私の恋人は、不器用で優しい先輩です
平津先輩の告白に『はい』と答えた次の日、私はすぐにこのことを愛花ちゃんと優里奈ちゃんに報告しました。
2人とも、ものすごく驚いた顔をしていましたが、最後には笑って「おめでとう」と言って、私と同じぐらい喜んでくれました。
もちろん、香奈先輩や石井先輩、美世先生にもこのことは伝えました。
3人は愛花ちゃんや優里奈ちゃんとは違いずっと落ち着いて聞いていると最後には口を揃えて『そうなると思った』と言って私達2人を祝福してくれました。
こうして、私と平津先輩は友達も知っている恋人同士となったわけです。
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「お、お待たせしました!」
「走ってきたの?」
「はい……自分で誘っておいて遅れるわけにはいかなかったので」
「いいのに。気にしなくても」
「そうはいきません」
今日、私は平津先輩とある約束を果たすために、放課後、校門で待ち合わせをしていたのです。
私が誘ったのにもかかわらず、平津先輩を待たせてしまいました。
走ってきた私に平津先輩は優しく声をかけてくれると、手を差し出してきました。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
私はその手を取り、手を繋ぎながら目的地である私の家を目指します。
前にお母さんとお父さんに言われたことを実行するためです。
『平津先輩とやらを家に連れてきなさい』
お父さんがそう言っていたので、今日にしました。
平津先輩をつれていくとはすでに伝えてあります。張り切るお母さんをお父さんが朝とめていました。
「なんだろう……まさか、娘はやらんっとかって言われるのか」
平津先輩は少し心配そうでしたが、私の手を握ってまっすぐついてきてくれます。
お父さんがなにを思ってあんなことを言ったのか分かりませんが、平津先輩を連れてくるといったら、仕事を早く終わらせてすぐに帰ると言っていました。
そして私は平津先輩を連れて、家の前で来ていました。
車を確認すると、お母さんはもちろんのことお父さんもすでに帰ってきているようで、2台家の駐車場に止まっています。
「意外と近いな」
「……?なにがです?」
「ああいや、みっちゃんの家とさ」
そういえば美世先生の家も私と同じ方面にありましたね。
今度お邪魔させてもらうことになっているので、その時場所は確認しましょう。
私は恐る恐る中の様子を見る様に玄関を開けると、すぐ近くにお母さんもお父さんもいました。
「おかえり理子」
「おかえりなさい」
「ただいま」
2人に迎えられ玄関に私が入ると、後ろから平津先輩が入ってきました。
「まぁ、優しそうな子ね」
お母さんが平津先輩を見ると、嬉しそうに呟きました。
お父さんは黙って平津先輩を見ていましたが、すぐに表情を柔らかくします。
「いらっしゃい平津君」
「は、はい。お邪魔します」
緊張したようにお父さんに挨拶する平津先輩はそのまま促されるように、靴を脱ぐとリビングに入っていきます。
私も平津先輩の後を追うようにして、自分のリビングに行きました。不思議と、この場に平津先輩がいるだけで、いつものリビングなのに、違った場所に思えて仕方がありません。
お父さんに椅子に座るように言われると、荷物を床の置き、お父さんの向かいの席に座りました。
お母さんがすぐに飲み物を用意します。
「まぁそう固くならずに。くつろいでくれて構わないよ」
「いえ……そう言われても」
初めての人の家にすぐに馴染むなど難しいです。
ましてや親のいる中でとなると、さすがにそういうわけにはいきません。
固くなっている平津先輩の隣に私が腰を下ろすと、お母さんが私にもコップを持ってきてくれました。
中はココアのようです。どうやら平津先輩も同じものを飲んでいるようでした。
「あとちょっとでごはんできるか。待っててね~」
今日はお母さんの手作りの夕食を食べることになっています。
お母さんはてきぱきと4人分の料理をつくると、机の上に並べます。
そしてお母さんも椅子に座ったところで、お父さんが口を開きました。
「理子から事情は聞いているよ。親御さんを失ったんだってね」
「はい……」
「辛かっただろうな。想像もできないぐらい大変だったと思う」
「それは……そうですね。でも、今はどうにかなっています。優しい友達もたくさんいますし、理子さんという彼女もいますから」
平津先輩が私を見つめてそう言ってくれました。
私はそれだけで、心が弾みます。
「ふん。よくもまぁ、親の前でそんなことを言える」
「い、いえそういうわけでは」
「……ふふ。すまない。つい意地悪したくなってしまった」
「あはははは……」
「高校生で家族がいないのは辛いだろう。今は歳の離れた幼馴染と暮らしているというが、やっぱり君には大人の支えが必要だ。だからな」
お父さんは笑います。優しく穏やかに。
「もし寂しくなったらいつでもうちに来てくれて構わない」
「えっ」
「家族というものを感じたくなったらいつでも来ていいんだ。そう言っている」
「そうよ。私達はいつでも大歓迎。こんな優しそうな子だったら尚更にね」
初めてお母さんとお父さんの真意が分かりました。
2人も私と同じように平津先輩のことを想ってくれていました。家族を失った先輩に、もう一度家族の温かみを感じさせてあげたいと思っているようです。
「……ありがとうございます」
平津先輩は震えた声で頭を下げました。
目は潤み、今にも泣きだしそうです。
「さぁ、話はこのぐらいにして、食べよう。せっかくの料理が冷めてしまう」
「はい……!」
「うちの母さんの料理は美味いぞ」
「楽しみです」
「あら、ハードル上げないでよ」
「大丈夫だよお母さん。お母さんの料理は美味しいから」
「もう理子まで~」
リビングには柔らかな笑い声が響き渡ります。
いつもより1人多い夕食の時間、平津先輩はずっと目を潤ませながら、楽しそうに笑っていました。
これにて、この物語の幕は閉じます。
最後まで読んで下さりありがとうございました。