手紙
あの日は私と平津先輩、美世先生の3人で図書当番を終わらせると、保健室に平津先輩の制服を取りに行き、仕事の終わった美世先生も一緒に、校門まで歩いて行きました。
美世先生と平津先輩はこれから、もう1度お墓参り行くとして、私とは逆の方向に曲がります。次は、香奈先輩や石井先輩、さらには美世先生のご両親も一緒にお墓参りをするということでした。
私も誘われましたがさすがにそこまではと言って断りました。
美世先生も平津先輩もそんな私に何も言わず、そのまま校門で別れます。
あれから数日ののち、私は今日も普通に登校しています。
あの日から先輩達にさしたる変化はありませんでしたが、関わる人のほとんどが、どこか明るくなったと言っています。平津先輩はもちろんのこと、授業している美世先生は前よりも笑顔が華やいでいて、私のクラスの子もそう言ってました。
石井先輩は元々あまり感情を出さない人なので分かりませんが、平津先輩を見る目は穏やかなものでした。私と話している平津先輩を見る目が前よりも優しいって、優里奈ちゃんが言っていました。
香奈先輩の方も同様のようです。愛花ちゃん曰く、今の香奈先輩はなにかが取れたように明るく楽しそうにしているみたいで、さらにモテているそうです。告白もされたとかって言っていましたが、もちろん石井先輩という彼氏がいるのですべて断っています。石井先輩のことはさすがにテニス部の人達に言ったらしく、しばらくは、その話題で持ちきりだったようですが、今はおさまっているらしいです。
同じ部活の同級生の子はショックが大きかったようですが……。
そんなことを考えながら私は校門から玄関に向かっていきます。
そこで珍しく、愛花ちゃんと優里奈ちゃんに会いました。
2人とも靴を履き替えていて、校門から入ってくる私の姿を見つけて待っていてくれたようです。
私は急いで自分の下駄箱を開け、上履きを取り出します。
すると、紙のようなものが地面に落ちました。
優里奈ちゃんが拾ってくれ、私に渡してくれます。
貰った紙を見ると、どうやら手紙のようでした。
宛名も差出人の名前もありません。
私は不思議に見つめていましたが、見つめていても仕方がないので、封を開けます。
中には二つ折りにされた紙が入っていて、取り出し開くと、文字が書かれていました。
『 新菜理子さんへ
今日の放課後 中庭のベンチの前に来てください。
平津幸也より 』
そんな短い文章が書かれていました。
平津先輩からの手紙でした。私が固まっていると、愛花ちゃんと優里奈ちゃんが気になるように私の手に持たれている手紙の内容に目を通します。
「……これままた」
「ラブレターとか、平津先輩意外とやるねー」
ニヤニヤして私と手紙を交互に見ます。
私は訳が分からず固まっています。
ラブレター……平津先輩から……。なんで?
