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尾行開始

 愛花ちゃんが、図書館に申請する本を選ぶのを待っている間、私と優里奈ちゃんは、二人で漫画コーナーへと足を踏み入れていました。

 小説とは違う、ピンクや赤の文字が並んでいるのを見ていると、なんだがどれも同じに見えてしまいます。


「理子って、漫画読むっけ?」

「うーん……あんまり」


 私は目の前に並べられた中から、一冊を手に取り、試し読みとして読めるようになっているところをざっと見てから、その内容の過激さに、顔を赤くして慌てて閉じました。

 本を元の場所に戻し、動機を整えます。

 びっくりしました……まさか、あんなことやこんなことが、普通の漫画で繰り広げられているなんて……


「うん。今の反応見てよく分かったよ」


 私の様子を見ていた優里奈ちゃんが、同情したような顔で呟きます。

 そして私と同じ漫画を手に取ると、パラパラっとページを捲っていきました。

 その顔に驚きはなく、読める全てのページを捲り終わった優里奈ちゃんは、淡々としたように元の棚に戻します。


「今の少女漫画は過激だって聞いたことあるけど、これはなかなかだね」

「少女漫画って全部その……あんな感じなの?」


 私の顔が、漫画の内容を思い出してしまい赤くなります。


「そういうわけじゃないよ……ほら、これなんて映画化もされてる有名作品」


 優里奈ちゃんが、少女漫画のコーナーをざっと見た後、表紙をむけられ、大々的に宣伝されている一冊を手に取ります。

 それは、数年前に社会現象を巻き起こした漫画でした。高校生の純粋な恋愛を描いた、人気の作品です。

 私も名前は知っていましたが、映画も漫画も見たことがありません。

 『恋愛』というのが、どうしても自分とは縁遠いと思っていましたから。

 私は優里奈ちゃんから手渡されたそれを、試し読みの部分だけですが、ちらっと読みました。

 私が今現在、平津先輩に恋をしているからでしょうか。

 話題になった当時はピンと来なかった、主人公の気持ちが、今では痛いほど分かりました。

 私は夢中になって、試し読みが出来る最後のページまで、読み終えてしまいました。

 何だか分からない気持ちになって、本を優里奈ちゃんに返します。


「どうだった?」

「うん。なんだか、ちょっと苦しくなった」


 私は、どうにか自分の中に芽生えた気持ちを言葉にして、優里奈ちゃんに伝えます。

 すると、優里奈ちゃんが私の読んだ部分を確かめるように、パラパラっと軽く読み進めました。


「あーここか。まぁ、確かに今の理子が見るべきじゃなかったかもね」


 試し読みで公開されていた部分は、恋愛に疎かった主人公が、同級生の男の子に恋をし、頑張って仲良くなるも、上手く気持ちを伝えられないでいることに悩んでいるシーンでした。

 私は、その主人公に共感し過ぎていたのか、読んでいるうちに、苦しくなってきてしまったのです。


「ごめんね理子」


 優里奈ちゃんが謝ってきます。

 私はそれに首を横に振り、気にしていないことを伝えました。

 優里奈ちゃんは悪くありません。悪いのは、私の方ですから。

 恋愛すると気持ちがナイーブになるというのは、本当のようですね。悪いことを見てしまうと、すぐに自分と重ねてしまいます。

 私は、気分を変えるように、優里奈ちゃんに話しかけました。


「優里奈ちゃん。少女漫画詳しいんだね」

「そうかな」

「うん。私よりは少なくとも詳しいよ……ごめんね。何だか意外って思っちゃった」

「あははは。いいよ。自分でもそう思うから」

「お2人さん、なんだか楽しそうですなぁ」


 優里奈ちゃんと私が、少女漫画コーナーで笑いあっていると、隣から声がかけられました。

 愛花ちゃんです。

 どうやら、本選びが終わったようで、私達を探していたみたいでした。


「愛花ちゃん、どうだった?」

「いやーそれが……」

「それが?」

「いっぱい見過ぎて、最終的によく分かんなくなちゃった」


 愛花ちゃんは元気よく、てへっというように、笑いました。


「まぁ、愛花らしいか」

「そうだね」


 そんな愛花ちゃんに、優里奈ちゃんは呆れ、私はなんだか面白くて笑います。

 

