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粉々に砕けちる鎖

「……みっちゃんのところにも行くんだよね」

「うん。そのつもり」


 未だ泣いている香奈先輩は、涙を拭きながら、平津先輩に確認のために聞きます。

 石井先輩と平津先輩はすでに涙を流してはいません。抱き合っていた3人は途中から、嬉しさのあまり泣き止まない香奈先輩を石井先輩と平津先輩が慰めるという状況になっていました。

 泣いている香奈先輩をからかう2人を見ていると、なんだかまるで小さい子のじゃれ合いを見ているようで、とても不思議な感覚になりました。

 3人はすでに離れています。

 平津先輩は私の隣に立ち、香奈先輩は未だに目には涙を浮かべています。そんな香奈先輩の体を石井先輩は気遣うようにさすっていました。


「だったら早く行ってあげて。私達はもう大丈夫だから」

「……うん。分かった」

「理子ちゃんもありがと」

「私は別に……」

「ううんそんなことないよ。理子ちゃんが幸くんを支えてくれたんだよね」

「……」

「そうだよ。新菜さんがいなかったら俺はまだ気づけてなかった」

「ありがとな、新菜」


 先輩3人の視線を浴びて私は何も言えず、ひとまず頭を下げます。


「幸くん」


 教室を出ていこうとする私と平津先輩に、香奈先輩が声をかけました。


「みっちゃんは私達以上に幸くんのことを心配してる。安心させてあげて」

「大丈夫。分かってるから」

「うん。じゃあ、頼んだね」


 香奈先輩に見送られ、私と平津先輩は2人で美世先生のいる図書室へと向かって、階段を上がって行きます。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 図書室の前に着いた平津先輩は、扉に手をかけたまま止まってしまいました。

 その扉の向こうには美世先生がいます。

 あとは、扉を開け、美世先生に会うだけ。そうすればきっと、今の平津先輩は正直は気持ちを話せる。そう確信しています。

 ですが、そんな時平津先輩は二の足を踏んでいました。

 恐怖からか、恥ずかしさからか、それは分かりませんが、私の今日の役割は支えることです。

 私はそっと平津先輩の体に触れます。

 それだけで、平津先輩の体から余分な力が抜け、表情も穏やかになっていきました。

 平津先輩はその手で、図書室の扉を、コンコンっとノックします。


「どうぞ~空いてますよ~」


 美世先生の声が中から聞こえてきました。

 いつもの間延びした、美世先生の声です。

 しばらくして、平津先輩は扉を開け図書室に入っていきました。


「幸ちゃん」


 扉の近くのは美世先生がいます。

 ノックしても入って来なかった私達を不思議がって、自分で扉を開けにきていたようで、突然目の前に現れた平津先輩を見て、びっくりしたように固まっています。

 美世先生を見た平津先輩は、美世先生に近づくと、抱きしめました。


「ちょ、ちょっと、幸ちゃん」


 急なことに戸惑う美世先生ですが、平津先輩が話し始めると、静かに平津先輩の言葉を聞いています。

 私はそっと図書室の扉を閉めました。


「みっちゃん」

「どうしたの幸ちゃん。ここ学校だよ」

「いい。今はずっとこのままでいさせて……」

「もう仕方ないわね。ちょっとだけよ。誰か来ちゃうかもしれないから」

「うん……ありがとうみっちゃん……」


 平津先輩と美世先生は、固く抱擁をしていました。ずっとずっと、黙ったまま、力強く。平津先輩から嗚咽がもれ始めると、美世先生は優しく平津先輩の背中をポンポンとたたいていました。

 まるで平津先輩のお母さんの様に、優しく包み込んでいます。


「ごめんみっちゃん。心配かけて……俺、1人で立ち直らないといけないって思ってた。特に、みっちゃんには心配かけないようにって……」

「知ってたわよ。そう思ってるってこと。一緒に住んでるんですもの」

「だけど、やっぱり辛かった。夜になると思うんだ。もう父ちゃんも母ちゃんもいない。会うことが出来ないんだって。俺が俺である限り、もう一生会うことが出来ない……それが……それがさ」

「うん。うん。分かってる。無理していわなくても私は分かってるから」

「……俺、寂しいよ。会いたい……もう一度でいいから、父ちゃんと母ちゃんに会いたいよ……!!」


 平津先輩から今までため込んでいた本心がもれ出てきて、止められないようです。


「なんで、うちなのかな。なんで俺の家族だったんだろう。あんなにも優しくて、笑っている2人をどうして神様は殺したんだろうって、そう思ってた。街で家族連れを見てもずっと、羨ましくて、同時に辛くて……。もうわけ分かんなくなって。この世界に自分が1人でいるみたいでさ。気づいたら、全ての人に気を遣うようになってた。香奈にも智弘にも、みっちゃんにも……独立しなきゃって。迷惑かけたらいけないって思って」

「1人なんて……そんなことさせるわけないじゃないの。私がいる。私はずっと幸ちゃんを見てきたよ」

「うん。新菜さんに教えてもらった。でも、自分では気づけなかった。ごめん」

「理子ちゃんが……そっか」

「……もう少しこのままでいさせて。お願い」

「いいわよ」


 それから平津先輩は美世先生の胸で泣き続けました。

 そんな平津先輩は美世先生は「辛かったね。大丈夫だから」と言いながら、平津先輩の震えた体をずっとずっとさすっていました。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


「……ありがとうみっちゃん」

「もう大丈夫なの?」

「うん。それにいつまでもこんな姿新菜さんに見せるわけにいかないし」


 平津先輩は美世先生から体を離すと、扉の近くで抱き合う2人の様子を見守っていた私に振り返ります。


「理子ちゃん……?」


 美世先生は平津先輩の視線の先にいる私を見て、驚いた表情を浮かべます。どうやら、平津先輩のことでいっぱいだった美世先生に私の姿は映ってなかったようです。

 私の存在に気づいたとき、美世先生は恥ずかしそうに頬を赤らめます。


「あははは……」


 相当恥ずかしかったようで、美世先生はなんとも言えない笑い声をあげてごまかそうとします。

 美世先生の雰囲気に当てられ、私も居心地悪く頬を赤らめました。


「そうよね。私が行ってって頼んだんだもの。理子ちゃんがいるのは当たり前よね」


 前髪を触り、美世先生は自分を納得させようと、そう言い聞かせるように繰り返していました。


「ありがとう新菜さん。本当にありがとう」


 平津先輩は私の手を両手で力強く包み込みます。


「理子ちゃん」

「はい」

「ありがとうね。全部、あなたのおかげよ」


 私はそっと、抱き寄せられました。


「本当にありがとう」


 最後に美世先生が私の耳元で小さくそう呟きます。

 その優しくも穏やかな声に、私の目にははっきりと、美世先生や平津先輩の体にまとわりついていた鎖が、粉々に砕ける様子が見えました。

 もう大丈夫。

 そんな確信が私にはありました。

 美世先生も平津先輩も涙で真っ赤にした目を細めて、笑いあっている姿は、とても印象的でいつまでも思い出せるぐらいです。

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