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巻ノ五百弐拾壱 百三十八億年の寂寥 の巻

 その場のノリと勢いでアメリカ日本化計画を再始動させてからあっとうい間に一週間が過ぎた。

 立て続けの朝令暮改で現場は混乱の極みと言うか制御不能というか…… 兎にも角にもカオスで無秩序な混迷状態に陥ってしまう。

 そんな有象無象を尻目に大作たちは寸暇を惜しんで忙しなく働く。働いていたのだが……


「うわぁ~っ、仕事ばかりで遊ばない大作は今に気が狂っちまうぞ!」

「何なのよ大佐。藪から棒に大声なんかだして。肝が冷えちゃったわ」

「ああ、お園。悪い悪い。ちょっとばかりシャイニングのジャックになりきってたんだよ」

「ジャックってジャック・トランスのこと? それともジャック・ニコルソンのことかしら?」

「いやいや。それって同じことだから」


 そんな阿呆な話をしながらも二人は山のように積み上げられた資料に目を通す。目を通したのだが……


「うわぁ~っ、仕事ばかりで遊ばない大作は今に気が狂っちまうぞ!」

「だぁ~かぁ~らぁ~っ! 大佐! そんなに遊びたいんだったら遊んで来なさいよ。はっきり言って仕事の邪魔なんですけど?」

「そ、そうなの?! だったら俺、ちょっくら遊んで来るよ!」


 言うが早いか大作は脱兎の如く駆け出そうとする。駆け出そうとしたのだが……


「戯れを真に受けられては困ります、大佐。片付けねばならぬ文書(もんじょ)堆く(うずたかく)積み上がっておりますれば」

「うわぁ~っ!」


 急に着物の裾を掴まれた大作は思いっきり派手にすっ転んでしまう。

 何事かと振り返って見れば見知った顔が目に入った。


「あ痛たた…… なんだ、静流かよ。あのなあ。ユニフォームを引っ張るのはホールディングっていう反則なんだぞ。直接フリーキックかPKになっちまっても知らんからな。って言うか今のはどう見てもわざとだよな? だったら イエローカードだぞ」

「イエローカード上等! 何ならばレッドカードでも宜しゅうございますが?」


 挑発的な笑みを浮かべた静流に詰め寄られた大作は蛇に睨まれた蛙の気分だ。

 これは逆らわんのが吉だな。言われたことには黙って従う。それが大作の処世術なんだから仕方がない。

 早くも諦めの境地に達した大作はいそいそと元の席に戻ると書類に注意を戻す。


「それはそうと今更な話なんだけど十年で百万人の移住計画って現実性はどうなんだろうなあ? この時代の日本の人口って一千万人くらいだろ? その一割って凄い数字だぞ」

「その事なれば今までも散々に話し合うたではござりませぬか。広い田畑をくれてやったうえ年貢まで下げてやれば百姓どもは大喜びで移り住むこと間違いありませぬ」

「それに加えてカリフォルニアでは金が採れるのよ。ゴールドラッシュの折には三十万人もの民草が集まったと聞いているわ。虎居で集った一次募集でも競争率は三倍を超えていたようね」


 お園は書類の束からA4くらいの紙切れを引っ張り出すと『勝訴!』とでも言いたげな顔で眼前に翳した。翳したのだが……

 しかしなにもよめなかった!

 例に寄って例の如く蚯蚓(みみず)の這ったような手書きの文字は達筆すぎて判読不能だ。


「いや、あの、その…… そういう話をしてるんじゃ無いんだよ。虎居の人口なんてたかだか数千人が良いところだろ? この時代だと九州の人口が百万を少し超えたくらいのはずなんだ。だとすると百万人を移住させようと思ったらやっぱり九州だけじゃなくて日本全国を支配下に置く必要があるような気がしてきたんだけれど? ん!? まちがったかな……」

「はぁ~っ? 今ごろ何を言ってるのよ。天下統一より先に世界制覇って決めたのは大佐じゃないの! 今更それをひっくり返そうって言うの! そんなの…… そんなのお天道様が許しても巫女頭領…… じゃなかった、修道女頭領の私が許さないわよ!!!」


 お園の大きな目が王蟲みたいに攻撃色で真っ赤に染まる。

 怖っ! お園、怖っ!