「2人が少女漫画のとこにいるなんて思わなかったよ」


 すると愛花ちゃんが、口をタコのように膨らました後、近場の本を手に取ります。

 奇しくも、それは私が初めに取った漫画と同じタイトルでした。


「あーこれ、結構面白いんだよね」

「えっ?」


 私は愛花ちゃんの言ったことに少し驚いた声を上げてしました。


「理子っちどしたの?」

「えっと、愛花ちゃんこれ読んでるの……?」

「うん。そうだけど」


 愛花ちゃんが何の気なしに答えます。


「でも、それけっこう過激……」

「あーまぁ確かにね。でも、話は面白いんだよ。恋愛描写とか細かくて、恋愛好きの女の子の間では人気なんだー」


 知りませんでした。

 ですが、私の見た所は漫画のちょっとした部分だけ。それだけで判断するのは良くないですね。


「へー。愛花、恋愛に興味あったんだ」


 優里奈ちゃんが意外そうな声を出しました。


「てっきり、テニス一本だと思ってた」

「もー優里っちは私を何だと思ってるのさ。私だって女の子なんだから、恋愛ぐらい興味ありますよー」

「でも、そんな感じしないじゃん。放課後なんてすぐに部活行っちゃうし」

「それはそうだけどさー。私だって理子っちみたいに、恋の1つや2つしてみたいなーって思うときあるんだから」

「わ、私はそこまで……1つだけだから……」


 急に私に話題が飛んできて、恥ずかしくなってしまいました。

 返答も尻すぼみです。


「意外。愛花も乙女だったとは」

「そうだよー私も乙女ですー」


 愛花ちゃんはいじけたように、優里奈ちゃんに口をとがせながら答えます。


「だいたいさー、それを言うなら優里っちはどうなの?入学してすぐ告白されたみたいだけど、彼氏の1人でもできたの?

「私は、恋愛とかめんどくさくて無理」

「ほら!私よりも酷いじゃんか」


 愛花ちゃんは抗議するように優里奈ちゃんを指さします。

 ですが、すぐに指した指は下ろされ、漫画の方に意識が言ったようで、優里奈ちゃんを見ていた視線は、本棚に移りました。


「これでも、私はテニス部でもマシは方なんだから。香奈先輩とか私の比じゃないくらい恋愛に興味ないんだよー」

「香奈先輩?」


 私は突然出てきた名前に首をかしげながら反応しました。

 優里奈ちゃんも不思議そうに続きを待っています。


「そうそう。香菜先輩って可愛いでしょ?明るくて人見知りもしない。私と違ってスタイルも良くてさー。結構モテるらしいの」

「まぁ、確かになんとなくそれは分かる」

「うん」


 私は香奈先輩と会った時のことを思い出しながら頷きます。

 

「なのに、二年生になっても一切彼氏を作る気がないらしくてさ。同じ二年生の先輩が言ってた。告白されてるのにもったいないーって」

「やっぱ、香奈先輩告白されてるんだ」


 すると、優里奈ちゃんが納得したように言います。


「……へぇ、幼馴染共々モテるんだ……」


 優里奈ちゃんが何か小さな声で呟くのが聞こえました。

 でも、あまりにもその声が小さかったため、私にはいまいち聞き取れません。

 何を言ったのか聞こうと思いましたが、すぐに愛花ちゃんが話し始めてしまいました。


「そりゃあね。でも、呼び出されてもすぐにその場で断っちゃうんだって」

「放課後会ったりしないんだ」

「うん。絶対その場で断るってさ。手紙だと仕方ないから、呼び出された場所まで行って、即効断って来るって言ってた。本人はそれを何となくって言ってるけど、絶対部活の時間を削りたくないからだっていうのが、テニス部では噂されてる」


