幼馴染
『えーーー!!』
香奈先輩の衝撃発言を受け、愛花ちゃんはもちろんのこと、私や優里奈ちゃんまでもが、驚きの声を上げました。
思いのほか声が大きく、一瞬だけ、フードコートの視線が私達に集中したように思えます。
「なんだ。言ってなかったのか?」
3人の驚いた顔を受け、石井先輩が香奈先輩に聞きます。
香奈先輩の方はというと、きょとんとしたまま記憶を辿るように、斜め上を向いていました。
「言ってなかったっけ?」
しかし、思い当たることがなかったようで、同じ部活の後輩でもある愛花ちゃんに問いかけます。
「聞いてませんよ!えっ、じゃあ、香奈先輩は別に恋愛に興味がなかったってわけじゃなく、石井先輩という彼氏がいたから告白を断ってたってことですか!?」
「そうだけど。そこまで驚くことかな?」
「驚きますよ!……知らないんですか!テニス部では、香奈先輩は部活一筋ってことで有名なんですよ!」
「うそ!全然知らなかった!」
香奈先輩が愛花ちゃんの言ったことに、初めて聞くような反応を見せます。
「全く言ってなかったんだな」
「ごめん。てっきりもう言ったもんだと思ってて」
「まぁ、別に言いふらすことじゃないが」
そんな香奈先輩を見て、恋人でもある石井先輩が呆れたようにため息をこぼします。
私と優里奈ちゃんは驚きのあまりしばらく、言葉を言えないままでいました。
「でも、確かにデートだったら、いくら幼馴染でも連れてこれないか……」
隣の優里奈ちゃんは、私よりも早く驚きから戻ったようで、納得したように呟きました。
その呟きを聞いて、私の意識も元に戻ります。
「あ、あの、そのこと平津先輩は知ってるんですか?」
私は我に返った思考で、香奈先輩と石井先輩に対して、一番気になったところを聞きました。
「うん。もちろん知ってるよ。むしろ、幸くんがいなかったら私達、まだ付き合ってなかったかもしれないもん」
「まぁな」
「それってどういうことです?」
「それはね……最初、私が智弘のことを好きになったの」
私も含め、愛花ちゃんや優里奈ちゃんまでも、香奈先輩の馴れ初め話を夢中になって聞いていました。
***********
初め、智弘のことを好きになったのが、私が中学生の時でね。
野球を必死にやる智弘の姿が、なんだか輝いて見えることがあったの。それで、私、智弘のことが好きになったんだって悟ったわけ。
でも、私達って、幸くんも含めて3人、幼稚園から一緒の幼馴染でさ、何をやるのも一緒だった。
毎日が楽しかったし、私はこの仲を壊したくないって思ったから、智弘に対する想いはずっと隠してたのよ。
本当は、同じ女の子としてみっちゃんに相談したかったんだけど、みっちゃんはまだ教師になりたてで忙しくて、なかなか会えなかった。
だからといって、同年代の子に相談しようにも、勢いに任せて告っちゃえって言われるのがオチ。
このまま伝えることがなく、私の初恋は終わるんだなーって漠然を思ってた。そんな時だった。
幸くんが私を呼び出してこう言ってきたの。
「智弘のこと好きでしょ」って。
私びっくりしちゃって。どう反応していいか分からなかった。
なんで?どうして?私そんなに分かりやすかったかなって、そんなことばかり頭の中グルグルしちゃってて。そしたら、幸くん私の反応なんて待たずに、
「絶対告白しろ。後悔することになるぞ」って、見たことない真剣な表情で言ってくるの。
だけど、私、3人の関係壊したくなかったし、もし告白して失敗でもしたら、幸くんにはで迷惑がかかるって、それはもう泣いて訴えたんだけど。
「大丈夫。もし失敗しても俺たちは変わらない。俺が絶対に繋ぎ止めてやる」って力強く、まっすぐ私の目を見て言ってくれた。
今思えば、何言ってんだこいつって思うけど、当時の私にはそれがすごい励みになってさ。
そして、その次の日には、智弘を呼び出して告白したってわけ。
***********
「それで、今に至るって感じ」
私達は香奈先輩の語りを、真剣に聞いていました。
香奈先輩は珍しく、恥ずかしそうな顔をにやけています。
「や、そんな真剣に聞かないでよ」
私達は香奈先輩のその態度に、少しだけ肩の力を抜いて、前のめりになっていた体を、後ろに引きます。
「部活中とかの香奈先輩からは想像もできないぐらい、中学生の時は乙女だったんだー」
愛花ちゃんはすぐに、香奈先輩をからかうようにニヤニヤしながら言いました。
それに対して、香奈先輩は顔を少し赤くさせ、照れています。
「なんだか新鮮……先輩3人にそんな過去があったなんて」
「確かにねー。でもさ、平津先輩もすごいよね。繋ぎ止めてやるなんて、私だったら言えないなー」
優里奈ちゃんと愛花ちゃんが各々、素直な感想を呟きました。
「あーあれね。実は、あの発言にはオチがあって」
すると、香奈先輩は2人の呟きに、声を弾ませながら答えます。
「幸くんにとって、私の告白は絶対失敗しないことだったみたいなのよ」
「それって……?」
私は首をかしげます。
「実はその時、幸くん智弘からも相談されてたらしくってね。私のことを好きになったみたいだけどどうしようかってな感じで」
