第四話 今度は私から伝えさせてほしい
先ほど、自分で逃げ道をすべて塞いでしまった。
視線を逸らさず、まっすぐこちらを見ている。
「君がいなくなった直後は、茶が届かなくなったことが気になっているのだと思った」
濡れた袖を握る指に、わずかに力がこもった。
「だが、違った。仕事の途中で面白いものを見つけると、君に見せたいと思った。疲れているときには、君の声が聞きたくなった。夜会で笑っていれば、何がそれほど楽しいのか知りたくなった」
「殿下……」
「私は、君がそばにいることに慣れすぎていた。何も言わずとも、これからもずっと私の隣にいるのだと思い込んでいた。君自身を見ようともしないまま」
二年間、告げることすらできずにいた想いを、彼女は返事も求めず置いていった。
そのときになって初めて、もう自分のものではない時間を生きる彼女が見えた。
「今更、あまりに都合がよい話だと分かっている。それでも、今度は私から伝えさせてほしい」
ミラの瞳を見つめたまま、はっきりと告げた。
「ミラ。私は君が好きだ。気づくのに、あまりにも時間がかかった」
いつも穏やかな顔が、初めて大きく揺れた。
目を伏せ、しばらく何も言わない。
やがて顔を上げたとき、その目には薄く涙が滲んでいた。
「……ずるいです、殿下」
「分かっている」
「二年間も、わたくしを見てくださらなかったのに。わたくしが諦めた途端に、そのようなことをおっしゃるなんて」
「諦めたのか」
「終わらせたつもりでした。好きだと伝えることが、わたくしの望みでしたから」
「私の答えは、いらなかったのか」
「聞けば、きっと断られると思っていました」
「断るつもりだった」
「存じております」
あまりにあっさりと言われ、今度はこちらが言葉を失った。
「ですが、今すぐ殿下のお気持ちをお受けすることもできません」
「まだ私が、君自身ではなく、世話をしてくれる相手を惜しんでいるだけかもしれないからか」
「はい」
否定されるよりも、その答えのほうが胸に堪えた。
「分かった。では、証明する」
「どのように?」
「今度は私が、君のそばにいる。君が私を選んでもよいと思えるまで待つ」
「二年間でも?」
「必要ならば」
「そこまでは、お待たせしないと思います」
小さく笑ったその顔を見ただけで、なぜか嬉しくなる自分がいた。
「では、わたくしがもう一度、殿下へお返事をしたいと思うまで、お待ちください」
「分かった」
「今度は、返事を急かしてはいけませんよ」
「君は最初から、私に返事をさせなかったが」
「それについては、少し申し訳なく思っております」
「少しだけか」
「はい。少しだけです」
それから半年、アルディーンは言葉どおり、ミラを待った。
執務室へ来てくれるのを待つのではなく、自分から図書室へ足を運んだ。
どのような本を好み、何を面白いと思うのか、二年間知らなかったことをひとつずつ知っていった。
政治や歴史の本ばかり読んでいると思っていたのに、意外にも冒険譚を好んでいた。
舞踏会が嫌いなのではなく、踊るよりも人々の衣装を見るのが好きだった。
甘い菓子には目がないが、茶に砂糖を入れるのは好まない。
王太子妃に伯爵令嬢を迎えることへの反対にも、自分で向き合った。
家柄だけを理由に候補から外していた判断を洗い直し、彼女の教養や適性を父王や重臣たちに説明した。
足りないと考えていた政治的な後ろ盾についても、婚姻以外の方法で補う案を示した。
ただ好きだから認めてほしいと、押し切るつもりはなかった。
その姿を見て、ミラも自分の意思で妃教育を受け始めた。
春の柔らかな日差しが差し込む朝、アルディーンは茶器を載せた盆を手に、図書室を訪れた。
「今日は、私が淹れた」
「殿下が、ですか?」
「その顔は何だ」
「以前のお茶を思い出しておりました」
「あれは湯の温度を間違えただけだ」
「茶葉の量もです」
「今回は侍女長に確認した」
「それは殿下が淹れたと言えるのでしょうか」
「湯を注いだのは私だ」
半信半疑のままカップを受け取り、慎重に口をつける。
「……美味しいです」
「そうだろう」
「少しだけ、侍女長の味がします」
「気のせいだ」
笑いながらカップを置いたあと、椅子から立ち上がった。
「殿下。半年前のお返事をしてもよろしいですか」
待ち続けた言葉だった。
それでも急かすまいと、黙って続きを待つ。
「わたくしは、殿下をもう一度好きになれるまで待っていただこうと思っておりました」
「ああ」
「ですが、困りました。もう一度どころか、以前よりもずっと好きになってしまったようです」
頬を赤くしながら、それでも今度は目を逸らさなかった。
「アルディーン殿下。わたくしを、あなたの婚約者にしていただけますか」
「もちろんだ。君を妃に迎えたい」
伸ばされた手を取る。
「今度は、きちんとお返事をくださるのですね」
「ようやく言えた。半年も待たされたが」
「殿下も二年間、わたくしを待たせました」
「それを言われると、何も返せない」
「では、これでおあいこです」
重ねた手を離さないまま、ミラは楽しそうに笑った。
「あのお茶は、明日からも殿下が淹れてくださるのですか?」
「交代にしよう」
「殿下の腕前が今日くらいなら、それでも構いません」
「すぐに、私一人でも同じ味を出せるようになる」
「それでは、楽しみにしております」
雪の夜には片方しかなかった答えが、春の朝、ようやく二人の間に揃った。
最後までお付き合いありがとうございました。
返事を求めなかったレティシアと、返事をする場所を失ってから恋に落ちたアルディーンのお話でした。
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