 これは逆らわんのが吉だな。大作はさっさと無条件降伏を決め込む。


「じょ、冗談だよ。軽いアメリカンジョークだから。そんな鬼みたいな顔をしたら折角の美人が台無しだぞ」

「アメリカンジョークは結構だから口よりも手を動かして頂戴な。さっきからこれっぽっちも文書が片付いていないわよ」

「いやいやいや! そもそも何で俺たちが書類仕事なんて押し付けられているんだ? 確か山ヶ野に来た時に言ったよな。一月もすれば雑用は下っ端に押し付けられるから書類仕事だけになるとか何とか」

「だから私たちが書類仕事をしているんだと思うわよ」


 お園は不機嫌そうに呟くと視線を書類に落とした。

 これはもうダメかも分からんな。いや待てよ。ここで引いたら死ぬまで書類仕事で人生が終わるんじゃなかろうか。それだけは勘弁して欲しいんですけど。

 追い詰められた大作は必死に頭をフル回転させる。フル回転させたのだが…… しかしなにもおもいつかなかった!


「やっぱ止めだ。天下統一の前に世界征服するのは無しにしようよ。九州、四国、中国、近畿と攻め上って行くんだ。東国は後回しにしても良いけれど京の都までは押さえちゃうんだ。そのタイミングでなら占領地の民草を半強制的にカリフォルニアに送れちゃうだろ? なっ? なっ? なっ?」

「あのねえ、大佐。阿呆な事を言うのも休み休みにして頂戴な。もうバーク船を大量発注して手付金も払っちゃってるのよ。船乗りの養成だって松浦党の方々にお願いしているし。此れを全て取り止めるって言うんならキャンセル料だけでも結構な額になるわ。その覚悟があって言ってるんでしょうね?」

「そ、それはその…… 予備費だけじゃ足りそうもないか。そうなるとすぐに補正予算を組んだ方が良いのかな? それよりかは船を別の目的に転用すれば良いんかも知れんなぞ。たとえば国内の旅客や物資輸送とかさ。それとも……」

「それは無理な相談ね。三千トン級の帆船に対応できる港なんて国中を探しても一つとして無いわよ」

「だったらその港湾整備に補正予算を組んでだな……」


 書類仕事を放り出して大作とお園は議論を戦わせる。議論を戦わせたのだが……

 ふと気がつけば静流の姿は影も形も見当たらなかった。




 翌日の午後、大作とお園は久々に久見崎を訪れていた。

 

「フン! 半年前と同じだ。何の補強工事もしておらん」

「そうかしら? 随分と様変わりしてるみたいよ。ほら、あの看板を見てみなさいな。久見崎軍港ですって」

「本当だ。いつのまにこんなんなっちゃったんだろうな。全く持って原型を留めていないぞ。まあ、別に元の久見崎に何の思い入れも無いんだけどさ」


 そんな阿呆な話をしながら受付で入館手続きを済ませると入館証を受け取って首から掛ける。


「それでこれからどうするつもりなの、大佐。誰かに案内を頼むのかしら?」

「勝手知ったる他人の家。好きなように探検させてもらおう」

「それもそうね。わざわざ誰かの手を煩わせるのも申し訳ないし」


 そうと決まれば善は急げ。仲良し夫婦は手に手を取って広い広い久見崎軍港の中を縦横無尽に駆け巡る。駆け巡ったのだが……

 しかしまよってしまった!


「俺たち何処にいるんだろうな? って言うか、そもそもどこに行こうとしてたのかな?」

「知らんがなぁ~っ!」

「ですよねぇ~っ!」


 百三十八億光年の寂寥(せきりょう)に大作は思わず吃逆(しゃっくり)をした。


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