られていたことに、全く気付いていなかったから、それに驚いた。


「僕は、あの女の能力にしか用がない。だから、あの女個人に興味があるんだったら、悪い話じゃないと思うけど?」


 ――あ、こいつ何か勘違いしてる。

 そう気がついて、さすがの僕も少しイラっとした。

 僕は別に、スズさまのことを下品な目で見てるわけじゃない。

 何度も言うけど、誰よりも神聖な存在として見てるんだからね。


 だけど僕は、すぐに断ることができなかった。

 またスズさまに会える。

 それがさ。とーっても甘い蜜みたいに、魅力的なことだって思ってしまったんだ。


「まぁ、考えといてよ。三日後にまた来るから」


 そう言って、メアは去っていった。

 


**


 うーん、どうしよう。僕は、めちゃくちゃ悩んだ。

 最初はさ、メアを殺してスズ様を守るぞ! って気持ちだったのに、ほんのちょっとの甘い蜜が判断を鈍らせていた。

 それぐらい、もう一度スズさまに近づきたかったんだ。

 考えて考えて考えて。僕が出した結論。

 よし。スズさまが、僕を部下にしてくれるなら、やめよう。そう決めた。

 つまり、もう気持ちは決まってたってことだよね。はぁ、僕ってサイテー。



 さっそく、面接のときにこっそりスズさまにつけた血液をたどって、スズさまの元に向かう。

 どうやら、グリモワールのマナ修練所にいるみたい。

 ……何か本当にストーカーみたいになってきたなぁ。

 まぁ、その通りなんだけどさ。

 

 修練所に入って、真っ直ぐにスズさまの元へ向かう。

 スズさまは訓練場にいた。そこには、部下になったリオ、それに面接のときに見た女騎士が二人もいる。

 さすがスズさま。厳重すぎる。

 僕は落ち着くために息を吐いて、何食わぬ顔で声をかけた。


「あれぇ、もしかしてスズ様ですかぁ?」


 自然を装ったけれど、ちょびっとだけ声が震えてしまった。

 さっそく、ちょっと強引に、部下にしてほしいってお願いしてみる。

 だけどスズさまは、そんな僕を見て、めちゃくちゃ警戒していた。

 っていうか、ちょっと怖がっていた。ショック。

 

 で。結局、部下にはしてもらえなかった。

 まぁ、そりゃそうだよねー。はぁ。

 とにかくこれで、メアと一緒にスズさまをさらうことが決定してしまった。

 あースズさま、ごめんなさい。

 心の中でスズさまに謝りつつも、それを喜んでいる自分が、嫌になりそうだった。

 

 

**


 数十日後。

 メアと綿密な計画を立てて、ヴィラ―ロッドの市場をリオと歩いていたスズさまを襲った。

 僕の血液をうんと細くして、それにメアの能力――睡眠を乗せたんだ。

 結果、市場にいた人たちをみんな巻き込んでしまって、一人残らず気絶させてしまった。

 何せ、リオが邪魔だったからさ、不可抗力だ。まぁ怪我はさせてないからいいよね。


 僕は、同じく気を失ったスズさまを抱き上げた。

 軽い。女の子って感じがした。

 途端に、胸の奥がぞくぞくする。ああ、だめだ。この感情はだめなやつだ。

 にやにやしながらスズさまを見ていると、隣にいたメアはドン引きした顔で、僕を見つめていた。

 なんだよ、悪いかー。


**

 

 サリエニティにある、メアの住処に入る。

 無機質で何もない、ただっ広い部屋だ。

 メアはすぐに、壁に刺さっている能力無効化の手錠に、スズさまの左手を拘束した。

 

 可哀想なスズさまの姿を見て、また胸の奥がぞくぞくする。

 ――ああ、これ何ていうんだろう。

 きれいな天使を捕まえて、羽をもいで、飛べないようにしている、みたいな感覚に近いのかもしれない。

 何度も言うけど、僕はスズさまを神聖な存在として見ている。

 だからね、これが背徳感かぁって思った。

 うん、わるくないかも。

 スズさま、ごめなさい。



 しばらくして目が覚めたスズさまは、冷静なふりをしていたけど、声が震えていた。

 可哀想に。僕らが怖いんだなって思った。そりゃ怖いよね。不気味な男二人に、さらわれちゃったんだもん。僕がスズさまでも怖いよ。

 そんな怯えているスズさまに、メアは次々に酷い言葉をあびせて、わざと怯えさせている。

 さすがに、イライラした。

 だけど、がまんー。


 改めて、かわいそうなスズさまを見る。

 片手を拘束されて、能力が使えなくなっちゃったスズさまは、こうして見るとただのヒトの女の子だ。

 まるで、羽をもがれた天使が、ただのヒトになっちゃったみたい。

 なんちゃって。

 詩人だなぁ、僕って。


 さぁ、スズさまのために、おいしいごはんでも作ってこようかなー。

 そう思って背を向けた――そのときだった。

 ぴちゃり、と生暖かいものが頬にかかった。

 え、なんだろう。親指で拭ったそれは、真っ赤だった。

 驚いて振り返る。

 さっきまで白かった床が、真っ赤に染まっていた。

 手錠でつながれていたはずのスズさまは、立ち上がっている。

 痛みに耐えるように、歯を食いしばっているスズさまの左腕は、なかった。

 壁に埋め込まれていた手錠から、スズさまの白い腕がぶらさがっている。


 床に、さっき僕があげた、ナイフが転がっていた。

 ――まさか、スズさま。嘘でしょ? 自分の腕を切断したの?