「なんだよ」
香奈先輩はどこか嬉しそうに、人差し指で石井先輩の頬をつつきます。
「それで、私の好意にも気づいた幸くんは、両思いだということを知って、私にあんなことを言ってきたってわけ」
「なるほどです」
平津先輩からしてみれば、2人がくっつくのは想定済みだったのです。だから、繋ぎ止めるなんて強い口調で、香奈先輩の中にある心配事をなくし、告白に踏み切らせたのでしょう。
「でも、なんで智弘先輩じゃなくて香奈先輩の方に告白させたんですかね?」
愛花ちゃんが不思議そうに首をかしげながら香奈先輩に聞きます。
「それはね、私の好意がまだ確定できなかったから、その確認もかねて、呼び出したって言ってた。そこで、私が智弘のことが好きだって確信した幸くんは、今しかないって思って私に告白に踏み切らせようとして、あんなことを言ったらしいのよ」
香奈先輩は石井先輩への好意を誰にも話していないといっていました。石井先輩から相談を受けていた平津先輩にとってみれば、香奈先輩の気持ちを知るのが一番重要だったはずです。
だからこそ、香奈先輩のことを特に気にしていたのでしょう。わざわざ、呼び出してまで2人っきりのところで聞いたのも、香奈先輩の性格をよく理解している平津先輩ならではのことだったように思えます。
「なんで幸くんにばれたのかなぁ。私けっこう上手く隠してたつもりだったけどなぁ」
香奈先輩は当時のことを思い出すようにして、悔しそうに呟きました。
「まぁ、確かにな。オレも気づかなかった」
「多分だけど、幸くん以外には気づかれてないと思うんだよね。智弘と付き合ったってこと、共通の友達に話したらみんな驚いていたもん」
「それはきっと、平津先輩が2人のことをよく見ているからじゃ、ないですか」
その言葉に一斉に、私に視線が集まります。
私は恥ずかしくなって少しだけ顔を、その視線からどかしました。
これは私の口から勝手に出てきた言葉で、言おうと思って言ったの言葉ではなかったのです。
しかし、言った言葉は戻ってきません。
何か言わないと変な空気になってしまうと思い、私は何とか顔をみんなの視線の所に戻すと、口を開きました。
「平津先輩は2人のことが大好きだったから、2人に幸せになてほしくて、毎日言動を見ていたように思います。本当かどうか分からないですけど、優しい平津先輩だったらそう思ったんじゃないかなって思うんです。だから、ちょっとした態度で香奈先輩の気持ちにも気づけたんじゃないかなって思います……けど」
私の話に、香奈先輩も石井先輩も真剣な表情を聞いています。
両隣に座る愛花ちゃんと優里奈ちゃんだけは、優しい微笑みをたたえていました。
「そっか」
「ああ。確かにな。幸也らしい」
すると、2人の表情が穏やかなものへと変わりました。
「ありがとう理子ちゃん」
「い、いえそんな。私は、ただ何となく、そう思っただけですから」
「はぁ~!理子ちゃんはなんて優しい子なのか!こんな子に好意を持たれてるのに、なんで幸くんは気づかないかな!私のことはあんなに簡単に見抜いたっていうのにさ」
「仕方ない、幸也だって男だ。自分の恋愛に関しては鈍感なんだよ」
「まぁ、そうだよねー。幸くん何気に女子に人気なのに、気づく気配すらないもんね」
「……人気、なんですか?」
私は、香奈先輩の言葉につい反応してしまいます。
香奈先輩は私の反応を予期していたかのように、私を見ていました。
「意外とね」
「そうですか……」
私の胸中が、少しだけ霧がかったような気がします。
「優しいからね幸くんは」
「はい」
「困っている人を見れば助けちゃうからさ。それで、そんなに顔も悪くないこともあってか、女子の中でも好意をよせてる子は何人もいるの」
「そうなんですね……」
聞きたくないことに、私は耳を覆いたくなります。
ですがそうするわけにはいきません。これは現実で、平津先輩のことが好きな人ならば、誰もが通る道なのですから。
香奈先輩はさらに話し続けます。
「本当に優しいよ。それは、幼馴染の私が保証する。もし付き合う子が出来たなら、幸くんは絶対に大切にする。それがこんなにも純粋な理子ちゃんだったなら私も嬉しい」
香奈先輩とそして石井先輩までも頷きます。
私はその言葉に少しだけ勇気づけられました。
ですが、なんででしょうか。そう言う2人の表情はどこか暗い印象に見えます。
「困っている人がいれば、私の時みたいに自分の事なんか後回しにして、自分が貧乏くじを引くのもためらわない。まるで、聖人がいるかのように、悪口も言わないし、誰かを傷つけることもしない。本当に本当に優しくて優しくて」
「―――優しすぎる」
私は驚いて、香奈先輩の言葉の先を言った人物を言います。
「優里奈ちゃん……?」
優里奈ちゃんは私ではなく香奈先輩を見てそう言っていました。
「そう言いたいんですよね、香奈先輩」
優里奈ちゃんの言葉に、香奈先輩は静かに頷きました。
お客さんでごった返すフードコートですが、今はそんなの私の耳には届いてきません。
まるで私の周りだけ時間が止まったかのように、静寂が訪れたように感じました。