 それが本当だというなら、香奈先輩は部活一筋だということになります。

 だけど、何となく香奈先輩らしいって思える部分でもありました。あまり付き合いはないですけど、香奈先輩はどこかさっぱりとしたタイプに思えましたから。

 幼馴染が男の子だったからかもしれません。

 私達は、会話もそこそこ、少女漫画コーナーから去ります。

 試し読みのおかげか、少しだけ漫画にも興味が出てきた私でしたが、今はイロイを回る方を優先させました。買おうと思えば、いつもの本屋に行けばありますから。

 私達が何も買わず、書店から出ると、少し前を歩いていた愛花ちゃんが、向かいのお店を見て、突然止まりました。

 何があったのか分からず、優里奈ちゃんと顔を見合わせていたら、急に愛花ちゃんに手を引っ張られる形になり、近くの本棚に連れて行かれます。


「な、なに?」

「おい。どうした愛花」


 私達3人の体が、本棚によって通路から見なくなったのを確かめると、愛花ちゃんは静かに話し始めました。


「あそこ。あそこの2人。何か見覚えない?」


 愛花ちゃんがひそひそ声でそう言って、書店とは向かいのお店で、雑貨を見ている2人組を指さします。

 私と優里奈ちゃんが目をこらしてその2人を見ました。

 そして次の瞬間には、私の優里奈ちゃんの口から声が漏れます。


「あ……」

「あれって」

「気づいた?」



 私達が見ている視線の先には、楽しそうに笑って雑貨を見ている、香奈先輩と石井先輩がいました。


「……あんなのよく気づいたね」


 優里奈ちゃんが愛花ちゃんに対して感心したような態度になります。


「運動部の反射神経なめないでよ」


 愛花ちゃんが優里奈ちゃんの言葉に、得意気に胸をはります。

 すごいです。私も優里奈ちゃんも、愛花ちゃんに言われなければ気づかなかったでしょう。香奈先輩と石井先輩は、いつもとは違い私服に身を包んでいます。向かいの店といっても、書店から雑貨店まで、通路が広く、真ん中を吹き抜けが通っているだけに、それなりに離れています。知り合いがいても、気づかないでしょう。

 でも、愛花ちゃんは書店から出ようとした瞬間に、香奈先輩達に気づいたようです。

 

「まぁ、ちょうど香奈先輩の話してたからね」

「それで?なんで私達は隠れたのさ」

「……尾行しない?」


 愛花ちゃんが少し悪い顔になってそんなことを言い出しました。


「はあ?尾行してどうすんのさ」

「どうもしないよ。でも、なんだかおもしろそうじゃん」

「おもしろそうってあんたね。ばれたらどうすんのよ」

「うん。それに、あんまりそう言うのは良くないと思うよ」


 私と優里奈ちゃんはあまり乗り気になりませんでした。

 優里奈ちゃんはどこか呆れるようでしたけど、私はちょっと違った理由で愛花ちゃんを止めていました。

 いくら高校生だってプライベートはあまり見られたくないでしょう。仲のいい友達でも、面白半分で尾行されたら、嫌な思いするかもしれません。

 ばれた時のことを考えると、頷くことはためらわれます。


「大丈夫だってば。ほら行くよ、2人を見失っちゃう」


 私達の忠告も聞かず、愛花ちゃんは楽しむように歩き出してしまいました。

 

「2人とも早く」

「でも……」

「もしかしたら、平津先輩もいるかもしれないよ?」


 渋っている私に、愛花ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべてそんなことを言ってきます。

 平津先輩がいる……

 恋というのは無情です。さっきまで香奈先輩達に悪いと思っていたのに、平津先輩という言葉が出てきた瞬間に、私の体は動いていました。

 2人を追うように、愛花ちゃんの隣に並びます。


「もう。分かったよ。どうなってもしらないからね」


 そんな私と愛花ちゃんを見て、優里奈ちゃんは諦めたように、ついて来ました。

 かくして、先輩2人の尾行作戦はここに幕を開けました。

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