それが私の一番最初に思ったことでした。
なんでラブレターなんて……いえいえ、ラブレターではありません。べ、別に好きだと書かれているわけでもないですし、放課後に呼び出されただけです。
そうです。ラブレターなんて……あるわけありません。
私はその手紙を鞄にしまうと、恥ずかしさを紛らわすために足早に教室を目指しました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
今日ほど、放課後になるのが遅く感じた日はないでしょう。
結局、今日はあの手紙が気になり過ぎて、なにも集中できませんでした。
何度見ても、この手紙は私宛で、最後には平津先輩の名前が書いてあります。
間違いなく、これは私に書かれています。中庭なんかに呼び出して、平津先輩は私になにを言うのでしょうか。
「じゃあね理子っち」
遂に放課後になり、愛花ちゃんは部活に行くために教室を出ていきました。
表情は終始ニコニコとして、楽しそうです。
「私も帰るね」
優里奈ちゃんも鞄を持って席から立ち上がると、帰り支度を始めます。
「がんばってね。また明日」
優里奈ちゃんは私にそう言って教室から1人で出ていきました。
私もずっと教室にいるわけにもいきません。
私は手紙をもう一度確認すると、平津先輩の待つであろう中庭に向かっていきます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
中庭にはすでに平津先輩がいました。ベンチに座って辺りを見回して誰かを探しているようです。
その誰かとはもちろん私です。
私が中庭に姿を見せると、平津先輩はベンチから立ち上がり、緊張した面持ちで私を迎えてくれました。
「よかった。来てくれた」
「……驚きました」
「ごめんね。やっぱりこういうことは直接言わないといけないと思って」
「そう……なんですか」
平津先輩の緊張が私にも移ったかのように、私の体も固くなります。
「えっと……」
「はい……」
「……新菜さんには感謝してもしきれない。本当に助かったよ。ありがとう」
「いえ、そんなこと」
「まだまだ頼り切ることはできていないけど、辛いときはみっちゃん達に相談するようにはしてる」
平津先輩は笑います。
もう平津先輩はいろんな人に支えられているようです。私はそのことが知れて安心しました。
……いえ、少し寂しくなります。
つまりは私はもう平津先輩の隣にいる必要はないということです。
あの日、平津先輩の隣で支えるのは私にとって、平津先輩の特別な存在になれたようで、とても充実感に包まれていました。自分勝手なのは分かっていますが、あの日は本当にいろいろと良い1日になったと思っています。
しかし、もう平津先輩は自分で進んでいこうとしています。
私が隣を歩くことは、もう必要ないでしょう。
今日もそのことを報告するために、私を呼び出したのかもしれません。
ならばもう、ここで話は終わりでしょう。また明日と言って、別れるのです。
「……」
しかし、そう思っていた私の予想とは違い、平津先輩はずっと私を見ていると、口を少しだけ動かしています。何か話したいことでもあるかのように、私から目を離しません。
中庭に静寂が訪れました。
私と平津先輩の視線が交錯した時、平津先輩が意を決したように口を開きました。
「俺は、新菜さんのおかげで前に歩けた。新菜さんがいたから、みんなの気持ちに気づくことが出来た」
「……はい」
「だけど、まだ完全じゃない。未だに1人だと思ってしまう時がある。情けない限りだけど、そうなんだ」
「……」
「だから、だから」
平津先輩の私を見る目に力がこもりました。
静寂に包まれていたはずの中庭に、平津先輩の声が響き渡ります。
「だから、新菜さんにはずっと隣にいてほしい!ずっと、俺を支えてほしい!」
「え……?」
私は平津先輩の言葉を理解できませんでした。
隣にいてほしい。支えてほしい。平津先輩の言葉が私の中で繰り返されます。
私の理解を待つことなく平津先輩は確信的な言葉を言いました。
「新菜さんがよければ俺と、俺と恋人になってください」
「……」
「そして、これからもこんな弱い俺の隣にいてください!」
平津先輩は頭を下げます。深く深く。
驚く私にも理解できました。
私は平津先輩に告白されました。その事実が私の中に入ってきた途端―――私の心が跳ね上がります。
恋人になってください。
隣にいてください。
まだ、私は平津先輩の隣を歩いていいと。一番近くで支えていいとそう言われています。
私は嬉しくて飛び出してしまいそうな体を必死に抑えながら、答えを口にしました。
「はい。私も平津先輩のことが好きです。よろしくお願いします」
言うことなどないと思ってました。叶うわけないと思ってました。
初恋は実らないと誰かが言っていましたから。
しかし、私の返事を聞いた平津先輩の顔を見た瞬間、これが現実だとはっきりと理解できました。
思わず、ここが学校だというのも忘れて、抱き着いてしまいました。
平津先輩が私を抱き返してくれます。
ずっとずっと、こうしたかった。
あの時、泣いている平津先輩の背中を見てから、ずっと抱きしめてあげたかった。
もう泣かないでとそう言ってあげたかった。私がいますって言ってあげたかった。
でも今日、その全てが叶ってしまいました。
だって、私と抱き合う平津先輩の顔は、私と同じように幸福そうに笑っていましたから。