 普通じゃない。絶対に、ただのヒトの女の子なんかじゃない。

 

 失われたスズさまの左腕がみるみる再生していく。

 その光景はあまりにも美しくて、神々しくて、僕はまるで魅了されているかのように、スズさまから目が離せなかった。

 

 腕が元通りに治った後、すぐにスズさまの薄茶色の瞳が、僕を見た。

 次の瞬間には、召喚したらしい大きなハンマーを手にしていて、僕の目前で大きく振りかぶる。

 その日の光景は、それが最後だった。



***


 目が覚めたとき、スズさまはいなくなっていた。

 床はおびただしいほどの血で汚れていて、鉄のにおいがする。

 鈍い痛みに顔をしかめて、自分の額に触れると、手のひらに、血がべっとりとついた。

 スズさまに殴られたときの傷だろう。そう気がついて、ちょっとうれしくなった。


 すぐ近くで、メアも血を流して倒れていた。

 息はしてる。死んでない。

 あんなことをした僕らを殺さないなんて、スズさまは本当にやさしいなぁ。

 

 あ、そうだ!

 ふと思い出して、壁に埋め込まれている手錠を見る。 

 そこには、気絶する前と同じ光景――スズさまの白い腕が、変わることなくぶら下がっていた。

 まるでそうすることが自然なことのように、僕はポケットから手錠の鍵を取り出して、スズさまの腕を解放した。

 腕は、少し暖かい。治癒能力者だからかな。硬直もしていなかった。

 女の子のふつうの腕だ。

 

 ……ああ、なんだろうこれ。

 

 僕はスズさまの腕をぎゅっと握った。

 幸せなような、悲しいような、不思議な気持ちだった。

 きっと、神聖な天使を捕らえたら逃げられてしまって、白い羽だけが残っていた、みたいな感覚に近いのかもしれない。

 なんちゃって。

 相変わらず詩人だなぁ、僕って。

 とりあえずこの腕は、宝物にしよっと。



***



 そんな別れ方をしたスズさまと再会したのは、それから数か月ぐらい先だった。

 っていうのもね。スズさまを誘拐しようとした僕が、ティルナノーグにいられるはずがないから、その日からサリエニティで暮らしていたんだ。


 スズさまと再会したのは、本当に偶然だった。

 たまたまメアと街を歩いていたら、スズさまが誰かに襲われていたんだ。

 メアがすぐに、スズさまを襲っていた青髪のヘンタイを昏睡させる。

 スズさまは、突然現れた僕らを警戒して、すぐに臨戦態勢に入った。だけど、僕らが何もしないよーって言ったら、すぐに警戒を解いた。

 うーん。ちょろすぎだよ、スズさま。

 まぁ、僕もメアも、本当に捕まえるつもりなんてなかったけどね。だってスズさまは、僕らが支配できるようなヒトじゃないんだもん。


 スズさまは急ぎの用事があるのか、お礼を言ってすぐに立ち去っていった。

 何かね、世界を救いにいくんだって。


「もう会えない気がする」


 スズさまが立ち去った後、メアはそうつぶやいた。

 ……うん。僕もそんな気がする。

 なんとなくだけどね、分かるんだ。きっと、スズさまは本当に世界を救いにいったんだって。

 僕を救ってくれた、あのときみたいにね。

 

「残念だね、カルナ」


 メアにそう言われて、にこっと笑う。

 残念そうな顔をしてるのは、どっちなんだか。この性格の悪いメアですら懐柔しちゃうスズさまって本当にすごい。きっと天性の人たらしなんだろうなぁ。


「会えなくてもいいよ。僕には、スズさまの、羽があるからねー」

「は? なにそれ」

「ないしょー」


 そう言うと、メアは怪訝そうに僕を見た。

 僕の宝物は絶対に、メアにだって教えないよー。

 

***


 で。やっぱりスズさまは、この国に戻ってこなかった。

 スズさまと最後に会ってから数日後、突然世界がすんごーく広くなった。何でも元々世界はすんごく広かったんだけど、王宮の王様が小さくして支配していただけだったんだって。

 もうめちゃくちゃびっくりしたよ。世界を救うってこういうことだったんだーって納得しちゃった。


 スズさまは、ダンジョンに飛び込んで、自動転移でどこか遠い世界に行ってしまったらしい。 

 本当にもう二度と会えなくなってしまった。

 実際にそうなると、すごく寂しい。僕は宝物をぎゅっと握った。



 ――でも、もしさ。

 もし、奇跡的に、スズさまともう一度会うことがあったらさぁ。

 ねぇ、スズさま。そのときは、本当にごめんなさい。先に謝っておくね。

 きっと僕は、スズさまの優しさにつけこんで、今度は笑って嘘を吐くだろう。

 それでも僕は、願わずにはいられないんだぁ。

 奇跡が起きて、どうかもう一度スズさまに会えますように、って。

 それが叶ったそのときはね。

 今度は、腕だけじゃなくて。


「――そのときはさ、」

 


―終―


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